第4話 原因
「なるほど、そういうことでしたか・・・」
結局、俺は彼女に、七海との喧嘩の原因を洗いざらい話した。
自分で言っていて、かなり恥ずかしい話だったが、何故かここに来る前より少しだけすっきりしたように感じる。
対して彼女は、注文していた飲み物を少し飲んだ後、カップを置いて、深い溜息を吐いた。
「で、土屋君はこれからどうしたいんですか?」
「えっ、そりゃ、もちろん、七海と・・・」
そこで、言葉に詰まってしまった。
俺は今後、七海とどうしたいのか?
それが明確に思い浮かばなかったからだ。
今、七海は生徒会という場所で、新しい一歩を踏み出した。
新しい友人を作り、俺から独り立ちしようとしているのだ。
そんな七海を止める権利が、俺のどこにあるのだろうか。
ネガティブな考えが、俺の頭を大きく揺らしてくる。
そして黒いもやもやと一緒に、胸の辺りを大きく締め付け始めた。
その様子を見ていた彼女が再び口を開く。
「すみません、この質問は後にしましょう。では何故、椎野さんは土屋君に、わざわざ生徒会へ入りたいという事を言ってきたんでしょうか?」
「別に、今までもそうだったからだろ。七海は、何かやろうとする時は、いつも俺に、声をかけてきてたからな」
「では逆に、土屋君が何かやろうとする時、椎野さんに相談したりしましたか?」
「いや、別に、俺がやろうとすることに、七海の許可なんか・・・」
そこまで言って、俺はこの関係の異常性に気づいてしまった。
当たり前になりすぎて忘れていた、俺が最も恐怖していることを気づかされてしまった。
「・・・先程の土屋君の話では、椎野さんは最後にこう言ったそうですね」
あの時の光景が鮮明に蘇ってくる。
俺が最も見たくなかった、涙を流して叫ぶ、七海の姿が。
「かんちゃんは、1人で何でもできるから!!だから私の気持ちなんか、何もわからないんだっ…!!」
そして重なってしまった。
本来、俺が守りたいと思った、小さい頃の七海の姿が。
『ななみも、かんちゃんといっしょに行く! やくそくしたもん、うみでいっしょに遊ぶって! かんちゃんと、やくそくしたもん!』
あれはお泊まり保育の当日。
俺と海を見る約束をした七海は、当日になって目的地である柚島に行くことが出来なくなってしまった。
最後まで泣いていた七海を見て、俺も行くことを渋ったが、小さな俺は結局何もできずにバスの中へ押し込まれた。
その時の七海は、顔をぐちゃぐちゃにしながら、バスの中の俺を見てこう言った。
『おいていかないで、かんちゃん』
俺はその日から、七海を守ると心に誓った。
だから、いつか、あいつの隣で、あいつが出来なかったことを、一緒に叶えたいと。
「ななみちゃんが、もう少し元気になったら。いっしょに、ゆずしまに行って、うみであそぼう。ね」
あの日に見てきた柚島の光景を、七海と一緒に、見たいと思ったから。
七海がもう、あんなふうに泣かないように。悲しまないように。
せめて、俺が一緒に、いてやろうと。
だって七海は・・・
かわいそうなやつだから。
「先程渡してもらったこれ、ほんとは土屋君に見せちゃいけないと思ったんですけど、重要なことだから見せちゃいますよ?」
彼女が出してきたのは、先程渡した、七海が投げてきたノートだった。
あまり見てはいけないと思い、俺自身は読まずに彼女へ渡したのだが、彼女はページをめくったらしい。
「ここを、見てください」
そして彼女が指し示す、一番最後のページには、丸みを帯びた女の子らしい字で小さくこう書かれていた。
『目標!かんちゃんに認めてもらえるように頑張る!』
「っ・・・!」
心臓を鷲掴みにされたように、息が詰まる。
あの時の俺の発した言葉が、どれだけ七海を傷つけてしまったのだろうか。
どうして七海の決意を後押しできずに、ただただ踏みにじってしまったのだろうか。
後悔が、涙になってとめどなく溢れ出てきた。
「……」
「落ち着きましたか?」
そこから俺は少しの間呆けていたらしい。
結局、俺はいつの間にか、七海を下に見ていた。
いや、見てしまっていた。
初めはただ、守りたいと思っていたのに。
そして七海が生徒会に入りたいと言ったとき、恐れてしまった。
下に見てしまっていた七海が、俺から離れていくことに。
その事実がうまくまとまらず、ろくな返事はできなかったが、俺の中の黒いもやもやは、いつの間にか鳴りを潜めていた。
深呼吸をした後、珈琲を口にして思考を落ち着かせる。
今更焦ったところで、状況は何も変わらない。
「それで、土屋君は、これからどうしたいですか?」
彼女が優しく語りかけてくる。
俺の心も先程とは違い、少しだけ余裕ができていた。
今ならはっきりと答えることができる。
「俺は、七海に謝りたい。今までの事、そしてこれからはあいつの隣を歩けるように、ちゃんと話し合いたい」
「ふふっ、先程よりよっぽど良い顔色になりましたね。安心しました」
その答えを聞いた彼女がふふっと笑みを浮かべた。
「まぁでも私は、椎野さんを許すことができなさそうですけどね」
「えっ…?」
彼女がカップを置いた時に、そんな事を言い始めた。
今回の喧嘩の原因は、俺と七海の仲違いだ。
別に七海が彼女に対して、何かしたわけではない。
意味がわからず、またしても間抜けの抜けた声が出てしまった。
「だって、私は土屋君に助けられたからストーカーになったんですよ?私は土屋君に幸せになって欲しいんです。毎日毎日、椎野さんとイチャイチャしてる土屋君を見て、あぁ土屋君の幸せを邪魔しちゃ悪いなぁと思って遠巻きに見ていたのに、先日から土屋君、いきなり死にそうな顔をしてるんですよ?そりゃあ椎野さんを恨みたくもなりますよ。土屋君にこんな顔させておいて、自分はちゃっかり生徒会で居場所作って。今いる居場所だって、土屋君がいたからできた場所なんじゃないですか?」
彼女は早口でそう捲し立てる。
確かに勉強が苦手な七海に、勉強を教えてきたのは俺だ。
七海が最初はC判定だった北高に入れた時も「かんちゃんのおかげだよ、ありがとう」なんて言ってくれたけど、今思えば、俺はその時にはもう、七海を見下していたのかもしれない。
「ははっ・・・」
自分のやってきたことを改めて思い返し、嘲笑するように笑うと、彼女がじとっとした目で俺を見てきた。
「土屋君にとって、どんな思い出も椎野さん一色なんですね。いいなぁ、私もそういう思い出が欲しかったなぁ」
拗ねるように口を尖らせた坂下が、先日、今にも死にそうな体調をしていたことが信じられなくて。
俺自身が先程まで、死にそうなまでに落ち込んでいたことが信じられなくて。
結局、お互いに笑いあってしまった。
そして俺は最後に、彼女へと質問を投げかける。
「前に助けたことなんて、別に些細な事だろ。でも、なんで坂下は、俺にここまでしてくれるんだ?」
その質問に彼女は、少し悩んだ素振りを見せたかと思うと、今度はいたずらを見つかった子供の様に笑いながらこう言った。
「受け取ってもらえなかった、一万円分のお返しですよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます