胡蝶の夢
「しーちゃんはさ、逆さに読んだら意味が違ってくるお話って読んだことある?」
「あー、結構有名だよね。トイレットペーパーに書かれてるやつとかでしょ?」
「そうそう。」
「私あれ自力でどうしても意味わかんなくてめっちゃ必死にネットで調べたんだよね。」
「しーちゃんちょっとオツム弱いもんね………。」
「はーーー?あんたにだけは言われたくないし!」
ふとそんなことを思い出した。
目の前のこのどうにもならない状況も以前彼女が言っていたように、順番を入れ替えたら結末を変えることができるのだろうか。
−−−できるはずもない。これは現実なのだから。
目の前には凄惨な事故現場が広がっていた。
倒れこむ私の身体の近くには、先ほどスーパーで買ってきたばかりの食材が見るも無残な姿で散らばっている。卵は割れ牛乳は飛び散り米は舞い、豆腐は弾けた。
突如猛烈なスピードで突進してきた加害者は、こちらのことなどまるで微塵も気にせず、そのままのスピードで視界の隅に消えていった。
全身を強く打ったせいで酷い痛みを感じながら、視線を右に向けると、先ほどまで話していた彼女の姿がどこにも見当たらないことに気づいた。
彼女は生まれつき身体が弱く、月に一度は必ず病院のお世話になっている。
先ほどの衝撃をモロに食らったと思うとゾッとする。必死に視線を彷徨わせていると、チリンと鈴の音が聞こえ、そこで私の意識は闇に中に落ちていったのだった。
眼が覚めるとそこはベットの上だった。
天井をボーッと眺めていると、前方のドアが開いて部屋の主である彼女が心配そうな顔でこちらに歩いてきた。その呑気な姿に全身の力が抜けてホッと息をついた。
「しーちゃん、ごめんね。」
「いーよ。それよりあんたはケガしてない?」
「だいじょーぶ。」
「そ。プリンは?」
「プリンも無事だったよ。」
「なら良かった。」
プリンが無事ならそれでいいのだ。
まだ少し頭が痛むが、今日は彼女の誕生日だ。今年も無事に1年を過ごせた記念に盛大にいわってやらなければならない。幸いまだあれから時間はそれほど経っていないようなので、彼女の愛猫のおかげでしっちゃかめっちゃかになったリビングを急いで片付けて、夕飯の用意をしなければ。
起き上がろうとしたところで今度こそ本当に目が覚めた。
散文 サトクラ @5aT0
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