第2話 選択

 初めて送られたとき、結局アタッカーか、ディフェンダー、どちらも選ぶことはしなかった。選択の時間を終え、戦闘の場に送られるまで男の存在を無視し続けていた。男に返答をすることで、男の存在を認めてしまうかのように思い、私は男がそばにいる中で沈黙を守り続けていた。そして私は一度目の淘汰でディフェンダーとなった。一度目の戦闘において私は男と話そうとしなかった。どこかも分からない言葉も通じない場所に飛ばされ、私は身を隠し震えていた。そして、その最中、爆発音を耳にした時は気が気でなかった。男も戦いの間、私の側にいるが何も話しかけてこなかった。一度目の戦闘はあまりはっきりと覚えていない、交感神経が強く働き過ぎたせいかもしれない。生々しく覚えていることは、自分を守るように体の前で組んだ腕の先の爪が皮膚に強く刺さる感覚だけであった。ただ無我夢中で逃げ続けた。

 二度目の戦闘においては、私は男にいくつか質問をした、男は自身をオブザーバーだと言った。二度目の戦闘でも、再びディフェンダーとなった。これも選択しなかった結果である。オブザーバーは私が話しかけると、それに応じたが、自ら話しかけてくることはなかった。二度目の戦闘に際しても私はアタッカーかオブザーバーのどちらかを選択することはしなかった。できなかったと言いたいところだが、他者から見れば、選択はできるように見えるのだろう。しかし、私の意識はそれを選択するようには成り立っていない。

 私は勝者と敗者、それで二分されるという世界を受け入れたくない。アタッカーかディフェンダーを選択することは、勝ち負けを補助することに繋がってしまう。私は選ぶことができなかった。私の意識はそれを選べるようには構築されてはいなかった。無論、三度目も選択はできなかった。そして、三度目はアタッカーとなった。ディフェンダーが多く、その一部がアタッカーに回され、それに私が含まれたというわけだ。


 三度目の戦闘の中、店舗の軒下にいる私の鼓動は早鐘を打っている。焦りが顔に出てほしくないのに、呼吸は浅く落ち着かない。今この状況で目立つのは避けねばならない。せめて、今、傘が手にあれば、まだ周囲に溶け込むことができるのに……

 はっとして周囲を見回した。

 居ない、私以外に傘を持っていない人は見渡したところ居ない。まだ、おそらく大丈夫だ。傘を持ったまま飛ばされていない限り、まだ大丈夫。

「他のアタッカーはどこにいるの」

 周りにいる者で、私の言葉を聴いた者がいれば、独り言を呟いていると認識されたことだろう。しかし、私は周囲には見えないオブザーバーに向かい話しかけた。現状を認識しようとしているあまり、私は水滴が瞼をつたおうと瞳を閉じようとしなかった。そして、私の瞳にのみ、オブザーバーの姿が写っていた。額の汗を吸ったためか、塩分濃度のあがった雫で目が少し傷んだ。

「オリヴィア、参加者についてのその情報は開示事項に該当しない」

 参加者とは、自ら望み戦闘に参加しているかのような感覚を覚えさせる言葉を使われたものだ。オブザーバーの言葉に眉をひそめたものも、その語彙の選びについては無視し、感想を述べることは避けた。そのようなものを述べたところで、この男が私に合わせることはない。

 私は現状に焦りを覚えていた。ディフェンダーである私が取るべき行動はいち早く周囲に紛れること。しかし、この世界に出現した瞬間に、自身が場違いな人間であることを公言しているかのような状態に陥ってしまった。

「雨の当たらない所に移動して。そんなところにいると目立つ」

 この独り濡れる男の姿を誰も気に留めることはないだろうが、もしいるとすれば、それは参加者であり。更には、私の敵、アタッカーかもしれない。

 目立つという表現は傘を差さずに、雨に濡れる場所に立つということを意味していたのだが、この男、オブザーバーに目立つという言葉はあまりにも適していないものであった。それというのも、男の見た目は特徴がなかった。どこにでもいる男というよりも、特徴を捉えようとすることに酷く困難を覚える存在であった。影の薄いという表現もどこか当てはまらない。表現するとすれば特徴を与えられなかった存在という言葉が適している、そのような存在。15歳といえば15歳で通じ、25歳と名乗れば25歳だと信じてしまう。男という形容も正しいのか疑わしくなる存在である。

「僕の存在は参加者以外に認識されることはない」

 そう言葉を発しながらもオブザーバーはオリヴィアへの隣へと移動した。

「その参加者に見つかるのを恐れているのよ」

 私の言葉を聞くやいなや、オブザーバーは私の隣の軒先に移動した。オブザーバーのとった行動に少々面を食らってしまった、一度否定したことを、受け入れるとは予想していなかった。こちらに合わせることは全くない存在だとばかり思っていた。

「ところで、あなたの名前は?」

「そう聞かれたときにはジョージと名乗ることとなっている」

 またしても驚いた、どうも腑に落ちない答え方だったが、この忌々しい存在にも名前はあるということだ。

「ジョージ、戦いは二時間。これに間違いは無いわね」

「そう、君たちに与えられている時間は二時間」

 二時間の追いかけっこ。腕時計を見ると、時計の針は二時五十分を指していた。この世界に来てから、まだ三分も経っていないであろうから、今の時刻を目安に二時間と考えても問題は無いだろう。

 今でこそ、このように対処はしているが、当初は、本の読み過ぎで自分の気が狂ったのかと思った。冷気が足元から登ってくる。焦らずにいようとする想いが、より私の中にある焦燥という名の歯車を回転させていく。気のせいだろうか、先程より雨音が強くなっている気がしてきた。

「あなたは一体何者なの」

「僕はオブザーバー、監視者だ。君の行動を監視する」

 そう言えば、この質問は二度目の戦闘のときにしている。ジョージは私が以前質問したことを繰り返しても、興味がないのか、その点を指摘しなかった。

「他にあなたについて教えてくれることはあるのかな」

「君の質問に該当する開示事項はそれ以外に存在しない」

 先の自分の質問に対して意味があるものであったと取り繕うかのような形で質問を変えたが、さして意味はなさなかった。

「ジョージ、私達、そのつまり、あなたの言うところの参加者はどのようにして選ばれたの?」

 言葉の中ほどに皮肉を込めたつもりだったのだが、ジョージの顔色が変わることはなかった。一、二回目の戦闘の際には情報を得ようとする心理的余裕が無かった。しかし、この三回目は、できるだけ情報を得たいと思っていた。この忌々しい存在にも向き合わなければいけない。

 一回目の戦闘終了後から、疑問が締め忘れた水道栓のように溢れ続け山のようになり、私の心を支配し続けた。おかげで、私の部屋の中は散らかり続けママの小言も止まることはなかった。もっとも、ママも庭に不審者が現れた件で精神的に不安定になっており、そのことでママの小言も増したのだろう。私は一連の出来事の結果、カウンセリングを受けることも考えたが、気の狂いだとすれば、こんなことは一回のみで終われるかもしれないとい淡い望みにすがった。しかし、こうして二回目、三回目が訪れたわけで、現状を逃避するよりも理解しようと思った。

「君たち参加者は、平行世界のそれぞれの世界から一人づつ選ばれた。選出条件は、他世界にはいない存在である。平行世界はそれぞれ似ているが、世界間で違いはある。その違いとして各世界において、その世界にしか存在しない人間達が居る。その人間たちの中から各世界一人ずつ選出された。それが参加者だ 」

 平行世界、聞いたことのある言葉。どうにも参加者という言葉を使われることが好かないが、強制参加という言葉も存在するのだから仕方ないとして受け入れるしかなさそうだ。

「この戦闘が始まった理由は」

「開示事項に該当しない」

 私の両手は組まれ、せわしなく指が擦り合わされていた。私の顔は前方を向いているが、視線は他の参加者の兆しを求め動きさ迷っている。視界は雨のため悪いということが、身を隠しやすいという点で安心でもあり、危険を察知しにくいという点においては不安でもあった。そして、その不安がどうしようもなく大きくなり、私は自身が他の参加者よりも不利な状況、もしくは比べると圧倒的に悪いという気がしてならなかった。他の参加者においても同一の状況であると楽観視することはできなかった。

「アタッカーの数は何人」

「開示事項に該当しない」

 開示事項、開示していい情報、事項というのだから、リストのようになっているのだろうか。そして、私の質問の中から、リストに該当する項目を選択し内容を伝えているということなのか。開示事項にないということは、リストに含まれてないということだろうか。どうも質問を続けても全容がはっきりしない。ジョージの回答を並べても、私の思考は「だろうか」、「なのか」で埋まっていく。暖簾に腕押しというよりも、その暖簾もはっきりと見えず、ここにあるのかなと疑問に思いながら押すも手応えが掴めない、そのような状況だ。すべきことが分からない、こうして質問を繰り返しても不安のみが増すだけで、心の曇りが濃くなり、ついには、その曇りが自身の心を内側から蝕み始めている。取るべき行動が分からない。

「他のディフェンダーの位置は」

「現在私の正面方向を十二時とし、八時五十分、十時十五分の、十一時五分の短針が指す方向にそれぞれ一人」

 一つ一つ示された方を向くも、あるのは店舗の壁のみで、疑わしき人物もいない。私は具体的で分かりやすい回答が出たことに少し安堵を覚えた。

「距離は」

「開示事項に該当しない、ただし、戦闘開始時、参加者は半径5kmの円内に配置された」

 求めていたものではないが、それに準ずる回答は与えられた。明確な距離は示されないとしても、ディフェンダーの情報はある程度与えられるということなのか。アタッカーの情報は得られなかったが、アタッカーは少なくても開戦時に二人以上だ。アタッカーが一人になれば戦闘は終了となる。

「ここはどこなの」

「君の意識の中に、世界の存在の力を利用し、作られた共有世界だ。現実には存在しない」

「もっと分かりやすく説明して」

苛立ちが募り、思わず語気が強くなった。

「これ以外の説明は、開示内容として用意されていない」

 オリヴィアは次の質問が思い浮かばなかった。この状況に心が飲み込まれ、積もり上がっていた疑問を見つけることができずにいた。積もった疑問は山として存在を心のなかに感じることはできたのだが、山を構成する要素の一つ一つを見ることはできなかった。要素の一つ一つに意識が到達できずにいた。漠然とした不安感に押しつぶされそうな状態だが、それを解消するための具体的な経路を見つける方向に思考は働かなかった。ただ、押しつぶされそうな感覚におびえるのみであった。

 ああ、またしてしまった。ジョージは周りに見えていないが、私は周囲に見えていることを失念していた。話しかける人間が認識されない状況で、私は会話を続けていた。独り言が癖の人物として認識されればいいのだが、参加者たちからすると、私が送られてきたものとして認められやすい。目立たないように軒下に移動したのに、この様だ。

 たった一つのミスを犯しただけで、私は焦燥を加速させていった。そして、アタッカーでもあるにも関わらず、私はディフェンダーのように身を隠し、建物の隙間の路地裏へと踵を返した。それは、ジョージの正面を十二時として三時の方向。これはアタッカーから逃げるディフェンダーがこちらの方向に移動すると予測しての方角ではない。他のアタッカーから逃げることを私は選んだ。結局逃げることしか、私はできなかった。戦うということは選ぶことはできなかった。

 この度の戦闘においても、私はアタッカーかディフェンダーの意志を示すことができなかった。追われることも、追うことも選べなかった。意志を示さなければディフェンダーを選択させられることになるにも関わらず、そうできなかったのは、自発的にディフェンダーを選んだという理由を持ちたくなかったためである。他者による強制を受け入れることで、仕方なく、という気持ちを抱き、楽になれた。仕方なく、私は戦闘に参加した。仕方なく、他の世界を壊した。そう、これは仕方ないことだった。一度目と二度目の戦闘のあと、私は自身が存在する世界を守った英雄ということを誇るには至らなかった。私の心を巣くったのは他の世界を壊してしまったという罪悪感であった。この種の罪悪感を私は常にいだきながら生きてきた。私が勝者になれば、そこには敗者がいる。時々、自身が親からあたえられたものに対しても、誰かから奪ってしまったという気持ちを抱くことがあった。そして二度の戦闘を通して罪悪感は私の中で嵐へと変貌を遂げた。仕方ないことだという気持ちを私は必要としていた。そして、私は、自身の世界を背負うという重荷を知らされた今、それ以外の方法を取ることはできなかった。

 この世界での私の生死が、世界の存亡につながるとジョージは言った。過去には好きな男の子が私のことを嫌いだと知ったときに、世界が終わればショックも消えると思い、世界が滅んでしまうことを浅はかにも願った。そんな願いを抱いた後でも、涙で濡れた枕が乾く頃には落ち着き、パンケーキにハチミツとチョコをたっぷり塗って頬張っていた。そのように世界の終焉が訪れることを、感情の崩落とともに考えることもあった。しかし、私のせいで世界が、パパとママの、皆の世界が終わってしまう。結果は同じでも、原因が、過程が違う。世界が消滅したら誰も私を責める人はいなくなる、しかし、私はできない。受け入れられない。平気で他人を壊すことはできない。

 そこらにある傘でも盗めば、より自然と身を隠せるのだが、オリヴィアにとっては無理なことだった。オリヴィアの心の仕組みがそれを受け入れなかった。

 アタッカーと言えど、襲われる心配がない訳ではない。ディフェンダーが二時間以内に死亡しなかった場合、全アタッカーの世界が消滅する。それを避ける方法が、アタッカーが一人を除いて死亡すること、その場合生存しているディフェンダーとアタッカーのみの世界は救済される。つまり、アタッカー同士も敵なのである。ディフェンダーを追うことでアタッカーに出会ってもまずい。

 ただただ、走り続けた。一度走り出すと止まることが怖くなり、走ることをやめる選択肢は消えてしまった。常に追われている感覚で締め付けられた。ぬかるみでこけそうにもなってしまう道を選んだ。選んだ道は走りにくいことを理解しても、後戻りはできなかった。背後がとにかく怖かったのである。何度も振り返り、誰もいないことを確かめる。そして、誰かの存在を感じたときには、その者が何であるか確かめずに避けるように走った。角を見つければ、そこを曲がり駆けた。第一回目の戦闘はただ隠れているだけであったが、今は隠れているだけで時を過ごすことができない。世界が終わる、その言葉の意味するものが恐ろしくて仕方ないのであった。

 雨で服はぐっしょりになってしまった。跳ね散る泥水で顔も汚れていく。濡れた体から出る熱い吐息は命の灯火が消えかけていることを示しているかのようだ。全身が痛くなり、頭も何かに締め付けられているかのように感じる。使い古し、すり減った靴底のスニーカーは何度も滑り体勢を崩したが、立て直し駆け出した。一度手をついたときにひどく手のひらを擦り、血が出たのだが、その手のひらすら見ることも惜しんで走った。

 ジョージは事も無げに私の後をついてきた。全く苦もなく、息も切らさずに歩くように走った。私自身はこれまで経験したことない速さで走っているつもりだったのだが、ジョージを見ると私が遅いかのように感じてしまう。

 もしもディフェンダーが死亡しなければ、私の世界が終わる。でも運良く、アタッカーが私以外全部死亡するかもしれない・・・・・・死ねば、世界が消滅する。自分のいる世界を守るために他の世界を消滅させる。できるのだろうか。そのようなことが。他の世界を奪うことが。

 あの時、自らディフェンダーになることを選んだら、もしかしたら、調整の結果後もディフェンダーになっていたかもしれない。そうすれば、何かが変わっていたのだろうか。ただ、逃げるだけで終わっていたのかもしれない。そうなっても今とそう状況は変わらない、今も逃げている。だが、誰かの世界を終わらせることを選ばなければならないという状況もなかったのだろう。誰かを殺すことで、そのものが存在する世界が終わる。アタッカーはそれを意図して選び、行動しなければいけない。私が戦わなければならない。走りながらも自分が選んだ行動の一つ一つが間違いであったという気がしてならない。もしもで始まる違う現在に手が届かなくても、そこに至る道を考えてしまう。心は焦りで満たされるのみで、ジョージから可能な限り情報を得るという計画は既に消え失せてしまった。

 どれぐらい走り続けたのか分からないが、もう走り続けることができないという状態に体がなり、その場でへたり込んだ。辺りを見回すと緑で覆われているが、それらは選定された生け垣であった。右手を見ると屋根付きのベンチがある。路地裏のような見つかりにくい道を走り続けていると思ったが、いつの間にか公園のような場に出ていた。私はベンチの方に移動した。

「アタッカーの情報は開示されない、だから、きっと、まだ大丈夫」

 自身に言い聞かせるように小さく呟いた。ベンチの上に腰を下ろすと、視界が霞んでいるのが分かった。酸素が足りていないのだろう。ジョージは私の左手に立っている。顔を上げて、表情を確認する気にも慣れない。腕時計を確認すると、一時間ほど時間が経過していることが分かる。

 これからの行動。それを決めなくてはいけない。しかし、何かを決めたところで、それを行う力が残っているようには思えない。

 鉄製のベンチは冷え切っており、ペンキの剥がれた場所にはサビがのぞいていた。

 世界が消滅する。それはどういうことなのだろうか。私の居る世界とは一体何なのだろうか。時折見るテレビの向こう側の世界は、本当なのだろうかと最近疑うようになってしまった。以前見たことがある映画のように、私をだますために皆が仕組んで、私を覆う世界は用意されたもののようにも感じることもある。実は私の家から少し離れた場所は本当は存在していないのかもしれない。もしくは街が見えないドームで覆われていて、ドームに太陽や雲、星空が映し出されているのかもしない。

 私の世界は、私にとって不安定である。私が見ている世界は、私の一喜一憂する心で、雨が降っているのに晴れ渡ったり、満点の星空のもと砂嵐になったりする。世界は私にとって、把握できないものであり、いつの間にか、私は世界に放り出され、歩くことを強制されてしまったかのようだ。そのような世界だが、私は手放したくない。壊したくない。いや、それ以上に、誰かの世界が壊れてほしくない。誰かの世界が壊れてしまうと、私の世界は雨で満たされてしまう。私の望むことは、それぞれが平和で調和の取れていること。私は、私の見ている世界が崩壊していくことが怖い。

 私がこれからの行動を決められずにいながらも、一つ所に留まるべきではないと立ち上がろうとした時、後ろの生け垣の向こうから物音、それに続き人の声がした。

「そっちからやって来てくれるんだから、こんなに楽なことはない」

 低い男の声だった。立ち上がろうとしたままの姿のまま私は硬直した。屋根の下でいたことで気づかなかったがいつの間にか雨は止んでいた。雨音が無くなったことで、男の声は私の耳にはっきりと届いた。

「アタッカーだけが攻撃者じゃないんだ。爪が甘かったな」

 アタッカーという言葉を聞いて確信した。参加者がすぐ側にいた。横にいるジョージは物音一つたてずに直立している。頼むから動かないでいてくれと願ってしまう。

「ディフェンダーとして潜んでいれば、そっちから来てくれるんだ、楽なゲームだよ」

 声の主は一人のみで、他に話しているものがいないようだがうめき声のようなものが聞こえる。おそらく二人いるということだろう。先の物音はアタッカーが攻撃されたことということだろうか。

 知らぬうちにディフェンダーのもとに来ていたということだ。慎重に動き、ジョージに都度、場所を確認すべきだった。無謀な行動を取ってしまった。アタッカーから逃げることのみを考えていたが、ディフェンダーも攻撃してくるということを失念していた。

 硬直したままでいる状態で、突然目の前が光に包まれた。その光に吸い込まれ、弾き飛ばされるという訳の分からない感覚に陥った。

 戦闘が始まったときと同じように光が収束し、目の前の光景を、網膜を通して認識できるようになると、自分の部屋のベッドの上にいるということが分かった。戦闘の場に送られたときと同じままの姿を自分は保っていた、時計を確認すると、戦闘が始まった時刻をさしている。自身の世界では一度目二度目の戦闘時と同様に時間は経っていなかった。そのまま、私はベッドに横たわった。指一つ動かす気力は残っていなかった。隣の居間からママが見ているテレビの音がする。

 窓の外にはハチドリがやって来て、先日パパが取り付けてくれたハチドリ用の蜜で満たされたボトルから蜜を吸っている。細かく羽を動かすハチドリの向こうは目が痛くなるほど青かった。両の目から涙が流れたが、それを拭うこともできずにいた。

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