形 …(例)立方体…

この世は形ばかりである

全てが形で

あれもこれも楽しく色がつけられたり

あるいは音を流し込まれたり

薫りを回したり

形ばかり。形だらけ


「僕は立方体を愛しているんだ。未知や知性を宿らせているその高貴な形。傳能立方体。その吸いよせられる質量。素晴らしい素晴らしい」


彼は突然消え失せた。

部屋には舶来の黒い箱のみ残った。

立方体の箱。

なかには何もなかった。

春だった。

暖かい黄色い午後に、風とともに去っていったのだ。


「きれいな人だったわ」

と友人のひとり、ある女性は語った。

「面白かったよ。とっても変な人だった」

別の女性は明るく言った。

「彼は季節に呼応してたよ。それが僕らの物笑いの種だったのさ」

また別の友人が、思い出の匂いをいっぱいに振り撒きながら、丸く微笑んで言った。彼は失踪人の唯一の男の友人であった。


「僕は軽いものがたりが嫌いだ。そういう映画は絶対観ないし、小説だって、飛んでしまうような軽い物に当たってしまった時は、嘆いてしまう。

この世界はそんなに軽薄じゃあない。

けれど一面、軽薄にしか思えない箇所もあるが、そういう光景を体験したとき僕は、耐えられなく悲しくなるね」


形は奇跡である。全ての形は奇跡であり、幸せを含んでいる。いや、全ての形は幸せに含まれているのだ。

形は形である。けれどもそれらは、何かの球の弾き合いのように、見事な合致でそこにいる。その形。

美醜併せて奇跡であり、可笑しなその形は我々の目の前に、ふたたび現れる。それぞれ固有の形をともなって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る