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 HRTMS による知識アップロードが実用化され、教員から知識を学ぶ、という行為が不要になってしまったのだ。それはそうだろう。教員から学ぶよりも脳を直接プログラミングした方が、どう考えても手っ取り早い。しかも HRTMS は非侵襲性(脳神経に直に接続しないタイプ)のBMI(Brain-Machine Interface:脳機械インターフェース)で、学習者はただヘルメットをかぶるだけでよいのである。


 教育界におけるこのドラスティックな変化により、学校は HRTMS による知識の供給と、集団生活で社会性を育むだけの場所と化した。教員という職業は消滅したのだ。当然私は失業した。


 だが、同時期、社会でも様々な変化が生じていた。最も大きかったのはベーシック・インカムの導入だ。これにより、失業が即ち収入の途絶を意味することにはならなくなった。この背景には、AI が進歩して、労働の主体を担うのが人間からロボットなどの機械に置き換わったことがあった。


 そして、外見が人間とほぼ変わらない、コンパニオンと呼ばれるロボットも実用化されて五年が過ぎ、既に一家に一台ほどの割合で普及していた。私も失業してからすぐ、退職金をはたいてコンパニオンを入手した。イズミ CMW-09、製品名「アキ」。女性型。コンパニオンにパーソナルネームを付けるユーザーも多いが、私はどうでもよかったので、呼称はデフォルトの「アキ」のままで今に至っている。


 「彼女」に家事一般を任せ、私は部屋にこもってひたすら趣味の読書で毎日を過ごすことにした。もちろん健康のため、たまには運動したりもしたのだが。


 アキの外見は二十台。もちろんどのような年齢にも設定できるが、特に支障も無いので私はデフォルトのまま現在まで変更していない。顔もほとんど変えてはいないが、体つきは若干私の好みにカスタマイズしてもらった。「彼女」の顔にも声にも仕草にも感情は全く表れない。だが、「彼女」は私を裏切ることはない。常に私の世話を十二分に焼いてくれる。人間よりも遥かにマシだ。私は大いに「彼女」が気に入った。


 だから、法改正が行われてコンパニオンとの結婚が認められたときも、私はすぐに「彼女」と籍を入れた。そのような人間は意外に多かった。それは当然だ。人間の異性には相手にされなさそうなルックスや性格の人間でも、コンパニオンは文句も言わず寄り添ってくれる。


 だが、コンパニオンと結婚したとしても、子供は育めないではないか。少子化が進むだけではないか。そのような批判が各方面からコンパニオンメーカーに浴びせかけられた。


 そして。


 とうとうコンパニオンのメーカーは、なんと自分たちの製品に生殖機能を実装してしまったのだ。男性型には人工精巣、女性型には人工卵巣と人工子宮が提供され、「妊娠」中は胎児に供給するための栄養パックの装着が女性型に義務づけられる。


 と言っても、もちろんコンパニオンが自前で精子や卵子を作れるわけではない。それは(基本的に匿名の)人間のドナーから与えられた物だ。コンパニオンはそれを人工精巣ないし人工卵巣で貯蔵保管し、クローン培養しているだけに過ぎない。ただし、このようなことをすると遺産相続が複雑化するのではないか、という懸念もあったが、これも法整備が行われて完全にクリアされた。


 こうして、ますます人間同士での結婚が少なくなり、伴侶はコンパニオン、というケースが急増した。しかも女性型コンパニオンは流産、死産することは滅多になく、つわりも出産にまつわるリスクもない。育児ノイローゼになって虐待したり、ネグレクトしたりもしない。


 ただし、子供を育てるにあたっては、親の顔の表情が子供とのコミュニケーションにおいて非常に重要な役割を果たす。コンパニオンによる子育てはこの点がネックになる、と考えられていたが、実は多数のコンパニオンユーザーからの要望で、ファームウェアアップデートにより、その時点で既にコンパニオンも人間と変わらない表情を実現する機能を獲得していたのだ。とは言え私にとってはむしろそのような機能は邪魔なだけなので、私の「妻」では無効にしてある。


 そうなると、もはやコンパニオンはある意味、人間以上に親としての資質に優れている、と言ってもよかった。ただし、コンパニオン同士の結婚は未だに認められていないため、両親ともコンパニオンであるような子供も今のところは存在しない。そもそもコンパニオンはコンパニオンを必要としないのだから、そのような状況を考えること自体がナンセンスではあるのだが。


 アキの何度目かの「里帰り」(と言う名の定期メンテナンス&アップデート)で、「彼女」も生殖機能を実装されて戻ってきた。しかし私は「彼女」と子供は作らなかった。人間嫌いの私は子供にも興味は無かったのだ。もちろん「彼女」との夜の営み、というのは購入当初からそれなりにあったし、生殖機能実装後もそれは続いた。だが、特に避妊しなくても「彼女」の方で妊娠は完全にコントロールできる。別にアキも子供を欲しがったわけではないので、今に至るまで私と「彼女」は子供なしの夫婦としてずっと過ごしてきた。


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