第3話 旅立ち

 俺は人気ひとけのない舞台袖の奥にシグナイヤを連れて行った。

「ここなら他人には聞こえない」

 俺が言うと、うなずいてシグナイヤは話し出した。

「私の世界は三つの国に分かれていて、国力はほぼ同じ。だから、うかつに他国に侵攻することはできない。大軍を動かして手薄になった本国をもう一方に狙われては困るものね」

「三すくみ、というやつか」

「そこで、……それぞれことにした」

「――は?」

「攻められた方はどんな手を使ってでも魔王を打ち倒す。一番被害を多く与えた、が領土を与えられる、という協定を結んだの」

「マッチポンプ極まれり、って感じだな。襲われたら被害は出るんだよな?」

「まあ、魔王の主食は人間だから」

「実際自分の国が襲われてるんだろう。それでいいと思ってるのか?」

「重要なのは土地だわ。領民なんて虫みたいに湧いて出るもの」

「魔法とやらで、自分たちで魔王を追い払うことはできないのか? よその世界から引っ張り込むのはなぜだ?」

 シグナイヤは心底驚いた顔をした。

「戦う? 私たちが? そんななことができるわけがないでしょう」

 だめだ。本当に住む世界が違う、という感じがする。

「――どうするか、はお前らに任せるよ。聞いてたんだろ?」

 俺はずっとに喋った。

「え!? この世界には魔法はないはず……」

 驚いたシグナイヤに、俺は言った。

「悪いな。じゃ魔法はなくても、はできるんだよ」


『俺は行くぜ』

 口火を切ったのはデンタクだった。

『胸糞悪いのは確かだが、実際に人が殺されてて、助けがいるのは確かなんだろう? なら、まず当面のことをするべきだ』

『てめーはカッコつけたいだけだろ』

 森木が混ぜっ返す。

『この魔法は面白いな。剣を極められそうだ。デンタクと同じってのは少し気に入らねえが、俺も行くのに賛成だ』

『お前は斬りたいだけのくせに』

 ブツブツ言うデンタクを遮って、石垣。

『いいんじゃないですか。義を見てせざるは勇なきなり、ってね』

『俺は異世界ってとこ行ってみたいな。おもしれーもんある?』

『遊園地に行くんじゃないんだぞ』

 お気楽な草刈に剛力が笑う。

『俺たちは行くってことで。西さん、悪いけど』

 御末が最後に結論を出した。


「しょうがないな。あんた、こいつらを頼むぜ」

「あんたたちって、馬鹿なの?」

「こういうやつらなんだよ。ただ内情は知ったわけだから、素直に動かせる駒じゃあなくなったってことだ。俺も行っていいんだろ?」

「あなたはだめ」

「なんでだ」

「連れて行くのに人数の制限があるの」

「本当か? 俺がいると面倒だと思ったんじゃないか?」

「どうかしらね」

 俺は足元が揺れているのを感じた。

「――地震?」

 大きくドン、ときた。

「魔王がかぎつけたみたい」

 シグナイヤがステージの方に走っていった。

 巨大な腕が――人の背丈ほどもあるような――出現しようとしている。

「客を避難させろ! 今日はもう無理だ。スタッフも連れて逃げろ」

 俺は茫然としている舞台監督に怒鳴った。

「わかりました。西さんはどうします?」

「俺は――」


 ステージで青白い光が輝いた。暴れた腕と地震の相乗効果でステージに組んだセットの鉄骨が崩れてくる。

 鉄骨の下敷きになる前に、ステージから彼らは消えた。

「行っちまった……」

 俺は呟いた。


「くそ、金を貰いそこねたな」

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