第2話 亀裂

「ちょ――、報告 ――かんちゃん――伝えて――」

高校の制服を纏った七海が、頬を赤らめながら、上目遣いで俺を見てくる。

七海はいつもの笑顔を俺に向けてくれているのに。

何故か悪寒が止まらなかった。


「昨日――、わたし、彼氏が―――!」

止めてくれ…。

その顔でそんな事を言わないでくれ……!!


「同じクラスの―――、―――君って言うん――」

止めてくれ…。

その顔で俺以外の男の名前を呼ばないでくれ……!!


「うん。――君、生徒会にも入って――、一緒に――も多くて。それで――」

嫌だ。

嫌だ嫌だ。

嫌だ嫌だ嫌だ。


「そ―――、―――ん。―――告白なんて―――」

止めてくれ。

お願いだから…!!


「―――君ってね、すごく優しい―――」


「七海っ…!!」

朝、目が覚めた俺は泣いていた。

今までに味わったことのない虚脱感。

俺の中で黒いもやもやが暴れまわっていた。

時計はまだ深夜を指している。

起きるにはまだ早すぎるが、もう1度寝ることなんてできなかった。

後悔先に立たず。とはよく言ったものだ。

この前まで、こんな不安な気持ちは微塵もなかったはずなのに。

これからも変わらない日常が待っていると思ったのに。

それを俺が壊してしまった。



事の発端は3日前、入学してから1か月が経ったあの日だった。



七海との登下校は入学式以降もずっと続いていた。

俺が七海の家へ行き、七海を迎えに行って高校へ向かう。

小学校から、何も変わらない日常。

俺はこの隣を歩ければ、それで良かった。

「ねぇ、かんちゃん…」

「ん?」

隣を歩く七海が、俺の顔を覗き込みながら聞いてくる。

「生徒会って、私が入ってみてもいいのかな…?」

「…は?」

俺の日常は、早くも崩れ去ろうとしていた。


(どうしたものか…)

俺は教室に着くなり、教室の机で考え込んでいた。

内容はもちろん、今朝七海が言っていた生徒会の件だ。

北高の生徒会は、最初の2か月くらいの間に、個人で自由に立候補し、先生や先輩からその役職を任命してもらう形式を取っている。

最初の数週間の間は生徒会の補佐として働き、その期間が終われば採用が検討され、それでも集まらない場合は、先生が各個人に事情を説明して、直接推薦をして最終決定するそうだ。

今、七海が立候補すれば、間違いなく生徒会に入ることは可能だろう。

しかし、北高は体育祭や文化祭だけでなく、その他の行事もほとんどが生徒会管理だ。

そうすれば七海の身体に負担を強いることになるだろう。

(いや、七海には、無理だろ…)


確かに七海のやりたいことは応援してやりたい。

だけど、よりにもよって生徒会。

重労働中の重労働だ。

だが、それだけじゃない。

七海が生徒会に入りたいと言ったとき、何かとても嫌な予感がした。

それが何なのかはわからないが、とても「いいんじゃないか」と言うことはできなかった。

だから七海には、保留しようという形で一時手を打ったのだ。

しかし俺は七海に対して、納得させられる答えが見つからないまま、放課後を迎えてしまった。


いつも通りの帰り道のはずなのに、気持ちはとても重かった。

だけど七海はいつもように、笑顔で俺に話しかけてくる。

「でね、かんちゃん。私、生徒会に入ったら「七海…」」

七海が生徒会の話題に触れた際、つい食い気味に話を遮ってしまった。

嫌な予感が、俺の中で黒いもやもやとなって、大きくなっていくように感じる。

「やっぱり生徒会に入るの、辞めないか…?」

「えっ…?」

きっと、沢山調べたのだろう。

取り出したメモ帳には、色々なことが書かれているのが見えた。

罪悪感と黒いもやもやが溶け合って、俺の中を暴れ始める。

「どうして…どうして…かんちゃん…」

七海にさっきまでの笑顔はない。

(わかってくれ七海…お願いだ…そんな顔しないでくれ…)

いつもなら真っ先に七海を慰めていた俺が、今は七海にそんな顔をさせてしまっている。

そして俺は、自分の中でぐちゃぐちゃになっているこの気持ちを隠すことができず、七海に対して言ってはいけない一言を告げてしまった。

「だって、無理だろ、七海には…」

この時、俺はどんな顔をしてこの言葉を口にしていただろう。

ハッとなって、気づいた時にはもう手遅れだった。

七海は顔をくしゃくしゃにしながら、悲しそうに、悔しそうに俯いていた。

「どうして、かんちゃんは、私の努力を、わかってくれないの……」

小さく、しかしはっきりと、七海はそう告げた。

違うと、否定しようとした所で、七海が持っていたメモ帳を俺に投げつけてきて叫んだ。

「かんちゃんは、1人で何でもできるから!!だから私の気持ちなんか、何もわからないんだっ…!!」

涙を流しながら、七海は走り去って行った。

俺はただただ、その場に立ち尽くすしかできなかった。


久々に1人で帰る通学路は、今まで以上に道幅が広く感じた。

もしかしたら、七海が生徒会に入りたいといい始めた時から、こうなることはわかっていたのかもしれない。

今も俺の中で暴れまわるこの黒いもやもやが、自分でも何なのかわからないまま、帰路に就くしかなかった。


翌日、七海の家へ謝りに行ったが、すでに七海は家を出た後だった。

仕方なく学校で謝ろうと思ったが、露骨に避けられるようになった。

そして昨日、七海が生徒会へ入ったことを風の噂で聞いた。


俺の中の黒いもやもやが、さらに大きくなったような気がした。

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