転生少女吸血鬼、異世界でも音楽と絵を愛する
松雨
第1話 音楽と絵を愛する男、転生する
(ん? ここは……何処なんだ? 夢か……いや、夢にしては随分ハッキリとしているな。それに、床の冷たさも感じるし……匂いも感じるぞ? どうなっているんだ?)
平均的な一軒家の自室で寝る間を惜しんで音楽制作に取り組んでいた俺は、眠気に耐えきれずにその場に突っ伏して寝てしまっていた。そうして目を覚ますと、どういう訳か自室ではなく、教会の様な雰囲気と装いの建物の中で目を覚ました。
それだけならただのハッキリとした夢で解決するのだが、そうとは思えない事態に巻き込まれ、混乱していた。何故なら、夢であれば感じる事のない床の冷たさや建物の匂いと言った物を感じたからである。
(温度と匂いを感じたと言う事は、痛みも感じるはずだ……)
そう思い、思い切り頬を引っ張ってみた。
「っ! 痛い……強くつねり過ぎた……へ?」
案の定凄く痛かったが、そんな事がどうでも良くなる位の事実が判明した。まず、俺の声がまるで可愛い女の子みたいになっていると言う事である。と言うか良く見たら、自分の格好が明らかに女の子のそれであることに気づいた。
(……嫌な予感しかしないんだが)
起きてからほんの1分程度で分かった事だけでも混乱していたのに、更に嫌な予感通りの事が起こったとなると……もう何とも言えない。
「鏡……あった!」
しばらく建物内部を歩き回り、とある扉を開けた時に都合良く鏡を見つけた。そうして、嫌な予感が当たっているかどうか確認するために鏡の前に立つと……
「……」
そこに居たのは、美しいと言うよりは可愛いと言った方が合っているであろう、見た目10歳程の少女であった。白髪……いや、極めて薄い黄緑色の髪に紅い瞳、背中からは妙な形の翼が生えていて、それはまるで……吸血鬼の様であった。口にはしっかりそれらしき歯が生えていたので、ほぼ確定だろう。
「人間ですらなかった……だと?」
まだ現実が飲み込めてない俺は、夢でないと言う事実を何とか否定したい一心で翼を引っ張ったり、石の壁を殴ってみたりしたが……その事実は覆らなかった。むしろ、翼を引っ張った瞬間痛みが走り、殴った拳ではなく殴った石の壁の方が砕けたりしたため、余計に俺が少女かつ吸血鬼と言う人外へ変化したと言う事実を強く認識する事になった。
「……マジで現実じゃないか。しかも、吸血鬼って事は日本どころか地球ですらない。さしずめ異世界と言った所か……」
前に読んだ事のあるライトノベルにそんな様な事が書いてあったなぁ。まさかそれが自分の身に起ころうとは……もう俺の頭は爆発しそうだ。
正直、俺は日本での非常に恵まれた生活に大変満足していた。好きな絵描きと音楽活動を楽しませてくれている家族、高校の優しいクラスメートや友人に先生、こんな俺でも良くしてくれている近所のおじさんおばさん達……だから、少女に変化したこの状況は全く嬉しくはない。むしろ戻りたいとすら思っている。
「……戻りたいが、こんな姿で戻ってもなぁ。と言うかそもそも戻れないか……あのライトノベル通りならな」
さて、これからどうしたら良いのかと悩みに悩んでいると、目の前に何か紙が落ちてきた。何だと思って拾って読んでみると……そこには、腸が煮えくり返る程の文言が書いてあった。
「『あ、ごめんね~。気まぐれで殺っちゃったから、お詫びに君の書いてた小説のキャラクターに転生させるね~。勿論能力も設定通りだから、安心してね~。後、その建物には君の世界の多様な楽器に絵を描く道具、この世界で身を守るための魔導書も揃えてあるから、頑張って~。訓練しないと死ぬからね~。超常なる者より』って……ふざけんのもいい加減にしろよ……!」
まず、『気まぐれで殺っちゃった』と言う一言で俺の怒りが天元突破した。つまり、誰だか知らない奴に勝手に殺され、あまつさえ地球ですらない異世界へと意思を無視して転生させられたと言う訳だ。残された家族や友人の事を考えると尚更腹が立つ。
と言うか、道理でこの姿に見覚えがあった訳だ。確か……友人と共同制作していた創作小説の主人公『ウィーネル・ルナシー』だったか。設定だけしか作ってないから、小説とはまだ言えないが。
彼女……今は俺だが、この設定通りの能力『風と火に愛される能力』なら、魔物に襲われても油断さえしなければ簡単には死なないと思われる。それに、この館には俺にとっての各種娯楽が揃っているらしいから、退屈はしないだろう。まあ、だからと言ってこんな事仕出かした奴を許すつもりなど微塵もないが。
「ふぅ……さて、まずは館を見て回るか。自分がこれから住む事になる館で迷子とか洒落にならんからな」
ただ、ここにいない奴の事でイライラするのも癪なので、ひとまず自分の住む事になる館の全容を把握するために見て回る事にした。目覚めた時にも思ったがこの館はかなり大きく、どう考えても1人で住む広さではないだろう。『超常なる者』と名乗る奴が色々ミスったとしか思えない。
「本当、部屋いくつあるんだこの館。お、バイオリンにチェロにコントラバスがあるな。てか、こんなにあっても手入れが大変なんだが……後で魔導書になんか良い魔法がないか探してみるか。でも、だとしたらまずは魔法を使う訓練から始める必要があるな。で、こっちの部屋には……おお、和楽器が一式揃っているな。部屋の角に何故かハープがあるのが気になるが……まあ、どうでも良いか」
館の入り口から見て左側の部屋は全て楽器がしまわれている場所らしく、多種多様な地球世界の楽器が丁寧に保管されていた。
「さて、次は右側の部屋か……」
そうして次は、入り口から見て右側の部屋を見て回る事にした。最初に入り口付近の部屋の扉を開けると、そこには地球の絵描き道具と、この世界のものであろう絵描き道具が所狭しと並べられて保管されていた。これだけあれば長い期間、閉じ籠って絵を描けるだろう。
「それにしても凄い量だな。数ヵ月……いや、下手すると数年閉じ籠ってても描ける……わけないか。流石に無理だな……ん? 地下へ続く階段?」
入り口から見て真っ直ぐにある場所の大きな扉を開けると、地下へと続く階段が現れた。両側には松明があり、俺が扉を開けた時に火が灯った。一体どういう仕掛けなのだろう? 自動ドアみたいな感じなのかな?
頭の中でそう考えながら階段を下り、一番下まで到達した。そこにもあった扉を開けると……
「……うわぁ」
見渡す限り、本である。何冊あるのが数える気すら起きない程、本で埋め尽くされていた。魔導書は勿論の事、絵本や小説に魔物の解説本、地球世界で存在するあらゆる種類の本まで網羅している様だが……一体全部読みきるのに何十年かかるのだろうか。
「ひとまず、音楽を楽しむ前に魔法の練習か。サボったら何者かに襲われた時、いくら力が強い種族とは言え対応しきれずに死ぬだろうしな……はぁ、面倒だ。早くピアノ弾きたい……」
そうして一冊の基本魔導書を手に取り、極大図書館で魔力の扱いの練習を始めた。まずは設定通り、知らない魔法であっても風属性魔法が放てるかどうか、魔導書を見ながら初級魔法『ウィンドボール』を唱えてみた。すると……
「うぉっ! 出た!」
俺の手元にぼんやり光る風の球が現れた。ついでに極小火力の火球を出す魔法も唱えるとそれも設定通り、使った事がなくても風属性魔法や火属性魔法なら使用でき、おまけにその魔法の情報が頭に流れ込んできた。これなら近い内に物凄い種類の風属性魔法や火属性魔法を使える様になるだろうが……
「図書館で使える訳ないよなぁ。いくら能力があるとは言え、魔法を使った事がない俺が調子こいて中級以上の奴を唱えようものなら、きっと加減間違えて本が吹き飛んで燃えて灰になるだろうし……」
練習する場所がない。初級風属性魔法程度なら問題なく使えるが、図書館で中級以上の風属性魔法に火属性魔法など使おうものなら……悲惨な事になるだろう。あくまでも使える様になるだけであって、最初から完璧に扱える様になる訳ではないのだ。それに、他の属性魔法に至っては魔力の扱いから覚える必要がある。どれだけ時間がかかる事やら……
「……最初は魔力の扱いの練習と、防御系の魔法の練習が必須か。練習場所の確保も必要だし……全く、いつになったらピアノの演奏を心から楽しめるんだ?」
こうして長い時間にもおよぶ、正直やりたくもないけど身を守るため、魔力の扱いに魔法の練習をする事に決めた。
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