第8話
※
まあ驚きはしたものの、こちらとてのんびり静観を決め込んでいる暇はない。
華山の言い方は随分バッサリしたものだったが、くどくど出動の許可やら意義やらを語られるよりよほどいい。
そんなことを考えながら、私はビル内に設けられた個室に入った。
地下に設けられたこの個室は、刑事や機動隊員一人一人に割り当てられている。それだけ『性能』持ちの人間が多数いるということの証明だろう。全員じゃないだろうけど。
今回私と山路に与えられた装備はBクラス。拳銃、コンバットナイフ、閃光手榴弾だ。
華山はAクラス相当の装備を所望したらしいのだが、残念ながら上層部の決定を翻すことはできなかったという。
華山が危惧していること。それは、私たちが防護服を着た上で地下施設を制圧しなければならないということだ。全身を覆う防護服を着ていては、山路は元より私は『性能』を発揮しきれない。脚部のスラスターを用いた戦闘ができないのだ。
「とは言ってもねえ」
私は個室に用意された防護服を見つめた。
印象としては、だぶついた長袖・長ズボンという感じ。それに、頭部や足先を覆うユニットが付随している。
これなら、スラスター抜きでも十分白兵戦ができる。それに、私の拳銃は特注の四十四口径リボルバー。自分の眼球と腕を連携させた射撃管制システムを使えば、一撃必殺だ。
左肘、及び手先はまだ感覚があやふやだが、右腕一本で十分反動には対応できるだろう。相手があの鎌女のような化け物でなければの話だが。
「さて、と」
私は装備一式を確認し、ポケットから小型の端末を取り出した。
「華山さんと山路くんは、なーにをしてるのかなー?」
腕時計型のそれを左腕に装備し、右手で操作する。小型の立体ディスプレイが展開されると、そこに映ったのは局長室、すなわち華山の根城だ。
実はこの不肖・紺野美咲、局長室に盗撮・盗聴装置を仕掛けている。何が話し合われているのか、隅々まで知っておきたいのだ。
上層部にバレればとんでもないことになるだろう。が、その心配はあるまい。
きっと華山は、私の仕掛けたこの装置の存在に気付いているだろうと、個人的に確信している。
それはつまり、華山は私に敢えて情報を流すつもりで、赤裸々にいろいろと語ってくれているということだ。
華山が『盗撮されているなんて知らなかった!』とシラを切れば、責められるのは私一人で済む。逆に、そこまでの私の覚悟を知っているからこそ、華山は嘘偽りのない言動を取ってくれるはず。
今現在、立体ディスプレイに映っている局長室に人の気配はない。だが、華山が私を先に帰し、山路との密談に臨むつもりであったことは察しがついている。
「五分前に戻してみると」
私がダイヤル型の突起を回すと、
「おっと、ここか」
ちょうど私が退室する場面が投映された。問題はここからだ。
私は一時停止、再生と操作する。
《じゃあね~、美咲ちゃ~ん》
《あーい》
《だからな紺野、少しはシャッキリしろ!》
私は山路の言葉を無視して、颯爽と部屋を出ていく。この時点で、盗撮映像の確認の必要性を私は考えていた。シュトッ、とスライドドアの開閉音がして、私の気配が消える。
本番はここからだ。
しばし出入口を眺めた後、華山が口を開いた。
《で、何か言いたげだね、山路くん》
《ええ、そりゃまあ、自分は紺野警部補の兄貴分みたいなもんですからね》
《ふぅむ》
私が退室したことで、気を張る必要がなくなったと判断したのだろう。山路は姿勢を崩し、両手をポケットに突っ込んだ。
《自分が気にしているのは、紺野が一旦、本土に戻らなければならないということです。自分は平気ですが、彼女にはトラウマがある》
《そうだね。空路とはいえ、海の上を越えていくのは、彼女にとっては苦行以外の何物でもないだろうからね》
華山は足を組みなおし、深いため息をついた。とても十三歳とは思えない所作だが、それなりに苦労を重ねてきた証明なのだろう。警視庁特別警戒局の長として。
《山路くん、今回の作戦、どう思う?》
すると、山路は苦笑した。私の前では決して見せない一面だ。
《局長の仰りたいことは分かります。まず、自分と紺野の二人きりの隠密任務で、成し遂げられるかどうか》
『どう思う?』と繰り返し、身を乗り出す華山。それに対し山路は、両の掌を上に向けて『いやはや何とも』と言った。随分と投げやりな口調だ。
《紺野警部補に対して、現着前にかかるストレスが如何ほどのものか、それは本人にしか分かりませんからね》
《だよねえ~。美咲ちゃんが上手く自分をコントロールできれば、二人で問題ないと思うんだけど》
全く以て正論である。
《こればっかりは、自分にも計りかねます》
これまた正論で返す山路。
《ま、二人なら上手くやってくれるでしょ? な~んて呑気に言えるほど、あたしは君たちを買い被ってはいない》
《幸いです》
《ただ、私の権限で動いてもらえるのは君たちだけなんだ。頼りにはしているよ》
その言葉に、会話の終点を見出したのだろう。山路はピシッと背筋を伸ばし、『了解しました』と一言。
《現場に立てない私には何とも言えないけど、無事に帰って来てよね? 二人共》
《承知しております》
山路は姿勢を崩さず、ピッと敬礼してから回れ右。そのまま退室していった。
その背中を見送ってから、華山はふっと肩を落とし、ぐったりとデスクにもたれ掛かった。
無言で顔を伏せる。それから数秒後、
《えいっと》
足で自分を跳ね飛ばし、華山は立ち上がった。向かうのは、部屋の側面にあたる壁面。ここから先は、盗撮装置では捕捉できない。どうやら隠しドアがあるようなのだが、その向こうがどうなっているのか、そこで華山が何をしているのかはさっぱりだ。
私は映像を止め、すぐさま消去。端末を装備品棚に戻す。
「ま、有難いっちゃ有難いけどさ……」
きっと苦虫を噛みしめているような顔をしているだろう、私は。
その原因を探るべく、腕を組んで黙考する。しかし、そうすればするほど『トラウマ』のことが記憶の片隅から湧き出してくる。
ああ、もう止めだ。
私はさっと長髪に指を通し、防護服の着用を始めた。
※
きっちり五分後。私と山路は、クライムバスタービルの屋上に立っていた。
空はからりと晴れ上がり、ヘリの飛行に問題はなさそうだ。人員輸送用にしては小振りなヘリ。昨今のポート・トウキョーにおける治安維持、場合によっては制圧任務を円滑に進めるには、ヘリの小型化の機動性向上は必須事項だった。
そのコクピットには、私たちと同じ防護服に身を包んだパイロットの姿が見える。緊張しているのか、すぐには私たちに気づかなかった様子だ。キャビンに足をかける段階になって、ようやく操縦席で身を捻って声をかけてきた。
「あ、あの!」
「はい?」
対照的に、私はおどけるような仕草で応じてみせた。
パイロットはどもりながら自己紹介をしたが、私は『んじゃ、よろしく』と一言だけ。山路に至っては返答すらしない。
だが、私は自覚があった。この三人の中で、一番の苦労人は自分である、ということを。
苦労人というのは語弊があるかもしれない。だが、過去の記憶から自らを守るのが大変だ、という意味では、私は立派に苦労していると思う。
「まあ、この街には似たような気持ちの人はたくさん……」
ヘリの回転翼が唸りを上げ、私の言葉を引き裂いていく。
「どうした、紺野?」
「いや、何でもないよ」
そう応じると、山路は何も言わずに正面に向き直った。そのまま目を閉じ、腕を組んで背もたれに体重を預ける。
彼もまた、『似たような気持ち』を共有する一人だ。そう思えばこそ、私は孤独感に苛まれることなく任務にあたることができるのだ。
だが、ずっと山路に頼っているわけにはいかない。私は自分で、自分の過去を清算しなければならない。たとえ自分が、心身共に砕け散ろうとも。
私は軽くかぶりを振って、自分を鼓舞すべくキャビンの外に目を遣った。そして常ならぬ緊張感と、一抹の後悔を覚えた。
今朝、自室から見た光景が眼下に展開されていた。二つの巨大な人型の影だ。
無駄な筋肉と脂肪を完全に削ぎ落したような、角ばったフォルムの一方。頭部にはバイザー状のカメラが装備され、左のこめかみからは兎の耳のような多目的センサーがある。
もう一方は、ギザギザの背びれを有する筋骨隆々な姿。屈強な足によって仁王立ちになった恐竜のようだが、にしてはあまりに攻撃的な印象を与える。
「おい、紺野」
「……」
「紺野」
すぐそばから聞こえた山路の声に、私ははっとして身を引いた。
「大丈夫か?」
「あ、う、うん……」
こんな時、私は『いつもの自分』という殻が破られ、『被保護者としての自分』が顔を出すのを止められない。現に、今山路が声をかけてくれなければ危なかった。
キャビンのドアを開けて飛び降りてもおかしくない、そんな心境だった。
《間もなく目標地点上空です》
「了解」
パイロットに応じる山路。彼の低い声が、私の心に安心を染み込ませていく。
大丈夫だ、紺野美咲。私は戦える。
まさにその時だった。地対空ミサイルの接近警報音が鳴り響いたのは。
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