第3話 吸血鬼と風精樹

「そう言えば自己紹介、まだだったね! フォレナ。これが私の名前だよ!」

「分かった。よろしくね、フォレナ……それで聞きたい事があるんだけど、良い?」

「良いよー! 何でも聞いてね!」


 妖精族の憩いの場に向かっている途中、妹似の風の妖精『フォレナ』から俺の住む館があるこの森は何と言う場所なのか、魔物等の危険な存在が居るか等、生きていくのに必要な事を聞いた。大半は館の地下にある極大図書館で調べれば出てきそうではあるが、如何せん量が多過ぎてどこに何の本があるのか把握しきれていない。探すとなれば、非常に時間がかかるだろう。


 それよりは、遥か昔からこの森で暮らしているであろうフォレナに聞いた方が早いし、今現在で1番新しい情報を仕入れられる。更に、この森に多く暮らしているらしい妖精族との繋がりを作っておかないと後々困る事態にもなりうるし、いくら館で閉じ籠れる食料がまだあるとは言え、ずっと外へ出ないと言うのは俺が耐えられない。


「なるほど。ここは『ルフレーニ妖精森』って名前の場所で、魔物はスライムにオークや森の狼フォレストウルフ、稀に毒の大蛇ヴェノムサーペント飛竜ワイバーンが出ると。食料となる木の実や動物等も豊富ね……教えてくれてありがとう、フォレナ」


 そんな思考を巡らせながらこの辺りの事を聞いていると、フォレナが俺の事について名前以外にも詳しく知りたいと言ってきたが……どう答えようか大いに悩んだ。


 まさか、全部正直に『実は地球にある日本と言う国の男子高校生だったけど、ある日寝てたら異世界に居ていつの間にか吸血鬼少女になってた』などと言う訳にはいかない。仮に言った所で冗談だと思われて終わりだろう。だからと言って全部嘘で固めると、それが何らかのきっかけでバレて、後々の関係に亀裂が入るかも知れない。


(仕方ない……日本での『上村音矢』としての人生経験と、小説の登場人物『ウィーネル・ルナシー』の設定を組み合わせる事にしよう。少なくとも、完全な嘘ではないしな。今の俺はルナシー本人だし、)


 少し考えた結果、日本での人生経験と小説の登場人物であるウィーネル・ルナシーの設定を組み合わせたり、所々ぼかしたり省いたりしながら、『とある魔法の実験に巻き込まれ、家族や友人、自分の元々居た場所に2度と帰れなくなり、誰も寄り付かないあの館にひっそり寂しく暮らしていた』と言う設定を作り上げ、フォレナに言った。


 他の誰かがこれを聞いたら突っ込みたくなるかもしれないが、今の俺にはこれ位しか思い付かなかった。


「なんかごめん、ルナシー……大好きな家族やお友達と離ればなれになって、あの館に来てからずっと1人ぼっち……辛かったよね?」

「確かに辛かったけど、もう大丈夫。フォレナに会えたから……それと、こんな話をして気分を沈めてごめんね」

「ううん、私が聞いたせいだから大丈夫。気にしなくていーよ!」


 すると、フォレナはそんな俺の話を全く疑いもせずに信用し、しかも涙目になりながら俺の心を少しでも癒やそうと思ったのか、頭を撫で始めてくれた。


(フォレナ……本当に良い奴だな。性格も妹そっくりだ……)


 そんな事を考えながら、初対面であるにも関わらず親しい友人……いや、家族と同様に扱ってくれたのだから、俺も種族以外は妹そっくりであるフォレナを家族と同様に扱い、何かあれば身を呈して守ってあげる事を誓った。勿論、フォレナの仲間である妖精もその対象だ。


「色々知ってるよね、フォレナって」

「ふふっ……ありがとー! でもね、私が話した事は大抵の人達は知ってるんだよー」

「なるほどね」


(うーん……これは、勇者と魔王の話やこの世界の神話についてもある程度の知識はあった方が良いかもしれないな。魔法の訓練の合間に本を読んでみる必要がありそうだ)


 その後は暗い話をするのは止め、フォレナ自身の事やこの森に住む妖精族の歴史、勇者と魔王の伝説や神話等について色々話し合ったりしていると、目の前に天高くそびえる『風精樹』と言うらしい超大木がある開けた場所に着いた。何人かの妖精達が思い思いに空を飛び、とても楽しそうにしている。


「ルナシー! あそこだよ!」

「ん?」


 フォレナが葉の生い茂る部分の中央、トンネル状に切り開かれた部分を指差して、目的の場所だと言った。どうやって行くのかと答えたら飛んで行くらしいので、どうしたものかと思った。


 何故なら、俺はこの世界に来て試しの1回ですら飛んだ事がなかったからだ。まさか、いきなり空を飛ばなければ行けない場所に行く事になろうとは思わず、頭を抱える。


「じゃあ、私に――」

「フォレナ!! お前はなんて奴を無断で連れてきてくれたんだ! 吸血鬼だぞ!?」


 その時、俺を無断で連れてきた事に対してフォレナに怒鳴る声が聞こえた。その方を向くと、大木の根元の扉付近に居た男の子の妖精が顔を赤くしていたので、怒鳴ったのはその妖精で間違いない。怒りを露にしているが、彼からすればヤバい奴が入ってきた様にしか見えない。あの態度にも納得だ。


 それに強弱の幅はあれど、吸血鬼と言うのはどんな世界でも強力な魔物の部類に入る。この世界の妖精がどれ程の強さかは不明だが、吸血鬼よりも強いとは思えない。あの怒りと怯え方がその証拠だ。


「フィリク兄さま、そんなに怒らないで……大丈夫だよ、ルナシーは悪い吸血鬼じゃないよ? 確かに無断で連れてきたのはごめんなさいだけど……」

「まあ、それはそうだけどさ……一応聞くけど、どうして吸血鬼を連れてきたの? フォレナ」


 どうやら、俺やフォレナよりも少し身長が高い男の子の妖精は『フィリク』と言う名前らしい。兄さまと呼んでいる事から、2人は兄妹なのだろう。


 そんな事を考えていると、会話の途中でフィリクがフォレナに対して、俺をここまで呼んだ理由を聞いていた。最初よりもかなり彼から感じる敵意と恐れが和らいだのは、俺の能力がしっかり発動している証拠だろう。


 しかしあそこまで怒り、怯えている風の妖精でさえ静めてしまうこの能力は便利であると同時に、知らず知らずの内に彼ら彼女らの意思を歪めてしまう可能性を秘めている事を理解した。だから、風や火の妖精や精霊と接する際は、より一層自分の一挙一動に気をつけなければならないだろう。


「憩いの場でバイオリンって言う楽器の演奏をしてもらうためだよ。聞いたことないけど、みんなもきっと気に入ってくれると思うんだー」

「そう……分かった。長様に聞いてくるからちょっと待ってて……ルナシーさんも、良い?」

「ええ、勿論。ここは貴方達妖精の棲みかですから、指示に従いますよ」


 そうして、フィリクがこの辺りに住む妖精の長に許可を取ろうと根元の扉に入ってから少し経ち、ふと空を見上げた時に複数の黒い謎の生物を見かけた。


(なんだあれは? 1、2……14匹居るな……ん? 悲鳴?)


 すると、口元に火の玉を生成しつつある黒い生物に追われる様にして、鮮やかな黄緑色のワンピースを着た小さな妖精がこちらへ来るのを発見した。


(っ!! アイツら……火球を放つ気なのか)


 このままでは妖精が丸焦げになり、下手すれば木が燃える等して被害を受けてしまうだろう。考えるよりも先に身体が反射的に動いてぶっつけ本番で飛行し、バランスを崩しながらも何とか妖精と黒い生物の間に割って入る事が出来た。


「妖精は傷つけさせないよ! 『ウィンドボール』」


 唯一魔導書を見て覚えた魔法を本気で2回放って6匹程をまとめて消し飛ばし、何故か俺の横を通り過ぎようとした2匹を両手で掴み、地面に向けて力一杯投げつけた。


(しまっ……おぉ、あの兄妹凄いな。全部命中させてるぞ)


 しかし、5匹程取り逃がしてしまった。本能的に飛行出来ただけの俺では追いつく事が出来ない距離まで離されてしまい、被害が出てしまうと思ったその時、フィリクとフォレナの兄妹が狙いが正確かつ高威力の風球を繰り出し、残りの散開した5匹をいとも簡単に葬り去ったのを見て、俺は驚いた。


 何故なら俺が2発で6匹仕留められたのは、種族特有の高い魔力と『風と火に愛される能力』3つの効果の内の1つ『風と火属性攻撃の威力が倍以上に上がる』でゴリ押した上に、色々な偶然が重なっただけである。あの兄妹のやったみたいに狙って全部命中させる事は、今の俺には絶対に出来ないだろう。


(今回は上手くいったが、能力のゴリ押しだけでは勝てない敵も居るだろう。あの兄妹の様な正確さと、他の攻撃手段を増やす努力が必要だな)


 それに俺の能力は強力な効果が3つある分、弱点も同じ数だけある。絶対無敵の力ではないのだから、油断せず気をつけなければならないだろう。


 そんな感じで考えていた時、フォレナとフィリクが大声で俺に向かってお礼の言葉を叫んでいたのを聞いた。なので、俺は2人に対してしっかり言葉を返した。


「仲間を助けてくれてありがとー! ルナシー!」

「気にしないで、フォレナ。身を呈して守るって決めたのは私だから」

「まさか、吸血鬼が僕らを助けてくれるなんて……ありがとうございます!」

「いえいえ。フィリクさん、お気になさらないで」

「僕の事は呼び捨てで良いですよ。後、普段通りにしていただいて……」


 こうして、無事に謎の生物の襲撃を凌ぎ、襲われていた妖精を一切の怪我なく助ける事が出来た。

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