第2話 吸血鬼と風の妖精
「自分の魔力自体の流れを感じるのは完璧。少しの間だけなら超能力紛いの事は出来るようになり、初級防御魔法位なら種族故の感覚みたいなので発動出来る様になったが……魔法の訓練がこんなに苦行だとは思わなかった……」
魔力の扱いや魔法の訓練を始めてからおよそ半日、時折ピアノやバイオリンを息抜きに弾きつつやっていたが、とにかく苦行にしか感じなかった。
その原因の1つが、魔力を使いすぎると想像以上に辛い疲労感がのし掛かる事である。自分の中のエネルギーを使っていて、初級とは言え何回も何回も同じ事を繰り返したのだから疲れるのは当たり前なのだが、これがまた形容しがたい感じだった。沢山運動した後に感じる疲労とはまるっきり別物なのは確かだが。
もう1つは、そもそも前から魔法に興味があったわけでもないからだ。あっさり死にたくないから仕方なくやっているが、楽器の演奏や1人カラオケみたいな感じで歌を歌ってた方が何倍も楽しいと思っている。上手い下手は別にして。
ただ、色々便利そうな防御系や生活系の魔法については、多少面倒でも会得しておけばこの世界での生活に大きな助けになるだろうから、比較的真面目に取り組んでいる。
「飽きた! 気分転換に外でも行くか……音楽の参考になる何かがありそうだしな」
それも結局1時間程度で完全に飽きた俺は、取り敢えず魔法の訓練を止めて、気分転換にバイオリンを持って館の外に出る事にしたが……
「ん? 待てよ……吸血鬼って確か日光に弱い……危ねぇ!」
少し前まで人間だったため、危うく日光対策を全くせずに外へ出ようとしてしまうが、何とか出る前に気づくことが出来た。扉からは眩しい光が入り込んできて、鳥のさえずりや木々が風に揺れる音が聞こえたので、館は恐らく森かどこかの山辺りに建っているのだろう。
「ふぅ……全く、いつになったら落ち着いて楽器演奏に絵を描いたり出来るんだ?」
今後の目標に『日光対策の魔法の会得』が追加された瞬間だったが、それを今から必死にやった所で、たった数十分で会得出来る程甘くはない。ある程度の時間をかけて訓練し、会得する必要がある事は明白だ。
「日傘を探すか……」
ただ、魔法の会得まで待ってられないし、気分転換で魔力消費して疲れきるのは嫌だから、俺は日傘を探すことにした。これなら、疲れきる事なく気分転換が出来るだろう。多少バイオリンを弾くときに面倒だろうけど、魔法の訓練よりは倍以上にマシだ。
各部屋を見て回り、日傘らしき物がないか確認した所、1番最初に鏡で自分の姿を確認した部屋の隅にひっそりと数本置かれていた事に気づいた。手に取って開いてみると、今の俺の身体の大きさに丁度良い感じだった。耐久性もバッチリで、多少乱暴に扱っても壊れない位には丈夫なので、もしかしたら武器に使える……訳ないか。仮に使えたとしても、本来の用途以外で使ってたらすぐに壊れたりするだろう。
そんな事を考えながら日傘を差し、館を出た時にふとこう思った。
「そう言えば、翼があるって事は飛べるんだよな……今は色々な意味で危険だから、夜にやるかな」
人間等の飛べない種族ならともかく、翼があって飛べる吸血鬼と言う種族なのだから、これを活用しない手はない。飛べないせいで危機を脱せず死にましたとか、冗談でも笑えない。
それに、空中飛行はいずれどこか遠くに行く事になった時などに使える素早い移動手段にもなるし、普通は行けない高所への移動手段にもなる。他にも様々なメリットがあるから、飛行訓練も絶対必要だろうけど……ああ、また面倒な事が増えた。でも、これも身を守るために必要な事だし、しょうがないか。
「さて、どこか良い所ないかな~」
頭の中ではそんな事を考えながら、館周辺の森を歩き回ってバイオリンを弾くのに都合の良い場所を探す。
出来る事なら心地よい風と鳥のさえずりが聞けて、直射日光が当たりにくい様な場所が良いが、自然にそんな場所が都合良くあるとは思えない。
改造すれば良いのだが……ただ、館周辺の綺麗な木々やたまに見かける可愛い小動物、空を飛ぶ羽の生えた小さな女の子……多分妖精か精霊? 達が暮らすこの場所の素晴らしい雰囲気の森に、館以外の建造物は基本置きたくない。必要に迫られてすらいないし、なによりこの雰囲気の中で思い付くであろう音楽を作れなくなってしまうと困る。
そんな事を考えながら、時折俺に近寄ってくる白い髪の妖精と戯れつつ森の中を歩いていると……
「ねーねー吸血鬼さん! 貴女のお名前は?」
「……あ、私?」
「そーだよ。ねーねー! 早くお名前教えてよ!」
「……分かった。えっと、私の名前はウィーネル・ルナシー。あの館に1人で住んでる吸血鬼。貴女、妖精さん?」
「うん! 風の妖精だよー」
近寄って来た、今の俺くらいの大きさである白髪の妖精の1人から話しかけられたので、パッと頭に思い浮かんだ言葉通りに自己紹介をした。
まだ性別と見た目相応の言葉遣いをする練習をしていないのにも関わらず、スラッと言葉が出てきたのには驚いた。これも『超常なる者』と名乗った、今思い返しても腹の立つ手紙の送り主の成せる技なのだろうか? それとも、何度も繰り返し友人の書いた小説や他の人の小説を読んだからだろうか。
そんな事を考えていると、不意に何で初対面なのに私を怖がらないのかを聞いてみたくなったので、聞いた。
「どうして、風の妖精さんは私を怖がらないの? 私、吸血鬼だよ?」
「ん~。分かんない! けど、ルナシーは悪い吸血鬼じゃないって直感で分かったし……それに、一緒に居ると心が温かいから」
なるほど。話しかけてきた風の妖精の話を聞くに、俺の『風と火に愛される能力』が恐らく発動しているのだろう。そうでなければ、いきなり懐かれている事への説明がつかない。
それに、初対面で懐かれたのに驚きはしたけども、悪い気はしない。たまたまだろうけど、この妖精が俺の妹に似ていたからだ。
「それでさ、ルナシーが持ってるそれって何ー?」
「これ?『バイオリン』て言う名前の楽器。私、館でいつもこれを使って音楽を演奏したりしてるの。1人でね」
「楽器なんだー! ルナシーが作ったの?」
「ううん、違うよ。私は作ってもらったのを使って演奏したりしてるだけ」
「そうなんだー。じゃあ、森を出た先にある『アルシェル』の町の人間に作ってもらったの? 前にそこに行った時、人間がそれと同じ様な楽器を作ってたのを見たんだけど……」
「いや、それも違うよ」
すると、俺の持っているバイオリンに妹似の風の妖精が興味を示したらしく、何なのかと聞いてきた。だからこれが楽器であり、音楽を演奏する道具である事を伝えると、俺が作ったのかと聞いてきたので違うと答えた。
そうして次に、妹似の風の妖精が言った言葉に俺は衝撃を受けた。何と、バイオリンと同じ様な楽器をこの世界の人間が作っていたと言うのだ。もしかしたら、今あるバイオリンが壊れてしまった場合に修理してもらえるかもしれない。
と思ったが、この世界の情勢がほぼ分かっていない上に魔法もろくに上手く使えない状態では、館周辺から遠く離れるのは危険だ。食料の蓄えもまだまだ余裕なので、わざわざ町に行かなければいけない理由が極めて薄い。ましてや、趣味のために人間の町に今行くのは愚策だろう。
仮に俺の今居る場所がある国や町村が、吸血鬼に対して猛烈な敵対心を持っているのであれば……吸血鬼狩りや聖騎士等と言った存在を呼ばれる。いずれ俺の存在がバレるとしても、万全の体制で待ち構えているのと、そうでないのとでは大きな違いだろう。せめて、身を守れるレベルの魔法を覚えてからにしないと危ない。
「ねーねールナシー! バイオリンを弾いてみてくれない? 丁度、都合の良い場所があるんだー! 私達妖精族の憩いの場でもあるんだよー!」
「そうなの? 初対面の私のために、貴女達の憩いの場にわざわざ案内してくれるなんて……大丈夫なの? 妖精族の憩いの場なんでしょ?」
「良いのいいの! ルナシーなら妖精達みんな気に入ってくれると思うから!」
「本当?」
そんな風に頭の中で今後の計画を立てていると、妹似の風の妖精がバイオリンを弾いてくれないかと俺に頼み込んで来た。しかも、妖精族だけが集う憩いの場にわざわざ他種族かつ吸血鬼である俺を招待しようと言うのだ。
いくら『風と火に愛される能力』を持っているとは言え、それを良い事に他種族の入らない場所にずかずか立ち入るのは抵抗があるが……
(うーん……まあ、当の妖精が良いと言ってるから良いのか……)
当の妖精がせっかく招待してくれると言うのに断るのも悪いし、バイオリンを弾く都合の良い場所を探していたのもあって、俺はその憩いの場に向かう事に決めた。
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