第3話 幽谷菜穂
「加賀くん、いま、ちょっと時間あるかな?」
加賀が廊下をお手洗いを向かって歩いていたら、なにか思いつめたような表情で
「いいよ。どうしたの?」
「ここじゃなんだから、図書室でもどうかな?」
「いいよ」
幽谷菜穂は、ダンス部の二年生センターであり、アイドルの地方オーディションでファイナリストに残るほどカワイイ子として校内でも有名だった。彼女こそおそらく榎本が言わんとしていた誰もが認める天性の才能の持ち主で、そこにいるだけで白いレースのカーテンをまとったような透明感のあるオーラが映え輝いて見える絶対的エースだった。これでうぬぼれるなど性格に難があれば、女子などから嫉妬や怒りを買い、嫌われる要因にでもなっただろうが、彼女にはそれもなく、いたって謙虚で、マジメで、誰にでも礼儀正しかった。男子にも女子にも憧れられる存在である上に、ミュージックが始まるとスイッチが入り誰よりも目立ったパフォーマンスをするのに、普段は人見知りで、控えめ、清楚なところもウケがよかった。
空いた席に二人で対面に座った。
「で、どうしたんだい?」
幽谷は恥ずかしそうにうつむいた。
「この前、地方オーディション合格したんだ。まだ誰にも言ってないけど」
「え! マジ? おめでとう! よかったね〜」
加賀は涙ぐんだ。
「泣いてくれるの? ありがとう。うれしい」
だが、幽谷は心から歓喜している様子ではなかった。スマホでSNSの通知が届いたので、「ゴメン」と言って加賀はスマホを手にした。よくチェックしているフォロワーからの通知だった。
「ゴメン、ちょっといいかい」
内容を吟味してからレスポンスしたので、少し遅くなった。
「誰から?」幽谷が聞いた。
「ネット上で仲良くなった人だよ。…で、なんの話だっけ?」
幽谷はむすっとした顔になった。
「わたしが地方オーディションに合格した話」
「ああそうだそうだ。じゃあ、次は、東京でのオーディションだね。応援するよ」
「…でもね。父は喜んでくれたんだけど、母が反対しているの」
「お母さんが? どうして?」
「アイドルなんて浮き沈みが激しいから生き残れるかわからない。まず大学へ行きなさい、って」
「ははあ〜なるほど。現実的な話だね」
「まず大学って、東京オーディションはもう二ヶ月後にあるんだけど!」
「いや〜オレとしては幽谷はグループに入っても売れると思うんだけど、こればっかりはな〜別に大学進学の逃げ道を作っておいても非難されるべきことじゃないから、受験勉強しながら大学に通って、勉強しながらアイドル活動したら?」
「でも自信ないんだよね〜全国から集まってくる子たちに勝てる気がしないの」
「まー確かにねー全国のレベルは高いよなあ」
「お母さん、どうやって説得したらいいと思う?」
鳴子から通知が来たので、スマホを見た。
「幽谷さんちょっとゴメンね」
『今どこにいんの?』
『どうした?」
『図書室』
『今日、脚イテーからレッスン休もうと思って』
『了解』
加賀はスマホをブレザーの内ポケットにしまい、幽谷に助言した。
「お母さんには正直に言うのが一番だと思うよ。大学とアイドル活動の両立。今だったら、芸能人にでもフツーにそういう人いるじゃん。だから不可能じゃない。お父さんを懐柔して説得してもらうのもイイね」
「ありがとう」
容姿もなにもかも恵まれているように見える子にも悩みはあるんだな、と加賀は思った。
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