第3話 再会

結局あの後眠ることはできず、腫らした目だけを何とかして登校した。

七海が隣にいないだけで、見えている物が、世界が、色褪せて見える。

そして今日も、七海と接触することはできなかった。



そして何事もなく毎日が終わる。

ゴールデンウィークも家でぼんやりしていた。

完全に謝るタイミングを失い、七海には避けられ続けている。

ごめんの一言も言えないまま、黒いもやもやは未だに身体の中で暴れまわり、いつか爆発してしまうんじゃないかと錯覚するほど、息苦しい毎日だった。


こんなことになるんなら、生徒会に入ることを潔く後押ししてやるか、自分も生徒会に入るなりするんだったと、今更ながら思うこともあったが、今となっては後の祭りである。


いつから俺はこんなにも七海に依存していたのだろうか。

七海はこのまま生徒会で、新しい関係を築いていくのだろうか。

俺のお世話なんかいらないくらい、頼り頼られ、そして誰かと…。

それを思った瞬間、また俺の中で黒いもやもやが大きく暴れ始めた。



どんなに憂鬱でも、特に何かあるわけではなくても、学生は学校には行かなければならない。

その日の放課後は、下駄箱の近くで七海を見かけた。

時折、クラスメイトか生徒会、どちらかの女生徒と楽しく談笑している光景を見ることがある。

今日も女生徒と楽しそうに会話をしていた。

この後も生徒会活動なのだろう。

(…眩しいな)

つい先日まで隣にあった輝きは、今では別の所で輝こうとしている。

やはり最初から、俺のできることなんて何もなかったのかもしれない。

俺はそれを否定したくて、目を背けるようにして、帰路に就いた。



「凄く顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」

いつものように駅の改札に入ろうとした所で、背後から声をかけられた。

「…は?」

声をかけてきた方向を確認する。

そこに立っていたのは北高とは違う、セーラー服を着た茶髪の女生徒だった。

いきなり声をかけられて、少しだけ間の抜けた声が出てしまう。

「それって、俺の事か…?」

「はい、そうですよ。土屋君?」

親以外と会話したのなんていつぶりだろうか?

最初は人違いだと思って、思わず聞き返してしまったが、今の会話に少しだけ違和感を感じた。

「えっと、確か君は…」

「君じゃありません。私には坂下さかした季帆きほという名前があります。坂下でも、季帆でも、好きな様に呼んでください」


この女生徒に見覚えがあった。

入学式から数日後、七海が体調不良で朝一緒に登校できなかった時、同じ電車に乗り合わせていた子だ。

北高と同じ駅にある、私立の女子校の生徒なのに、駅についても降りようとしなかったので、気になって声をかけたのだ。

するとどうだろう、彼女の顔色は土気色で目は虚ろ、目の下にははっきりとわかるくらいの隈ができていた。

明らかに体調不良だったので、そのまま駅で少しだけ看病をして、最後には駅員さんに報告しておいた。

今の彼女を見るに、体調は完全に快復したのだろう。


「じゃあ、坂下さん。どうして俺の名前を…?」

違和感の正体はこれだ。

あの時、俺は名前を名乗っていない。

だから彼女が俺の名前を知っているはずはないはずなのだが…。

「ストーカーですから」

「は…?」

「私は、土屋君のストーカーですから、土屋君の事なら、何でも知っていますよ」

はっきりとストーカーですと告げられた俺は、最近感じていた悪寒とはもっと違う、別の何かを感じた。



「では土屋君、どうぞ」

「あぁ、ありがとう…」

結局、立ち話も何だということで、駅前の大通りを一本奥に入った所にあるカフェで話をすることになった。

何でも彼女は、あの時のお礼をしたくて声をかけたらしい。

家に帰っても特に用事がなかった俺は、大人しく珈琲を奢ってもらうことにした。

「で、土屋君はどうして最近椎野さんと一緒に登下校されてないんですか?」

「ぶっ…!!」

1度しか会っていない、しかもあの時、ほとんど会話をしていなかった彼女に、いきなり核心を突かれてしまう。

彼女から受け取った珈琲を思わず吹き出しそうになってしまった。

何故彼女が、七海の事も知っているのかは、もうこの際、横に置いておくことにする。

「すみません。毎日あんなに楽しそうに登下校されていたのに、ゴールデンウィーク前後から、土屋君がずっと1人でおられるので、何かあったのかなと思いまして」

「いや、別に何もな「嘘ですね」」

特に彼女に言う必要もないと思い、軽く否定しようとしたのだが、彼女は真剣な眼差しで俺の言うことを強く否定した。

わからない。

何故かはわからないが、七海が生徒会に入ると言った、あの時に似た違和感をひしひしと感じる。

「私はあの日、土屋君に助けられてから、ずっと土屋君を見てきました。だからわかるんです。私があの後見た、椎野さんと一緒にいる時の土屋君の顔と、今の土屋君の顔を見て、何もなかったって思える程、私も馬鹿じゃありませんよ?」

「…………」

言い返そうにも、言い返せることができなかった。

例え彼女に「お前に何がわかる」なんて言っても、会うのは2回目。

知らないのは当たり前だし、彼女が言っていることは本当に正しいのだから。

「もう1度聞きますよ、土屋君。どうして最近椎野さんと一緒に登下校されてないんですか?」

直感的に、今の俺では彼女の質問から逃れることはできないと感じる。

観念した俺は、目の前にいる彼女に事の経緯を話すことにした。

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