第21話 狼少年ジーク
雷轟の如き笑い声が止んだ時、ジークは訝し気な目をしていた。
(……何が面白かったんだ?笑いどころは無かったと思うけど)
「退っ引きならない理由があったから亜神になった、だと?くくっ、こいつ、本当に面白いなぁ」
イグニスが腹を抱えながらそう言う。
「理由があったからと言って神になれるわけでもあるまいて……」
アトラスが複雑な表情でそう言う。
「うーん。見た感じ悪い人、いや悪い亜神って言うべきなのかな?には見えないね」
そして、ブロンドの髪をした女神が頷きながらそう言った。
「あ、自己紹介をし忘れてたわね。私は光神ルークスよ」
ブロンドの髪の神——ルークスが名を名乗ると、それに続いて他の神も名乗り始める。
「闇神テーネブリスだ……」
「私は風神ヴェントスよ」
「っつ、土神ソーリだ」
それぞれ、紫色の髪をした神、緑色の髪をした神、茶色の髪をした神であった。
「は、はぁ、そうなんですか」
結局どうして周りの神が笑っているのか分からず、困惑したままジークはそう答える。
「ふふ、そこのソーリはお主がもし邪悪な心を持っておれば存在を消そうと画策しておるぞ」
そうした中アークアが衝撃発言をした。
(え、存在を消す……?殺されるってこと……?)
衝撃の事実にジークがあまりに呆けた顔をするので、ソーリは、むすっとした様子で答える。
「邪神になりうるなら、だ。そうじゃないならそんなことはしない」
「まあ、それはともかく、彼の言う退っ引きならない理由っていうのを聞かないか?それを聞かないとまだ判断は出来ないと思うのだが」
ヴェントスがそう切り出すと、一堂が頷いてジークの方を見た。
そして、ジークは身の上話を語り出したのだった。
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「……なるほどねぇ、そんなことが」
ジークの話を聞き終わった神々は複雑そうな顔をしていた。
「そうか、グールが亜神になったと言っても元は人間だったのか……」
「にしても、自分で勝手に転生して、亜神とは言え神の末席になるとは……」
「ああ、こんなことは前例がないからな」
「どう扱うべきなのか……」
どうやらジークへの処遇をどうすべきかで迷っているようだ。
「まあでも、こいつが悪いやつじゃないってんならいいんじゃねえのか?」
そんな中イグニスが口を開いた。
「確かに、こいつはあの憎きグリムの手先の魔物になっていた時もあった。でも、元は人間だったし、今はもう魔物じゃないんだから関係ないだろ?」
「今は違うから、か。じゃあ、もう一度こいつが魔物や邪神になったらどうするんだ?」
イグニスにソーリが言い返す。
だがイグニスはすぐさま反論した。
「邪神になるだと?そんなもん、俺たちだってなるかもしれねえじゃねえか」
「それはそうだが、俺たちの場合は他の六大神が止めるという話で——」
「——なら、こいつの時も俺たちが止めればいい話だろ?」
「……そこまでするリスクはあってもリターンはないだろ?」
「いや、ある。俺はこいつを気に入ったからな」
「はぁ、お前はまたそんなことを……」
ソーリがため息をついていると——
「ふふ、私も気に入ったぞ」
——その隙にアークアも同様に主張した。
「ちっ、アークア、パクんじゃねーよ」
「いいじゃないか。気に入ったものは気に入ったのだし」
「……このアマ。大体てめぇは——」
イグニスとアークアが口論を始めようとしたその時、女神ルークスが呟く。
「——うーん、まあ、私も、悪い子には見えないし、滅ぼさなくていいと思うかな」
「ふむ、なら儂も賛成じゃな」
最後はアトラスもそれに乗っかり、イグニスの意見への反対:賛成は3:4となった。
「えっと、それなら、結局僕は……?」
「「「「「「「殺されない」」」」」」」
六大神とアトラスがそう答えた。
(あれ、土神のソーリさんって僕を殺そうとしてたはずじゃ……?)
ジークは自分を殺そうとしていたはずのソーリも素知らぬ顔でそう言ったのを見て違和感を抱く。
「ああ、もしかしてソーリが簡単に引き下がったのを不審に思ってるのか?」
それをアークアが言い当てた。
「な、なんで分かったんですか?」
「ふふ、この歳になると大抵のことは分かるもんなんだよ」
アークアは、そう微笑んではぐらかす。
(……でも実際問題、アークアさんって何歳なんだろう)
「……今失礼なことを考えてなかったかい?」
ジークが真面目な顔で考えているのを見たアークアはじとりとした目をしてそう言った。
ジークの考えはまたもやアークアに言い当てられてしまったようだ。
(アークアさんの前で考え事をするのはやめよう)
「ふふふ、それがいいよ」
それすらも思考を読まれてしまうジークであった。
「それで、ソーリの話だったね」
アークアがそう切り出そうとするとソーリが止める。
「……アークア、言う必要はない」
だが、その渋面をちらりとだけ見たアークアは嬉々として喋り出した。
「ふふ、そう言われると言いたくなってしまうな。ジーク、こいつは敢えて憎まれ役をする奴なのさ」
「……アークア」
「ふふふふふ」
ジークが微笑むアークアに一抹の恐怖心を覚えていると、じーっと彼を見ていたアトラスが呟いた。
「ふむ、やはり魔物の心ではなく人間の心を持っているようだのう……」
「「「「「「同感だ」」」」」」
それに呼応して、六大神が応えた。
空気が和んできたからか、ジークの緊張も解けてくる。
だからだろうか、ジークはふと思った。
(あれ、今何時だろう)
それに答えるアークア。
「ああ、地上のその付近だと、今は6時50分ほどかな」
その返答を聞いてジークは狼狽えた。
(ま、まずい!レイラさんとの約束が!)
「……あらあら。ふふ、それなら早く帰らないとね。ダリア、彼を地上に戻してあげて」
「おい、勝手に決めんなよ」
イグニスがそう口を挟むが、アークアがイグニスの耳元でごにょごにょと何かを言うと、イグニスも納得した顔になって送り出してくれた。
「……ん、ああ。それなら仕方ねーか……坊主、また来いよ」
「では、地上にお返ししてよろしいので?」
ダリアがそう神々に尋ねると、全員が答える。
「「「「「「「ああ」」」」」」」
そして、ジークの体が光に包まれていった。
「また用があったら呼ぶからのう」
遠ざかる感覚の中で、アトラスがそう言ってる様にジークには聞こえていた。
『【亜神】のレベルが上がりました』
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「あれ、ジーク君?」
自分の周りを包む光が消えた瞬間、声がかけられた。
「今まではいなかったのに光が消えた瞬間現れた……?そんなことできるのは……まさか、神代魔法の転移魔法……?」
そう、声をかけたのはギルドの前で待ち合わせをしていたレイラであった。
(それがまさかの転移魔法なんだよな……。でもそれごばれたら相当にまずい。何とか誤魔化さないと……!)
「そ、そんな魔法使える訳ないじゃないですか〜」
(嘘はついてないぞ、嘘は。できるだけレイラさんには嘘をつきたくないからね)
ジークは自己弁護しながらそう言うが、レイラは未だに訝し気な目で彼を見ていた。
「確かにそうだけど、それじゃあどうやって目の前に現れたの……?」
(う、やっぱり嘘をつくしかないのか……)
「えっと、それは、実は僕は光属性魔法を使えて、その中の一つを使うことで自分の体を透明化したんですよ」
確かそんな魔法があったはずだ、と思い出し、ジークはそんな嘘をついた。
「え……それって〖インビジブル〗のことだよね?でも、その魔法って光属性魔術の中でも高位の魔法じゃなかったっけ……?」
レイラが驚愕した様子でジークを見た。
(そ、そんな高位の魔法だったのか。知らなかった……。どうしよう……とりあえずは誤魔化すしかないか)
「実は自分は光属性魔法がすごく得意なんですよ。まあ、魔力の消費が激しいので今日はもう使えないんですけどね」
ジークはそんな嘘を重ねて誤魔化すが、レイラは納得できてない様子で首を傾げている。
(ダメ押しするか……)
「ちょっとレイラさんのことを驚かせようと思ったんですけど……驚きませんでした?」
微笑を浮かべながら上目遣いでジークがそんなことを言うと、レイラは苦笑して答える。
「あ、確かにびっくりしたよ〜。まぁ、主に魔法がすごくてだけどね」
その苦笑にすら胸が熱くなって、ジークはレイラに目が釘付けになっていた。
「ちょ、ちょっと、何そんなに見てるのさ。あれ、顔になんかついてる?」
そう言って少し焦りながら顔をこするレイラに、ジークは耐えきれなくなり、笑みを溢してしまう。
「ふふっ」
「あ、また笑ってる〜!ジーク君ってたまに私を馬鹿にしてるよねー……」
頬を膨らませるレイラ。
それを見て更に笑ってしまうジーク。
最後にはもー、と若干の呆れを込めてレイラは苦笑した。
「あ、そういえば、魔法でびっくりしてたから直ぐに言えなかったけど、ジーク君が着てる服すごく綺麗な服だよね!」
「あ、気づきました?これ、あの貫頭衣と同じ素材なんです」
「あ、やっぱり!そうだと思ったんだ〜!ダンジョンでも急に出してたけど、どうやってるの?まさか、アイテムボックスでも持ってるの……?」
「えっと、それは、レイラさんのおすすめのお店で話しませんか?」
「うん!分かった!」
先程とは打って変わって、弾ける笑顔を見せるレイラ。
(レイラさん、お洒落に関係することになるとテンション高いな。にしても、自分も嘘つくのに集中しててあんまり見れてなかったけど、私服のレイラさんは本当に……)
レイラが着ているのは、蝶の意匠が凝らされ、肩から腕にかけて軽く肌が透けて見えるレース生地の黒のワンピースと、その上に羽織った薄い素材で出来た白色のカーディガンである。その格好はレイラの顔の美しさを一層際立てていて、あまりの美しさにジークは呼吸を忘れ見入ってしまうのだった。
「……くん。ちょっと、ジーク君。急にぼうっとしてどうしたの?」
(あ、また可愛すぎて見入っちゃってた……)
「えっと、あの、レイラさんがあまりに綺麗だったので、その、見入ってしまってて」
そう正直にジークが言うと、レイラは顔を真っ赤にして俯いて、消え入りそうな声で呟いた。
「きゅ、急にそんなことを言うなんて、ジーク君って女たらしなんだね……」
(こ、この間も受付の女の人の頬を触ってたし……。誰にでもそんなこと言ってるのかな……。うん、そうだよね。この間の呟きだってきっと……。あ、でも、お世辞で言ったならそんな風に返しちゃうなんて失礼だったよね……)
レイラはどうやらそう思っているようで、ジークの必死に伝えようとした思いは伝わらなかったようだ。
(ど、どうしてそうなるんだ?!思ったことを言っただけなのに!)
「いや、本当にそう思ってるんです!」
ジークは真剣に弁明するのだが、レイラは苦笑いで答える。
「あはは、さっきはあんなこと言ってごめんね。お世辞でも嬉しいよ」
やはりレイラにはお世辞だと取られているようだ。
(本当のことを言ってるのに……!)
嘘は信じられ、本心は信じられない哀れなジークであった。
「じゃあ、早速おすすめのお店に行こっか」
そう言って歩き出したレイラに、本心を信じてもらえない悔しさを噛み締めながらジークはとぼとぼとついていった。
『【詐術】のレベルが上がりました』
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
(甘酸っぱいぃ、甘酸っぱいですよぉ……)
「観測神ガトレアよ、一体何をしておるんじゃ?」
「ひぃっ!」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
次回、〝ふむ、これは甘酸っぱいのぅ〟
※この予告はフィクションです。
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