第2話 開幕

 ライブでは登場シーンが重要だ。

 客の期待が高まり、これから始まるぞ、というワクワク感――イントロが流れ、会場のボルテージが上がっていく。


 ベタだが効果的な、スモーク&せり上がりでの登場を予定していた。 

 余計な小細工はいらない。俺はCHOMPの六人をセリの下に待機させていた。舞台監督からゴーサインが出る。

 ドライアイスの白い煙がステージを這う中、セリが動き出す。


 何かが変だ。


 舞台の袖で見ていた俺は、目がおかしくなったのかと思った。

 ステージの中央がぐにゃり、と歪んだのだ。

 限りなく透明だが不均一なレンズが置かれたかのように。


 青白い強烈な光が一瞬、その場を支配する。

 何もない空間に亀裂が走り、きらびやかな衣装をまとった少女が出現した。


「……なんだ、ありゃあ。監督、そんなプラン入れたのか?」

 俺は舞台監督に耳打ちする。

「あんなことする予算、ないですって」

「だよなあ」

 客はこれも演出と思っているらしく、ときおり歓声が上がる。


 少女の肌は褐色、髪を奇妙な形に結い上げ、刺繍かプリントか、鮮やかな模様に彩られたジャケットに、ゆったりとしたひだのあるパンツ。

 千夜一夜のお姫様が抜け出してきたかのようなイメージだ。


「私はシグナイヤ。どうか、私たちの国をお救いください」


「西さん、どうします」

「まあいい、このまま乗っかっちまえ」

 俺がそう答えると、舞台監督が指示を送った。

 少女の後ろに、着物姿の六人がせりあがってくる。

 確かに、絵になっていた。それは俺も認める。だがもう歌どころじゃないので、しばらくこの茶番劇? とやらにつきあうしかないか。


「私の国は危機に瀕しています。暴虐の限りを尽くす魔王が――国に攻めてきたのです」

 俺はステージ上の少女をじっと見つめた。確かに美人である。ミスコンの候補者と言っても通るだろう。

 俺は素直に信用できないのだ。芸能界にいる身としては。


 少女の周りに、いつのまにか奇妙な怪物が出現していた。

 サソリを人間サイズに拡大し、直立させたような――ありえない生物。

 おびえる少女。

 御末おすえが中に割って入ると、森木が続き、刀を抜き払った。

 当然、模造刀だ。メッキで刃のように見せかけているだけ。刃物としては使えず、強度もない。

 武器としては、金属製の長い定規とたいして変わらない代物だ。


 まるでそれを知っていたかのように、シグナイヤが言った。

「剣を抜いてこちらに――○○○、<永遠なる刃エターナル ブレード>」

 何か呪文のようなものを唱えると、六人の刀身が――新伍だけは槍だが――光りだした。

「武器を強化しました。切れ味も硬さも遥かに良くなったはず、あの怪物を早く!」

おう!」

「西さん、彼女を頼む!」

 若い六人は嬉々として戦いに臨む。俺は舞台の袖に彼女を引っ張り込み、とりあえず安全を確保する。

「さて、聞きたいことはたくさんあるが――どこまで本当なのかね?」 

「私の言うことを信じてくださいませんの!?」

「ここでの話は誰にも聞こえないよ。随分と日本の事情に詳しいようじゃないか。初めてじゃないな?」

「馬鹿なことを」

「他の世界から来た、というのは本当だろう。魔法が使えるらしいのも、そうなのかもしれない。だからといってあんたの言ったこと――魔王が云々――が全部本当だ、ということにはならないぜ」

 芸能界にいると、多かれ少なかれペテン師に会う機会が多くなる。それと同じ匂いを少女に感じていた。

「あいつらに何をさせたいんだい? 条件によっちゃ俺が手を貸してもいい。説得に回るとかな」

「条件とは?」

 シグナイヤの目がきらりと光った。

「金さ」

「――正直な男。現地人にしては面白い」

 演技はもうなかった。仮面を外した、というところか。惜しいな、いい女優になれるだろうに。

 まっすぐ俺の方を向くシグナイヤ。


「半分は本当のことだわ」

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