第4話九城 弥生
ヤヨイとラーシャ、2人の間に剣呑とした空気が流れる。どうしたものかと若干慌て始めるカイルをよそにサクヤは思う。
これはヤバい、と。
ヤヨイ・クジョウ、正式表示は
ヤヨイの一族クジョウ家は代々クリュウ家の懐刀としてその地位を築いた貴族である。本来であればクジョウの男がサクヤの側近になるはすだったのだが、現クジョウ家の当主カガリと妻のユイの間には男児が生まれて来なかった。
本来であればその地位を剥奪されてもおかしくない状況ではあるが、
ヤヨイとサクヤが出会ったのは5歳の頃、この中では1番付き合いが長い。当時はまだ人見知りの激しい奥手の少女だったヤヨイは、今と同じく強そうに見えないのに堂々とした振る舞いをするサクヤに対し純粋に憧れていた。ヤヨイにとっては2人で過ごす時間がなによりも幸せだった。
翌年にゴウガイ、さらにその次の年にはナルミとリュウヤが新たにサクヤの側近となり、同い年だったのもあって打ち解けるにはさほど時間はかからなかった。
サクヤの影響もあってヤヨイの人見知りもいつしか完全に無くなっていた。
だが、しばらく皆んなで過ごすうちにヤヨイは気づく。サクヤと2人だけの時間が確実に減ってきているという事に。
皆んなといる時間は嫌いではないが、やはりサクヤとの時間はどこか特別な感じがあったのだろう。
初めてサクヤに恋慕の情を抱いていると気づいたのは5年前、10歳の頃だった。
(────あの時くらいから弥生のやつおかしくなったんだよなー)
ふと過去のことを思い出しヤヨイの背中を見つめる。ちらりと隣を見ると、そこには冷や汗をだらだらとかいて直立しているゴウガイの姿があった。
恋心に目覚めたヤヨイは、サクヤに関する事になると異常なほどの執着をみせた。
サクヤの容姿を馬鹿にした奴を半殺しにしたり会話を邪魔した奴を半殺しにしたりとなかなかの狂人になるのである。
(
ニヤニヤしながらゴウガイに視線を送っているとそれに気づいたのか、苦笑いでサクヤにSOSを求めていた。
しかし解決策がないわけじゃあない。だが、これをやるには犠牲者が出るから普段は弥生の気が収まるまで放置していたのだ。
(今回はそういうわけにはいかないか)
「
「お断りします」
覚悟を決めたサクヤは背後のリュウヤに声を掛けるが、即答で拒否された。
耳にかぶさるくらいの黒髪が無造作に跳ねているボサボサ頭。切れ長の目と黒い瞳が相まって大人な感じのイケメン君だ。
ゴウガイに及ばずとも近しい身長だが、ゴウガイとは違いかなりヒョロイ。
普段から寡黙なこの男だが、眠そうな瞳や気怠そうな態度がどこか自分に似ていると思い、サクヤは結構気にいっている存在なのだ。
そして、ヤヨイの悪女モードの歯止め役となる唯一の存在。否、サクヤに次ぐ存在である。
「なんで断るんだよ! 頼むよー、弥生止めてよー。このままじゃラーシャ半殺しになるぞ?」
「ご愁傷様ですね」
(冷てー。龍也君マジ冷てー。この野郎普段はほとんど喋らないくせに弥生が絡むと饒舌になるんだよなー)
そう、今のヤヨイを止められるのはサクヤかリュウヤのどちらかしかいない。だが、どちらが止めるにせよ結局はヤヨイの餌食になるのである。
「俺、弥生のスリスリ地獄で昔体調崩したんだけど」
「俺は皮膚が剥けました」
「嘘つけ! ただ赤くなっただけだろ!」
「なに言ってんすか、俺にとっては一大事です」
拉致が開かない2人の譲り合い。いや、押し付け合いだろうか? 結局のところサクヤが止めるにしろ、リュウヤが止めるにしろ待っているのはヤヨイの気が済むまでの頬擦り地獄なのだ。
ヤヨイからしたらもちろんサクヤがいいのだが、雰囲気の似ているリュウヤでもいいらしいということが幼少期の頃の実験結果で出ている。
2人がガヤガヤやっているうちにラーシャとヤヨイの睨み合いに進展があった。
「上等ですわ! ここまでの暴言の数々まとめて謝罪させてあげますわ! 武器を取りなさい!」
「あら〜? 本気なのかしら、私は別にかまわないのだけど。あなた、死ぬわよ?」
怒りの限界を迎え、怒気を含んだ瞳で睨みつけるラーシャと余裕の表情で妖しく目を光らせるヤヨイ。
まさに一触即発の空気に割って入ってきたのは────サクヤだった。
「そこまでだ。双方、武器を下ろせ」
先程の腑抜けた様子とはうって変わって、冷徹な瞳と殺気のこもった声で2人を静止する。
ラーシャは声も出せず冷や汗を流し、ヤヨイもまた面白くなさそうに頬を膨らませている。
「さすがサクヤね。見事だわ」
そんなサクヤに拍手をしながら声を掛ける1人の少女。
「はぁ、次から次へと……久しぶりだな、アルティネア」
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