第22話 虚栄心と自己嫌悪の狭間で
レイラに連れられて来た店は異国情緒のある、場末の酒場だった。
現実とレイラのイメージとの乖離で少し驚きが顔に出てしまうジーク。
レイラはそんなジークを見て、微笑みながら言う。
「あ、このお店は知り合いの人が経営してるお店なんだ。ちょっと寂れてるけど、結構雰囲気が気に入っててね」
(なるほど、確かに雰囲気はいい感じだ)
ジークが辺りを見回すと、ちらほらと見られる客がレイラの方を見て手を振っていた。
どうやら知り合いのようである。
「お、いらっしゃい、レイラちゃん。今日も一人で……って!おい!レイラちゃんが男を連れてるぞ!」
酒場の店主がレイラに挨拶と同時に冷やかしを入れた。
「エリックさん!全然そんなんじゃないですからやめてください!本当に違いますからね!」
(そ、そこまで言わなくても……)
慌てて否定するレイラに一人ショックを受けるジークであった。
「がっはっは!冗談だよ、冗談」
酒場の店主——エリックさんはなかなか豪快な人のようで、大声で笑いながら料理を作っている。
(男の方は違うみたいだがな……)
とはいえ、たまににやけた目でジークの方を見ていたが。
「もう〜、はぁ。とりあえず座ろうか、ジーク君」
レイラがそう言って窓際の机を選んだのでその席に腰をかける。
「それじゃ、早速話してもらおうかな。ジーク君の話ってやつを」
料理の注文を終えたレイラはニヤリと笑ってそう言った。
「……分かりました」
(さてどこから話そうかな)
いきなりショッキングな話はしづらいな、と思ったジークは、まずは服の話から話し始めることにした。
「えっと、じゃあまずは服の話からしますか。実は、あのダンジョンにいる時に着ていた服も今着ているこの服も、全部僕が作ったものなんです」
(一番軽い話だから受け入れやすいはず……)
そう予想していたジークだったが、予想を裏切りレイラは絶句していた。
「えっと、レイラ、さん……?」
「まさか……ダンジョンで、あの服をその場で作ってたって言うこと……?」
「えぇ、そうですけど……?」
「ジーク君……」
レイラがなぜ驚いてるか分からず当たり障りのない反応を返すジークだったが、彼女の重苦しい雰囲気に呑まれ、どう応答すればいいのか分からなくなる。
「えっと、はい」
(な、何かまずいことを言ったかな……?)
自身の言動に不安を感じ始めたジークは、ごくりと唾を飲み込んだ。
「君は……天才よ!!!」
「……えっ?」
そして、レイラの予想外の反応に思わず素っ頓狂な声を出してしまうのだった。
(さっきの厳かな雰囲気はなんだったんだ……。ああ、そっか。レイラさんってお洒落のことになるとテンションいつもと変わるんだったな)
ジークが忘れかけていた事実を思い出していると、レイラが疑問を零す。
「あれ、でも、ダンジョンで作ってたんだよね?それなら糸とか布とか織るための道具とかはダンジョンの中でどうしてたの?」
「ああ、それは魔力で糸を使ってそれを魔力の制御で編んでたんですよ」
【魔力支配】については言わない方がいいだろう、と考えそこをぼかして答えたジークだったが、レイラから帰ってきたのは予想外の返答であった。
「——えっ、魔力で糸なんて作れないよ……?作ったとしても発散しちゃうし……」
「——えっ」
「あ、冗談だよね。も〜、ジーク君、すぐ私のこと驚かせようとするんだから〜。悪い子だなぁ」
どうやらレイラは冗談だと捉えてしまったようだ。
「……その、魔力で糸って作れないんですか……?」
ジークは何かがおかしいと思って真面目な表情でそう聞くと、レイラはあっけらかんとして答える。
「そりゃそうよ。魔力なんてすぐ発散しちゃうから物質化なんて出来るわけないもの」
当然だよね、と言わんばかりにそう返されたジーク。
(知らなかった。これももしかして神聖属性魔力の特徴の一つなのかもな。魔法なんて、自分はせいぜい見習い職で独学だったし。学園なんて入ってないから知らないのも訳ない、か……)
自身の無知に落ち込むジークだったが、同時に自分が本当のことを言っても信じられなかったのを癪に思ったので、彼は実際に出来ることを証明してみることにした。
「それが、作れるんですよ」
そう言って〖ゴッデスヘアー〗で実際に糸(髪)を手元に出してみる。
するとレイラは、素っ頓狂な声を思わず出してしまう。
「ふぇっ?」
そのまま呆けた顔でその糸を見ていた。
だが、しばらくすると落ち着きを取り戻したようで、レイラは得意気に笑みを浮かべた。
「ふ、ふふっ、ジーク君ってばまた騙そうとして、どんな手品か知らないけど、大人を騙しても良いことなんてないよ?」
ドヤ顔をしているレイラに胸がやられるジーク。
(うっ、やっぱレイラさんどんな顔しても可愛いな……。でも信じてくれないのはちょっと癪だから……)
彼はそう考えると、〖ゴッデスヘアー〗を使った糸で、色は違うものの今レイラが着ている服を編んでみる。
それを呆けた顔のまま一分ほど見ていたレイラは、服が完成すると、引きつった表情で呟いた。
「……ありえない。【魔力制御】でもそんなに精密に動かすことなんてできないし……。はっ、分かった!ふふ、また大人を騙そうとしてー……。大人を騙しても良いことなんて全然ないのになー。もう。きっと、【光魔術-イリュージョン〗でも使ったんでしょ?」
再び得意気な笑みを浮かべたレイラに、ジークは作った服を手渡した。
「う、うそ。なんで触れるの……?〖イリュージョンなら触れないはずなのに……」
「だから、初めから騙そうとなんかしてないですってば」
レイラはやっとジークが冗談を言っていないことに気がついたようだ。
「ジーク君、君って何者……?」
そんな事を言って、少し恐怖心のこもった目でジークを見るレイラ。
「はははっ、なに、普通の
そんな彼女に、今度はジークが冗談を言うと、その言葉に並ならぬ事情があったのだと思ったのだろう。
「その事情も今日話してもらえるんだよね……?」
そう言ってジークの目を覗き込むように言うので、ジークは、レイラを安心させるように大きく頷くのだった。
「——あ、それと。やっぱり、大人を騙すと良いことあると思うんです」
「な、何言ってるの。……無いわよ?」
「有りますよ。だって、現にレイラさんの、色んな可愛い表情が見れたじゃないですか」
(な、何言ってるのかな、この子は……!あ、またお世辞なのか!わ、私も、どうせお世辞なのに反応したらだめだよね。もっとキリっとした大人の余裕を見せなきゃ……)
「も、もうっ!大人をからかいすぎよっ。お世辞でも嬉しいけど、そんなに言い過ぎると軽い男に見えるわよ」
「……軽い男に見えます?」
「だって、きっとジーク君は沢山の人にお世辞を言ってるから。……そういうの、女たらしで良くないんだからね?」
「……ん?僕はレイラさんにしか生まれてこのかた言ったことはないですよ?」
「も、もうその話はいいから、ジーク君の事情の話をして」
(も、もうっ!この子って見た目は大人しそうなのに女たらしだったのかな。私も、この子のいうことには過度に反応しちゃだめね……)
「……分かりましたけど」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
『【詐術】のレベルが上がりました』
「なるほど……。話を整理すると『ジーク君は人里から離れたところにある亜人の村で冒険者になろうとずっと秘伝の魔術の訓練をしてた』『でも親が、どうせ無理だ、とそれを止めるからこっそりその村から出て力試しをしたくなった』『だからダンジョンに篭ってた』『そしてダンジョンであの化け物を倒せて自分に力があると分かった』『だから冒険者になろうって考えた』って話であってるよね?」
「はい、そうです」
結局ジークは嘘をついたのだ。
ついさっきまではジークも本当のことを言うつもりだった。
だが、いざ言う時になって『ジーク君があの化け物だったなんて、とレイラさんに拒絶されてしまうんじゃないか』と、そう思ってしまったのだ。
ジークは本当のことを言えなかったのである。
(【詐術】のレベルが上がるのが、なんとも心にくるな……)
「うーん、そんな村があるのかは見たことないから分からないけど、ジーク君がそう言うなら信じるよ」
レイラはそう言って微笑んだ。
(なんで本当のことは中々信じてくれないのに嘘の方は信じてくれるんだ……)
実はその理由の一端として『【詐術】スキルが働くとついた嘘が信じられやすくなるから』というものがあるのだが、もちろんジークにはそんなことを知る由はない。
「……ありがとうございます」
本当のことを言っても信じてもらえないという悲しさと焦り、そして嘘をついた自分への自己嫌悪が止まらず、ジークは小さな声で呟くようにそう言ったのだった。
「それじゃあ、いつかジーク君が冒険者として自信が持てるようになったら、ジーク君の故郷に一緒に行こう。それで『凄い冒険者になったんだ』って親に自慢しよう!」
弾けるような笑顔でレイラがそう言った。
(今だけはこの弾けるような笑顔が罪悪感で痛い……。でも、そうだな、いつか心の整理が出来たらレイラさんに伝えよう。そうしよう)
ジークはそう心に誓ったのだった。
「あ、そういえば、前着てた服と同じやつをくれるって話だったけど、あれってジーク君が作ってたんだよね?」
「あ、はい、そうです」
「な、ならさ、私が作って欲しい洋服の希望出したらその通りの服を作れたりしないかな!」
想像だにしていなかった希望だったが、今のジークにはそれを叶えるだけの力がある。
なぜなら——
「レイラさん、自分の初ジョブってなんだと思います?」
「えっと、あんなに高位な光魔術を使ってたなら光魔術使いとかかな?でも急にどうしたの?」
「そうじゃないんです。……実は自分の初ジョブは裁縫士なんですよ」
——今のジークは裁縫士だからだ。
レイラが驚きに目を見開く。
「ジーク君……まさか」
「ええ……そう言う事です」
「つまりジーク君は……」
「服作りが趣味なんだ!」
「そう、レイラさんのために……」
「って、えっ……?」
レイラに大胆に告げようとした思いは、他ならぬレイラの声でかき消される。
「やったー!ジーク君に会えてよかった!」
本当はそれを伝えたかったのだが、レイラが感激して喜びに打ち震えているのを見て、ジークは口を閉じた。
(まあ、レイラさんが楽しそうならいっか)
ジークは苦笑していた。
(いつか時が来たら、って考えたけど、本当のことをレイラさんに話す時。その時に、自分の思いを打ち明けよう)
そしてジークは叫んだ——
「はい!服作りは自分に任せてください!」
——と。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「ジーク君……まさか」
「ええ……そう言う事です」
「つまりジーク君は……」
「女たらしなんだ!」
「……え?」
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次回、〝ジーク、ばれる〟
※この予告はフィクションです。
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