ロックマッシュもどき

もう2時間はロックマッシュを観察しているが、一向に動く気配がない。


動かないロックマッシュを見続ける事程退屈な事はないのではないだろうか。


何の変化も起こらない岩だらけにしか見えない風景をじっと見ているだけ。


睡魔が何度も襲ってくる。


それに関してはマリアも同じなようで、幾度となく大きな欠伸をし、時折カクッとこうべを垂れては、いけないとばかりに首をブンブン振っている。


「マリア、済まないがこの周辺のモンスターが一体どこに行ったのか調べてきてくれないか?」


あまりにも眠そうなマリアを見兼ねてそう頼むと、マリアはぱあっと表情を輝かせた。


「眠ってしまわないでくださいね!」


そう言いながらウキウキと周辺調査に出掛けて行った。


そう言う所は実に正直なやつだ。


「どれ、私も本格的に調査してみるかな」


マリアにだけ周辺調査をさせる訳にはいかないので、私はロックマッシュの近くを調べてみる事にした。


これだけ動かないのだから眠っているのだろう。


念の為、胞子を吸い込まなくて済むように防胞マスクを装着した。


防胞マスクは私が開発した胞子を防いでくれるマスクで、中々の優れ物なのだが世に認められない一品でもある。


「そんな形状だから売れないんですよ!」


マリアはマスクの形状がおかしいと言うが、絶対そんな事はない。


愛すべきミニマムモンスターを模した様々なデザインが選べるマスクなのだから。


因みに本日のマスクはプーリースライムの形をしている。




静かに音を立てないようにロックマッシュに近付いた。


マッシュ系モンスターはほぼ全種が朝露や苔、腐葉土を食している。


だがこの辺一帯に苔や腐葉土を食した形跡は見当たらない。


食事場所が違うと言うことだろうか?


近くでロックマッシュをよく観察していると、何やら違和感を感じた。


ロックマッシュの表皮の質感がおかしい気がするのだ。


遠くから見ていた見た目は岩そのものだが、近くで見ると張りぼての岩のような違和感を感じる。


これはどういう事だ?


「博士!」


さっきまでいた茂みの方からマリアの声がした。


調査から戻って来たマリアが手招きしている。


「何やってるんですか?博士には戦闘能力が無いの分かってます?もし起きて襲われたら死んでますよ!」


茂みに戻った私をマリアが一喝してきた。


「調べてきましたがこの周囲半径100m圏内でモンスターは一匹も見当たりませんでしたよ。」


「一匹もか?」


「はい、一匹もです。キャンディアントすら見当たりませんでした。」


「巣に籠っているのか?」


「いえ、巣は放棄したのか空でした。」


「キャンディアントが巣を放棄?この時期に?」


「おかしいですよね?」


「おかしいなんてもんじゃないぞ!キャンディアントが巣を放棄して新しい巣を作るのは10年に一度、紅月(べにつき)の夜にだけだ!次の紅月は4年後だぞ?」


「ですよね…何か起きてるとしか思えないですよね?」


「…ロックマッシュの異常発生が関係してるのかもしれんな…」


マリアにロックマッシュを近くで見た時に感じた違和感を伝えた。


「ここから見たら岩にしか見えませんけど…私、見てきます」


止める間もなくマリアはロックマッシュの元へ行ってしまった。


まあマリアの事だから心配はいらないのだが。


マリアは見た目は15~16歳にしか見えず、シルバーの髪に白い肌、モスグリーン色をした形の良い瞳の美少女なのだが、実年齢は私よりも遥かに年上の87歳のエルフで、戦闘能力も異常に高いのだ。


毒や胞子にも滅法強く、ロックマッシュの胞子などもろともしない。


エルフがロックマッシュの研究をすればいいのにと思うのだが、この世界のエルフは研究の様にじっと一つの事を観察したりする事が苦手な種族なので無理な話なのだ。


「マリア、危ない真似だけはするなよ」


振り返ったマリアは心配いらないといった顔で微笑んだ。


ロックマッシュに近付いたマリアがまじまじと観察していると思ったら、何とロックマッシュに蹴りを入れた。


「な!何してんだ!!」


蹴られたロックマッシュがボヨンと形状を崩して吹き飛んだ。


「博士、これ、ロックマッシュじゃないですね」


淡々とした顔でマリアが言った。


吹き飛んだロックマッシュもどきが私の足元にボトリと落ちてきた。


「スライムか?」


触れようとしたらぐにゃりとまた形状を変えた。


「これは…アメーバ?」


アメーバはスライムと同種に思われがちだが似て非なるものである。


スライムは多少形状を変えることは出来るが、表皮の膜がゴムの様な弾力がある為に大きく変体する事は出来ない。


一方のアメーバは様々な形に変体出来る。


スライムは水気の多い食べ物を好むが、アメーバは雑食で、その体で覆い被さって包み込んだ物なら何でも溶かして消化してしまう。


ただアメーバは『ユカンダル地方』のごく一部にしか生息していない。


こんな所に出現するはずがない。


形を変えたロックマッシュもどきが私に覆いかぶさって来ようとしたので素早く避けた。


このロックマッシュもどきがアメーバであるなら弱点は火。


念の為にと胸ポケットにいつも忍ばせている紙マッチを素早く擦るとロックマッシュもどきに翳してみた。


小さな火ではあるがロックマッシュもどきは身を縮める様な動きを見せた。


「恐らくこいつはアメーバだ!打撃、斬撃は一切効かんぞ!」


マリアにそう叫ぶと、そんなの知ってるといった顔でマリアが松明をこちらに見せてきた。


一体いつの間に用意したんだ?


私もマッチの心許無い火種を落ちていた枯れ枝に消えない様に移した。


余程乾燥していたのかすぐに火は燃え移り、簡易的ではあるが松明になった。


アメーバに松明を近付けるとブスブスと音を立てて液状に溶け始めた。


しかし相手は200体超えのモンスター。


「一旦引くぞ!」


マリアにそう叫んだ時にはマリアは私の横にいた。


「そんなの分かってます。走りますよ!」


マリアは私の手を引き、凄い速さで走り出した。


あまりの速さに足が着いていかない。


ロックマッシュもどきの方に目をやった時、目の端に黒い物が見え、私は条件反射の様にマリアの手を振りほどきその黒い物へと駆け寄って行った。









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