友達申請はかならず人の心を壊してゆく

ちびまるフォイ

友達チャンスタイム

「神埼さんって、そのキャラ好きなの?」


「え?」


「その筆箱。私もそのキャラ好きなんだよね。

 ほら、ランドセルにキーホルダー持ってるの」


「ほんとだね! あのね、私このキャラずっと好きなの!

 筆箱だけじゃないよ、鉛筆もなの! ほら!」


「神崎さん、よかったら私と友だちにならない?」


「いいの!? 私まだ転校してきたばかりで

 みんな友だちのグループできてるみたいで話しかけにくかったの」


「私、お母さんに言って友だち申請書もらってくるね。

 明日学校に持ってくる」


「うん!」


すべての悪い関係を可視化するため友だちは申請制になっている。

未成年は親から友達申請書をもらって記入して両者の捺印と合意ののち友達となる。


翌日、持ってきた申請書には相手の両親と相手の名前が書かれていた。

備考欄には「ともだちになったら、あさがっこうにいっしょにいこうね!」と書かれていた。


その日、一目散に家に走って帰った。


「お母さん! お母さん! 友達申請書もらっちゃった! 見て!」


「……なに? これ」


「あのね、あのね。私、学校で初めて友達申請されちゃった。

 お母さん、友だちになってもいいよね!?」




「ダメよ」


「えっ?」



「あなたね、なに考えてるの? 友達なんてありえないわよ。

 なんのために勉強に集中できる場所まで引っ越したと思ってるの。

 それに塾だってあるでしょう。遊べる時間もないのに友達なんて相手にも失礼よ」


「でも……」


「とにかく、今は勉強に集中しなさい」


翌日、学校へ行く足取りは重かった。


「……どうだった?」


「ごめん。お母さんがダメだって」


「そう……」


「でもね、私は友だち申請されてすごく嬉しかったよ!

 だからお母さんがだめっていっても私……」


「神崎さんダメだよ。申請されてないのに友だちになってると怒られるよ」


「ごめん……」

「それじゃあ……」

「うん……」


それからはお互いにフェードアウトして合わなくなった。

大好きなキャラの筆箱も見ると思い出してしまうので学校へ持っていくこともなくなった。

学校が終わると塾へ行き、家に帰り、また学校へ行く。


「……以上で今日の塾は終わりだ。もう結構暗いからみんな気をつけて帰るように」


「「「 はーーい 」」」


塾が終わり帰り支度をはじめる。

学校よりも塾は人間関係が希薄なので多少は楽だった。


「お前さ、1組の神崎だろ」


「え、あ……うん」


「その……友達申請、書いてきたんだけど……」


「……?」


「そ、それだけだから。じゃあなっ!」


違うクラスの男子から友達申請書をもらうなんて思わなかった。

とくに話したこともなかった。


どう扱って良いのかわからないまま母親に渡した。


「また友達申請?」


「うん。違うクラスの男子」


「ダメ。前にも言ったでしょう。あなたは今恋愛にうつつを抜かしてる場合じゃないの?

 自分の立場わかってる? なんのためにお金を払って塾に行ってるの?」


「れん、あい……?」


私は友達申請を受けただけなのに。


「お母さんはあなたのためを思って言っているのよ。

 しっかり勉強してちゃんとした学校を卒業できれば

 将来の選択肢はぐっと広がるわ。友達を作るのはそれからでもいいのよ」


「でもお母さん……」


「ほら早くご飯食べて。食べたら宿題しなさい」

「はい……」


翌日の塾で男子に事情を伝えると「そっか」とだけ言って去った。


意識していなかった男子を気にするようになり塾でも視界に入れるようになった。

勉強するだけだった塾も変に気疲れするようになった。


「通知表」


学期末。家に帰ると玄関に立つお母さんは帰るなりそう言った。


「……成績落ちてるじゃない」


「ごめんなさい……」


「なんで!? 前より勉強に集中できる環境でしょう!?

 それに塾だって生かせてるのよ!? なのにどうして成績が落ちるのよ!」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「まさか、友達申請をさせない私へのあてつけ!?

 成績をわざと落として私へいやがらせしてるんでしょ!!!」


「ちがう、ちがうのお母さん。私が頑張らないのがよくないの」


「こんなにあなたのために必死で働いているのにどうしてこんなことするの!?

 なにが不満なの!? どうしてできないの!? 私を困らせないでよ!!!」


たまらずお父さんが割って入った。


「おい美紗子、落ち着け! 凛が泣いてるじゃないか」


「あなたはこの子に甘いのよ! 私がいけないの!?

 普段なにも言わないくせに私が叱っているときに限って文句言うじゃない!

 私ばっかり憎まれ役を押し付けて!!」


「俺だって家族のために必死に頑張って働いてるんだよ!

 安い小遣いで昼飯も我慢して、なのにお前は高級ランチ行ってるじゃないか!!」


「どうしてたまにぜいたくすることもあなたに文句言われるのよ!!

 毎日料理して片付けて洗濯して掃除して買い物して……。

 あなたが家事に協力しなくても私いままで文句言ったことある!?」


「やめて、お母さん! お父さん!」


その日も口論は夜遅くまで続いた。

最後はお父さんが「もういい」と言って寝室に入った。


お父さんとお母さんが何に怒っているのかもわからなかった。

ただ、自分が勉強しないことが悪いのだと思った。


私が勉強をすればお母さんの機嫌もきっとよくなる。

そうなればお父さんとも仲直りできる。


仲直りすればお父さんやお母さんにも友達申請を許してもらえるかもしれない。


今度は私から友達申請をもう一度渡そう。


私は誰かの友達になりたい。




それからは必死に勉強した。


私はあまり勉強ができるタイプじゃない。

みんなみたいに友だちはいないから教え合うこともできない。


教科書の問題を解いて、ノートで記憶し、塾で反すうする。

何度も忘れないように刻みつけていく。


なにも考えずに勉強を続ける。

なにかを考えるときっと今の生活が嫌になってしまう。


今は我慢するときなんだ。

頑張ればきっとみんな仲良くなってくれる。




「通知表」



学期末で家に帰るとお母さんはそれだけ言った。

通知表を渡すと顔がぱあと明るくなった。


「すごいわ凛、あなた全部最高成績じゃない!

 担任の先生からのコメントなんか気にすることないわ。

 あんな雇われ教師は今の学校生活しか見えていない。将来を見据えていないもの」


「……あのね、お母さん」


「ん? なあに? 欲しいものでもあるの?

 こんなに頑張ったんだもの、なにか買ってあげるわ。

 なにが欲しい? なにが食べたい? どこへ行きたい?」


「私、友だちの申請書がほしい」


お母さんは一瞬渋い顔をしたがすぐに戻った。


「……まあ、ひとりくらいならいいかもね。

 担任の先生もそのこと心配しているみたいだし。

 学校じゃひとりくらい友だちいたほうがなにかと便利でしょう」


「ほんと!? やった!!」


お母さんは記入済みの友達申請書を渡してくれた。

はじめて「頑張って勉強してよかった」と思った。


大好きなキャラのクリアファイルに入れて大切にランドセルにしまった。


明日の学校が楽しみで心が浮かれてしまう。

持っていかなくなったキャラ筆箱を学習机の引き出しから持ち出した。


翌日、少し早めに学校へ行く。


申請書を机の中に入れて、相手が教室に入ってくるのを目で追ってしまう。

3時間目の国語が終わると私は意を決して声をかけた。


「あのっ、前は……ごめんね。今度は友だちになってくれる?」


申請書を出すと、相手はそっと目をそらした。


「……神埼さん、勉強好きなんでしょ? 私といるとバカになっちゃうよ」


「ちがうの。それはねーー」


「みんな言ってるよ。神埼さんがガリ勉だって。

 私は勉強すること悪いことじゃないって思ってるよ? でも……」


「聞いて! あのね、私はっ……!」



「ごめん。私、神崎さんとは友だちになれないよ」



家に帰ると、お母さんが待っていた。


「今日のテストはどうだった? 今回も満点だったんでしょ?」


「お母さん。お母さんは、いつ友だちを作ったの?」


「そうねえ。なんとなく話してからかしら。

 ああ、でも小学校の頃の友達とは今でもずっと友達よ。それがどうかしたの」


「ううんなんでもない。部屋で勉強してくる」


「そう。頑張って」


電気のついてない部屋に入るとカッターナイフを取り出した。

キャラ筆箱やクリアファイルをズタズタにしてゴミ箱に捨てた。


なぜか涙が出た。

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