第5話 家電
ある日のことだった。ミネラルウォーターを飲もうとリビングを通り抜けたら、家電が鳴った。母が買い物へ出かけていなかったので、ほとんど家電を手に取ることのない加賀が反射的に手に取った。
「もしもし…」
「…………」
「もしもし、どちら様ですか?」
「…………」
「…えっと、どなたですか?」
「…………」
無言だった。
「うーん。声が小さいのかな。聞こえていますか?」
少し大きめの声でたずねたが、同様に無言だった。
「間違い電話かな。電話する相手のお名前を教えてもらえますか?」
「………」
受話器の向こうの息遣いさえ聞こえてきそうな沈黙だった。
頼む。
一言でいいからなにかしゃべってくれ。
かといってしゃべったそれを受け止める準備もできてなかった。
心臓がバクバクしていた。息が苦しかった。なにかしゃべろよ、と強めに言ってやりたい衝動を抑えた。ていうかそんな勇気はなかった。言った瞬間、背後に無言のあるじが現れるような気がした。
喉がカラカラになり、目に見えない圧を感じた。受話器と受話器の間に流れる冷え切った空気が心臓まで指を伸ばしてくるようだ。リードの離れたイヌに追いかけられるような焦燥が心臓をわし摑みにして加賀は顔面蒼白になった。
目に見えてわかるほど両手がガクガク震えた。
ガチャ、と突然切れた。
無言の嵐が去っても、しばらく心臓への余波が止まらなかった。
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