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 私は人間が嫌いだ。


 人間は、嫉妬する。嫉妬ほど醜い感情はない、と思う。


 人間は、裏切る。だから全く信用できない。


 私は長らく嫉妬されてきた。学校では成績は常にトップクラス。もちろんそれには体育も含まれる。つまり、スポーツも全般的に得意だった。ルックスも自惚れでなく優れている方だと思う。人望も厚く、生徒会長にも選ばれたことがある。多分、かなり嫉妬も集めていたに違いない。だが、所詮は子供のそれだ。すっかり辟易していたものの、放っておいてもそれが脅威になることはほとんどなかった。少なくとも、大学まではそうだった。


 しかし、社会では違った。


 出る杭は打たれる、とはよく言ったものだ。とにかく私は嫉妬から来る妨害を様々な人たちから受けた。もちろん私だって嫉妬することもないわけではない。だけど私はそれをバネにして、より自分の能力に磨きをかけ、嫉妬の原因となる劣等感の排除に努めた。だが、世の中はそういう人間ばかりではないらしい。嫉妬の対象を直接貶める、という安直な手段を取る人間の、いかに多いことか。


 そして、私は疲れてしまった。


 おそらく、他人の悪意をはね除ける能力というものが、私には欠けていたのだろう。学校ではそのようなことは教えてくれない。私は学校で学べることだけに優れていたに過ぎない。そういう人間は、結局のところ、学校に戻ってきてしまう。そして、ご多分に漏れず私もそのような道をたどった。


 私はせっかく入った会社を一年で辞め、教員採用試験を受けて高校の教師となった。大学時代に教員免許を取得しておいたのは正解だった。


 教員の世界は嫉妬という感情とはほぼ無縁だった。多くの時間を共有する生徒たちからは、尊敬されこそすれ嫉妬されることはまずない。同僚も専門が違えば、少なくとも能力が嫉妬の対象になるのはほとんどあり得ない。もちろん昇進などが絡むと若干そのような感情も生じるようだが、そんな野心などさらさらない私には、いずれにせよ縁のない話だった。


 しかし。


 恋愛が絡むと、話は変わってくる。


 最初に赴任した高校で、私はいきなり教え子の女子生徒に告白されてしまった。それもかなりの美形で男子の人気が高い生徒だったので、あっという間に私は多くの男子生徒から嫉妬を集める羽目になってしまった。


 またか。


 正直、うんざりだった。


 もちろん私はその女子生徒の気持ちを受け入れることはなかった。そもそも彼女との交際は倫理的に許されるものではなかったし、私にとって恋愛は、その時点で既に面倒くさくて仕方ないものでしかなかったのだ。


 私だって高校、大学とそれなりに恋愛経験はある。だが、それは常に相手の方から別れを告げられる形で終わった。


 おそらく、人間嫌いの私は性格的な魅力にも乏しいのだろう。そう、人間嫌いの私の意味する「人間」には、当然私自身も含まれる。客観的に見れば、私だって私みたいな人間と付き合いたくはない。今にして思えばそうなのだが、若い頃の私は、相手が去っていくたびに、裏切られた、という気持ちを強く感じていた。


 こうして私はすっかり厭人家ミサントロピストになっていった。それでも教員としての生活は、そこそこ満足のいくものだった。しかし……


 そんな日々は、唐突に終わりを迎えた。

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