最終話 約束

私とかんちゃんが付き合い始めてから数日が経った。

でも、急に何かが大きく変わるなんてことはない。

私とかんちゃんはいつものように、2人で一緒に下校をしていた。

それでも変化したことが、いくつかは、ちゃんとあって。

例えば私の右手とかんちゃんの左手が、今も繋がっている所とか、かな?

「なぁ、七海」

「うん?」

かんちゃんが少しだけ赤くなりながら、私に目線を飛ばしてきた。

なんだろう?

かんちゃんはいつも格好良いはずなのに、少しだけ赤くなった今のかんちゃんは、何故かかわいく見えてしまう。

「いや、その、な…」

しかもわざわざ私に声をかけてきたのに、どこかはっきりとしないご様子。

内容がわからないので、次の言葉を待っていると、かんちゃんは意を決したような面持ちで私にこう告げた。

「今度さ、少し遠出で出かけないか?」

なんと、初めてのデートのお誘いだった。



デートの誘いはもちろんOKした。

その日のうちにお母さんに伝えようとしたのだが、かんちゃんと遠出をしたいということを伝えた段階で、お母さんが「あらあら、楽しんできなさいね?」とあっさり許可をくれた。

どこへ行くという話にもなっていないにも関わらず、だ。

今までは私が体調を崩すことが多かったから、正直お母さんには遠出することだけは断られると思っていた。

ちなみに私がかんちゃんと付き合い始めたことは、まだお母さんには話していない。

今朝も、私を送り出すお母さんが、凄くニコニコしていたのが気になったが、デート当日でドキドキしていた私に、そこまで会話をする時間も余裕もなかった。


そして私は今、かんちゃんと並んで電車に揺られている。

今日は快晴。

絶好のデート日和。

けれど、私にはどうしても気になることがあった。

「ねぇ、かんちゃん。なんで行き先を教えてくれないの?」

「ん?あぁ、それは、着いてのお楽しみってやつだよ」

そう、かんちゃんが当日になっても行き先を教えてくれないのだ。

初めてのデートだから、それなりに気合いを入れて臨んでいるのだが、これではどういう反応をして良いのか、少しだけ不安になってしまう。

すると、私の手を握っていたかんちゃんの手が離れ、そのまま私の頭の上に置かれたかと思うと、くしゃくしゃと私の頭を撫でた。

「わっ、ちょっ、かんちゃん、やめて、髪が、乱れちゃうっ」

「そんな不安そうな顔するなって。大切な七海との初デートで、変な場所に行きたいなんて思うわけないだろう?」

「ぅぅっ、そうだけどぉ…」

「今日行きたい所はさ、俺にとっての始まりの場所なんだ。だから今日は、今日だけは俺を信じて、一緒に来て欲しい」

ずるい。

ずるいよ、かんちゃん…。

「そんな言い方されたら、何も言え返せないよ…」

私の頭に乗せられた手が、今度は私の肩に回った。

そのまま強く、でも優しく、かんちゃんの方に抱き寄せられる。

「目的地までもう少しあるからさ、少し寝てろよ」

「でも、せっかくの、デート、なのに…」

「昨日、あまり眠れなかったんだろ。目の下に隈ができてるぞ?」

確かに昨日の夜は、デートが楽しみすぎて、寝るのが少し遅くなってしまった。

本当にかんちゃんは、昔から私の事を何でもわかってくれている。

私が望んだ事をしてくれたし、私の体調の悪さだって、真っ先に気づいてくれていた。


ずる…い…。

ずるい…よ…かん…ちゃ…。

こん…なに…私の事…わかって…くれてるのに…。

私…何にも…お返し…できて…な…。


かんちゃんの温かい手。

触れているぬくもり。

揺れる電車の心地よさ。

私はゆっくりと意識を手放したのだった。



音が聞こえた。

テレビでしか聞いたことのないような、波の音。

臭いがした。

初めて嗅ぐ、潮の香り。

ゆっくりと目を開けると、そこには一面の青が私の視界を覆っていた。

「あれ、ここは…?」

「目、覚めたか?」

どうやら、少し長い間眠っていて、かんちゃんがここまでおぶってきてくれたらしい。

私が寄り掛かっている先を見る。

そこには柔らかな、でも泣きそうな表情で、笑顔を向けてくれている大好きなかんちゃんの姿があった。

「かんちゃん…ここって…」

「ああ、ここは…」

急に、胸が締め付けられたような感覚に襲われる。

嬉しいような、でも悲しくて、絶対に忘れてはいけないような、そんな感覚。

『俺にとっての始まりの場所なんだ』

さっき電車の中で言っていた、かんちゃんの言葉が頭をよぎる。

目の前の光景と、笑顔を向けるかんちゃんを交互に見て、寝起きでポンコツな頭をフル回転させる。


『こんど、いっしょにいこう』


かんちゃんと私の、始まりの場所。

始まりの、あの言葉。


『ななみちゃんが、もう少し元気になったら。いっしょに、ゆずしまに行って、うみであそぼう。ね』


その言葉が何度も反芻して、私の瞼を熱くさせる。

零れ落ちる涙を、私は堰き止めることができない。

「柚島だよ、七海ちゃん」

私はそう優しく教えてくれたかんちゃんに、思わず抱き着いてしまった。

私の涙が、かんちゃんの背中に大きな染みを作っていく。

ただただ私は、嗚咽を漏らすことしかできなかった。



穏やかな波が、浜辺を覆っては、海へ帰っていく。

私があの時から、きっと見たかったであろう、この光景。

その光景を、私をおぶってくれている、私の大好きな人は知っていたんだ。


『ななみも、かんちゃんといっしょに行く! やくそくしたもん、うみでいっしょに遊ぶって! かんちゃんと、やくそくしたもん!』


私のわがままが生んだ、どうしようもないくらい、小さくて、大きな約束。

何も返せない私を、貴方は、あの頃から気にかけてくれている。

――好きでいてくれる。


「ねね、かんちゃん」

「ん、どうした?」


だから私は、これからも、精一杯、貴方の隣で答えたい。

私もあの頃から、そしてこれからも貴方を…。


「これからも、ずっと大好きだよ、かんちゃん!」


――これが、わたしの、初恋だから!


(完)

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