第7話【第二章】

【第二章】


「随分ひどい寝癖だね、美咲ちゃん」

「あー、すんません。いろいろありましてですね、華山局長」

「……」


 同日午後一時、警視庁特別警戒局・局長室。

 私と山路は、私が未明に急襲された件について、口頭での説明をするべく出頭していた。


 ガシガシと後頭部を掻く私に、山路は黙したまま複雑な視線を向けている。大丈夫か尋ねたい気持ちと、局長室にいるときぐらいビシッとしろと非難する気持ちが半々といったところか。

 反して華山は、デスクに組んだ足を載せて、飴玉を口内で転がしている。随分と呑気そうだ。

 しかし、私に彼女を責めるつもりは全くない。何故なら、彼女もまた私を責めはしないからだ。


 加えて、私は味方である私服警官を四名も殉職させ、挙句その犯人、すなわちあの鎌使いの女を取り逃がしたという罪悪感に苛まれている。

 恐らく、傍からみたら普段の私に見えるだろう。だが、それはただの強がりだ。私自身、それを誰よりも理解している。


「で、山路くん。あなたは大丈夫?」

「はッ。自分は紺野警部補の援護射撃を行ったにすぎませんので」


 ピシリと緊張感あふれる口調で、華山に答える山路。


「あなたと美咲ちゃんはバディだから、『性能』を発揮した時点でお互いの状況が分かる、ってことだよね。うん、山路くん、君の取った行動は正しいよ。あたしに発砲許可を求めていたら、美咲ちゃんが余計危なくなってたかもしれないし」


 それに、と華山は続ける。


「あなたの『性能』は、近接戦闘だけじゃなくて、狙撃の腕前ってのもあるからねえ。一・五キロだっけ? それだけ離れていながら、美咲ちゃんを援護するなんて、生身の人間にはできないよ」


 すると、山路はやや戸惑った表情を浮かべた。褒められているのか違うのか判断できず、対応に手こずっているのだろう。

 私は助け船を出すつもりで、話題を変えた。


「局長、あの鎌使いの女の情報、何か入ってません?」

「ああ、それね」


 こくん、と一度頷いてから、華山はデスク上にあるディスプレイの一つをこちらに振り向けた。


「これを見てもらいましょう。私服警官の一人がハイテクな義眼を装着していてね。彼の遺体から取り出した眼球に録画されていた映像なんだけど」


 華山は、ちらりと私を上目遣いに見た。その瞳に、僅かな気遣いを見出した私は、敢えて『分かりました』と告げた。


「んじゃ、再生~」


 気楽な風を装って、華山はディスプレイの端をこつん、とデコピンで弾いた。映像が再生される。

 山路はずいっと身を乗り出し、画面を注視した。対する私は、その場で腕を組んで立ちっぱなし。あまり見たくない、というのが本音だが、たった今華山が『これを見てもらいましょう』と言ったばかりだ。

 ふう、仕方ない。私はため息をつきながら、やや目を細めて画面に顔を向けた。


 映像は、私がとっつぁんの屋台を蹴倒した直後から始まった。バタタタッ、という銃声と共に、屋台を盾にすべく跳び込む私の姿が映る。


《隊長、発砲事件です!》

《安西、俺に続け! 長谷部、緒方、お前らは市民を非難させろ!》


 と言ってる間に、ドォン、と鈍い爆発音。手榴弾だ。一層荒れ狂う、市民の絶叫。

 すると私が、足元を煌めかせながら跳躍した。そのまま壁を垂直に上りバク転して落下、敵の片割れの喉を包丁で掻っ捌き、その死体を蹴り飛ばした。


《隊長! 本部に応援要請を――おわっ!》


 言葉が途切れたのは、彼の視界を凶刃、すなわちあの鎌が横切ったからだ。


《三時方向、殺人の現行犯だ! エレキガンの使用を許可する! 警察だ! 全員そこを動くな!》


 次に目に入ったのは、私の背中とその向かいにいる小柄なフード姿。

 そこで私は、振り返りもせずに叫んだ。


《あっ、馬鹿!》

「はい、ここでスト~ップ」

「んぐ!」


 相変わらず呑気な口調で映像を一時停止する華山。映像がもたらす緊張感とのギャップに、山路が奇妙な声を上げた。

 しかし、私はそれに構ってはいられなかった。何故なら、ちょうど画面中央に薄い桃色の六角形、すなわち敵のシールドが映り込んでいたからだ。


「まともな映像はここまでだね」


 そうだ。この直後、警官たちは一斉にエレキガンを放ち、しかし何らダメージを与えることなく、鎌使いに首を刎ねられたのだ。


「鎌で首を刎ねるなんて、自分と時代錯誤もいいところだけどね。このフードの人間の戦闘能力はともかく、問題はこのシールドだよ」


 ツインテールを揺らしながら、華山が私と山路を交互に見遣る。


「山路くん、君が行った狙撃は四回。間違いないね?」

「はッ」

「そして美咲ちゃん、この鎌女は四発目の狙撃を妨げたところで、逃げ出したわけだね?」

「うん……じゃなくて、はい。そうです」


『別にタメ口でいいよ~』と言って、身体をくねらせる華山。

 以前から思っていたが、彼女は私に上官と部下、という垣根を越えて接しようとしているようだ。

 確かに、彼女は十五年前の『事変』を知らないから、私を姉代わりにしたがる気持ちは分からないでもない。


「で、そのシールドが何かの糸口になりますか?」


 割って入ったのは、やはり山路である。そう、私も気になっている。


「そうそう、シールドの話だよね。あたしが上に掛け合ったんだけどさ、警視正がケチ臭い男でね~。取り敢えずこんなもんかな、私の権限であなたたちに提示できる情報は」


 今日未明、ゴロツキたちを捕縛した時と同じように、華山は手前の低いテーブルに近づいた。


「立体画像を立ち上げるから。今まで調査に当たってきた捜査第一課のデータベースから、引っ張れるだけ引っ張ってきたよ。あ~、肩凝った」


 ぐるぐると肩を回す華山。まるでおばちゃんである。外見と挙動のギャップに、私は思わず吹き出しそうになった。

 いつも通り山路に小突かれ、私はテーブル上に表示された立体画像に見入った。


 画面いっぱいに、細かい文字列や画像が並んでいる。


「まず犯人を明らかにしてしまおうか。赤金商会だよ」


 華山が腕をさっと振る。すると画像が八つ――四列二段に分かれ、そのうちの一つが拡大表示された。

 それは地図だ。東京湾の旧・横浜港の倉庫街。その一部が、赤い線で区切られてすっと浮き出てくる。


「確かここは、二十年ほど前から廃棄区画になっていましたね」

「そうそう、でも――」

「地上の倉庫街は見せかけで、地下に特殊兵器の開発施設が建設されていた。ポート・トウキョーの建設計画が持ち上がったことで、貿易港としての横浜港は『地上からは』消滅した、と」


 山路の正確な知識に、華山は満足気に頷いている。あー、言われてみれば、そんな話があったっけ。


「で、今回あたしに提示された情報からすると、あれに似たようなシールドの研究をやってた形跡があるんだってさ。倉庫街の地下でね」


 私は軽く眉を上げた。『そんなこともあるのか』程度の感覚で。一方、


「な、何ですって⁉」


 という素っ頓狂な声を上げたのは山路だ。


「あの一帯は『事変』で汚染されて、生身の人間に耐えられる環境ではないと、報告されているはずです!」

「甘いね」


 チッチッチ、と人差し指を振ってみせる華山。


「汚染される前に、地下の兵器開発施設にいた研究員たちが緊急隔壁を閉鎖していたとしたら、どうなるかな?」

「しかし、それでは地下施設と地上との行き来ができません! まるで籠城しているようなものです!」

「あ、局長、もしかして」


 私が軽く手を挙げると、華山は威勢よく私を指差した。


「はい! 紺野美咲さん!」


 って、あんたは学校の教師か。そんなツッコミは、自分の(貧相な)胸に秘めておく。


「もしかして、十五年前から閉じこもってるわけですか? そこの研究員は」

「大・正・解~!」


 私に向かい、掌を何度も打ち合わせる華山。


「きっと、地下にあるのは兵器開発施設だけじゃなくて、長期滞在に必要な水や食糧、空気の研究施設もあるんだろうね」

「そうして地下だけで生活している……。まるで蓋をされた蟻の巣みたいな状況ですね」

「お、山路くん、君も面白いことを言うねえ、たまには」


『はあ』と中途半端な返答をする山路。


「理論的に不可能ではなさそうっすね。そこで開発したデータをどこかに送って製造してもらう、と」

「そうそう、そゆこと」


 私の推論に、華山は腰に手を遣って頷いた。


「製造元はどこです? そこを叩かれれば、赤金商会が新しい武器を調達するのを妨害できます」


 気を取り直した山路が尋ねる。しかし、華山は眉間に皺を寄せ、『その製造元が分かればいいんだけどね~』と言いつつ小首を傾げた。

 ガリガリと飴玉を噛み砕き、飲み込んでから言葉を続ける。


「確かに、倉庫街の地下から通信してる気配はあるんだけどね。その連絡先が偽装されていて分からないんだって」


 やっぱり一筋縄ではいかない、か。


「そこで、二人にお願いしたいんだ」


 華山はテーブルを離れ、デスクを回り込んでぴょこん、と革張りの椅子に腰かけた。肘をデスクにつき、指を組んで私たちを見つめる。

 彼女の目に悪戯っぽい光が宿ったと思った、次の瞬間。


「この地下に殴り込みかけてみてくんない? 二人で」

「へ?」

「は?」


 その言葉のシンプルさに、私と山路は開いた口が塞がらなくなった。

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