第6話三竦み

「サクヤの殺気に対する、あなたとあの駄肉女の反応の違い。端から見ていても結構な違いだったわ。それに気づけないあなたではないでしょう?」


「…………」


 沈黙の肯定。ラーシャの出身国はノステリアで、自国では才能があると言われてきた少女だった。もちろんヤヨイとの力の差が明白なのは気づいていたが、それを認めるのはラーシャのプライドが許さなかったのである。


 アルティネアの言葉によって、ラーシャは冷静さを取り戻して一歩退く。


 これにより、入隊直後の顔見せは若干のしこりを残して収束したのだった。


 そして、それを待っていたかの様に1人の女性が影から出てきて、怯えながらサクヤ達の前に姿を晒す。


「あ、あの〜皆さん? も、もう終わりました? 大丈夫です?」


「今度は誰? いい加減にして欲しいんだけど」


「えぇ⁈ も、もう忘れてしまったんですか⁈」


 知らん。と、首を傾げて素で忘れているサクヤに再び溜め息を漏らしゴウガイが説明をした。


「咲夜様。彼女は先程我々の紹介をしてくださったカエラ・スウィル殿ですよ」


 丁寧に説明をするゴウガイだが、肝心のサクヤはというと────


「ふーん、ごめんねカエラさん。俺、興味ない事は覚えないんだ」


 この態度である。サクヤはけっして悪気があるわけではなく、良い言葉で表すならば素直であった。どんな言葉であれ、思った事を口にするのはサクヤの良いところであると同時に悪いところでもあるのだが。


「え、あ、そ、そうですよねー。私なんて所詮は戦闘経験のない新米講師ですものね。いや、いいんですよ。馬鹿にされるのは慣れてますから。むしろ専売特許ですから。はい」


 カエラは分かりやすく肩を落とし、涙目で項垂れながら自分を卑下する言葉を並べて始めた。

 サクヤはゴウガイに正座させられ、かなりの剣幕で怒られている。ちゃんと聞いているのかは分からないが。


 そんなサクヤを横目に。ラーシャが挙手をし、発言の許可を求めた。


「失礼、1つよろしいでしょうか?」


 いちいち挙手をしたり、その挙手がまた綺麗にピシッと挙げられている様子からして、ラーシャのルールやマナーに対する意識の高さが見て取れる。

 少なくともノステリアではそれなりに上流の家庭なのだろう。ラーシャの行動の一つ一つはサクヤ達にそう思わせるには十分だった。

 王族という身分で在りながら、初対面の相手に失言を並べるサクヤとは大違いだ。


「あ、はい。なんでしょう、ラーシャ・ランビリスさ────死にたい」


 少しだけ元気な無くなった顔でラーシャに目を向けるカエラだが、今度は女性として恵まれたラーシャの体の一部を見て再び自分の精神が削られた。


「急にどうしましたの⁈」


「すいません。ちょっと生きていく自信が失くなっただけですので、お気になさらず」


 上位者発表の時の元気はどこに行ったのかと問いたくなるような程に気分が落ち込んでいる。ラーシャも目の前の情緒不安定な女性に少し戸惑っているが、自分の質問を優先させた。


「では続けますが、貴女は自分の事を講師と呼びましたけど、リパルションの所属ではないのでしょうか?」


 ラーシャの疑問とはカエラの発言にあった新米講師とい言葉に対してだった。


 リパルションは実働部隊のエージェントとアルベルト付近の『魔の眷属』を魔力レーダーによって感知及び周知をするサポーター、そしてそれらを管理する役人達で構成されている。

 現場においての指揮系統などは全て現場のエージェント達によって成されている為、軍隊で言うところの将校などの役職は存在しない。

 管理者たる役人達も各々の役割はあれど、講師という立場の人間は1人もいない。というか、そういう役職がそもそもリパルションには無いのである。

 本来いないはずの人間がいる以上、ラーシャの疑問は当然と言えるだろう。


「はい。私はリパルションの所属ではありません。アルベルト政府から依頼を受けて赴任してきた、ただの教育者です」


「なぜ教育者がこんな血生臭い組織にいるのかしら?」


 ラーシャとカエラの間にアルティネアが割って入ってきた。そして、最もな疑問をぶつける。


「えぇっと、それらを含めて説明する為に上位者の皆様には残っていただいたんですけどー……」


「いざ来てみたら三竦みの修羅場になってたって訳か。そいつは悪い事をしたね、先生」


 気まずそうに目を逸らしながら話すカエラの言葉をカイルが繋いだ。


「あれ? なんだまだいたのか?」


「酷い! さっきから酷いぞサクヤ! もう泣いてしまいそうだよ!」


 今の今まで空気だった男にサクヤが会心の一撃を放った。

 カイル的にはカエラの出現によって再び自分の存在を浮上させるチャンスと見て取れたらしく、口を挟む隙を窺っていたのだ。


(なんかこいつ、こすいな)


 サクヤはカイルに対する印象をひっそりと改めるのだった。


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