第5話ガールズファイト
現れたのは麗しの美女。どこか神秘的で、けれども親しみを感じさせる不思議な雰囲気の少女だった。
腰辺りまで伸びている澄んだ水色の髪を揺らめかせ、ゆっくりとサクヤの方へと向かって行く。
サクヤは殺気を抑え、心底面倒くさそうにアルティネアから逃げるように距離を取る。
クスリと笑いながらアルティネアは言葉を繋いだ。
「久しぶりね、サクヤ。最近は全く会いに来てくれないんだもの。寂しかったわ」
言葉とは裏腹に余裕のある表情。どこかサクヤを観察するように、青い瞳をサクヤに向けている。
サクヤはアルティネアが苦手だった。何もかもを見透かし、掌で踊らさらているような感覚がサクヤは気に入らなかったのである。
幼い頃、ちょうどヤヨイと出会った頃にサクヤはアルティネアとも出会っていた。
クリュウ家とウィシャール家、言ってしまえば
そして、その2国間だからと言うべきか、その昔サクヤの父ホオズキとアルティネアの父オスフェルの間で1つの約束が交わされていた。サクヤとアルティネアの知らぬところで。
その約束とは────
「婚約者である私に2年も顔を見せてくれないなんて、ちょっと冷たいんじゃないかしら?」
ずばり婚約である。
ホオズキとオスフェルは、顔を合わすたびに酒の席において2人の婚約の話を進めていたのである。
この話が確定的になったのはサクヤが10歳になった年、つまりはヤヨイが恋心に目覚めた年だったのだ。
だが、早々に周知されようとしていたその情報をサクヤは己の全力をもって阻止した。見事なまでの情報操作と人心掌握によって最小限の波及にとどめたのである。
今思えば、わずか10歳で国の要人を丸め込むあたりがサクヤの異常さの証明になっていたと言えるだろう。
「だから、その話は白紙に戻しただろうが。俺とお前は婚約者じゃない」
「そうですよねー? 咲夜様は私と結婚するんですものね」
「おい弥生。頼むからこれ以上ややこしくしないでくれ」
サクヤの言った通り、婚約の話は既に破棄されている。かなりの高度な策略をもってサクヤ
にも関わらずアルティネアは今だに婚約者だと言い張っている。
アルティネアも王族であり、いずれは知らない人と政治的な意味合いを含む結婚をする立場にある。なればこそ、今のうちに気心の知れる者と懇意になり、ゆくゆくは結婚をしたいという事だろう。
サクヤは第2王子なので、王家を継ぐ事も無い。その点においてもアルティネアには都合が良かったのだ。
そして。
「あらあら、そこの肥満女は随分と分不相応な妄言を語るのね」
「うふふ。貴女こそ発言に品がないのではなくて? あ、でも貧相な体の女にはそれくらいが丁度いいのかしら?」
「発言において言われたくはないわね。それに、下品なのは貴女の体でしょうに」
バチバチと2人の間に火花が散る。2人とも笑顔なのが尚更に周囲の人間の恐怖を膨れ上がらせる。
アルティネアとヤヨイは尋常じゃないくらい仲が悪かった。
理由はもちろんサクヤである。2人は恋敵なのだ。
存在がだんだんと希薄になっていたカイルもますます軽口を叩けなくなり、いつの間にかゴウガイの背に隠れて事態を見守っていた。
小声で「アルティネアは貧相ではねーだろ」とか言ってじっくりと見ている変態野郎である。
ヤヨイ程の肉付きはないが、程よく引き締まった体でありスラリと伸びた肢体に胸もそれなり、決して貧相とは言えない体であるのは間違いなかった。
「アルティネア様。さすがにそれ以上は」
「ヤヨイ殿もその辺にしとくべきでござろう! なによりも怖いです!」
2人の喧騒を止めたのは、アルティネアよりも濃いめの水色の髪の少女と、長い黒髪をシンプルに1つ纏めにした声の大きい少女だった。
アルティネアを止めたのはエイン・ウォル。入隊時ランク9位の少女だ。
水色というよりは青に近い髪色で、女性にしては短めの髪だが、清潔感が感じられた。身長はラーシャ程に小さいが、ラーシャと違いどこかからかいずらい厳正な風格がある。
一方で現在進行形でヤヨイに頬をつねられているのはナルミ・コウカク。非常に素直で真っ直ぐな性格とでもいうのか、思ったことは直ぐに口にだす。しかも大声で。
艶やかな黒髪に対照的な白い肌の和風美人なのだが、その言動と大雑把な性格が全てを台無しにする。なんだかんだ帳尻の合った少女である。
ヤヨイに面と向かって物申せるのはおそらくサクヤとこの少女だけだろう。逆鱗の餌食になるのは避けられないわけだが。
「だーかーらー! 私を無視しないで下さいまし!」
痺れを切らし、再度吠え始める噛ませ犬感が半端ないラーシャ。
だが、その威勢はすぐに切って捨てられてしまった。
「久しぶりね、ラーシャ。いきなりなのだけど、戦う事はおすすめしないわ。ここでその女と戦うのはただの愚行よ」
真顔で愚行と言い切ったアルティネアだが、なにもラーシャが嫌いなわけではない。むしろ逆と言えよう。
アルティネアはラーシャの勝率を0と分析しているのだから。
「お久しぶりですわね、アルティネア。しかし、愚行とは随分な言いようですわね」
「あなたも気づいているのではなくて? さっきのサクヤの殺気を思い出しなさい」
そう、激怒してはいるものの、ラーシャも既に気付いていた。ヤヨイと自分の実力の差が隔絶されている事に。
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