第10話 グール、やめました。



「おかしいな……。出てくる魔物がどうも変だ」


 3階にいるモンスターが、どうもおかしかった。普段いるはずのウォータースライムの代わりにフレイムスライムがいたり、ダークウルフではなく白い魔狼がいたりしている。

 ニコラスは、そのことに酷い違和を覚えていた。


「……明らかに魔物に異変が起こっている。もしや、あのアンデッドもその異変の一部なのか……?だが、肝心の奴はこの階層には見当たらなかった」


 〝ダンジョン産まれのモンスターは自分が生まれた階層をめったに出ない〟というのは有名な話である。それこそ〝逃げるなら階段に行け〟という格言があるくらい有名なのだ。


 だからこそ、シークがこの階層にいないことは彼らからすれば不自然なことであった。


「……まさか、別の階層に移動した?いや、だが、奴はダンジョンでアンデッドになったはず……いや、この階層で起こっている謎の異変のせいで別の階層に逃げ出せるようになった、ということもあり得るか……」


 こうしてニコラスは正しくない結論を導き出した。


 と言っても、〝謎の異変〟というのは、実際にはシークの〖エンジェルオーラ〗により引き起こされたものなので、強ち間違いでは無かったのだが。


「2階の階段側に置いた拠点の前を通り過ぎた報告はないから……4階に逃げ出したのかもしれないな。よし……」


 立ち上がったニコラスは、声を張り上げてこう叫んだ。


「おい、お前らよく聞け!この階層のモンスターには謎の異変が起こっている。恐らくその異変によりあのアンデッドは4階へと逃げ出した!」


「な、そんな馬鹿な!」


「どうやら奴はダンジョン産の魔物のくせに階層を移動できるらしい。つまり、このままだと新人があのアンデッドに殺されかねない!だから深層まで行ってでも討伐する必要がある」


「でも、ニコラスさん、今日はもう遅いですぜ?」


「今から行くのか……?」


「眠い……」


「ああ、分かっている。だから、今日は夜営して明日から向かうことにしよう。今ここにおいて、我々の目的は、〝新人殺し討伐〟から、階層破り…〝階層破りレイヤーブレイカー討伐〟へと切り替わった!」


「おい、二つ名がついたぞ!」


「まじかよ!」


「レイヤーブレイカー……か……」


 二つ名。それは冒険者であれば、好悪関わらず結果を残した人物の通り名であり、魔物であれば、危険なモンスターを特徴を指して呼ぶことで注意を促すためのものであった。ちなみにグレムは悪名の方である。


 だから、二つ名持ちモンスターを倒したということは実力の証明となり名誉なことであるし、ギルドでのB級昇格の条件にも含まれていた。


 C級冒険者で足踏みをしている者が多い今回の討伐隊の士気は、この命名により爆発的に上がっていく。


 本来二つ名の命名権はギルドにあるのだが、B級以上の冒険者は二つ名を提案することができる。つまり、ニコラスはこの二つ名をギルドに提案できるのだ。


「幸い、ここの階層に起こった異変の影響なのか、ここのモンスターは穏やかな性質をしているようだ。皆も、今日はゆっくり休んで、明日に備えてくれよ!」


「「「「「うぉー!!!」」」」」


 士気が高まった討伐隊の面々が雄叫びをあげる。


(〝枯れ木も山の賑わい〟……かねぇ)


 こうして、シーク、もとい階層破りレイヤーブレイカーの、本格的な捜索の幕が開けたのだった。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






「創世神アトラス〜!神気を出してる対象、観測できましたぁ!」


「おぉ!ついにダンジョンから出たか!」


「いや、それがそうじゃないんですよねぇ」


「なに?では、ダンジョンから出ていないのに観測できたというのか?」


「そうなんですよぉ!ダンジョンの1階層だけ、なぜか邪気が消えて神気に包まれたんですぅ!」


「それほどまでに膨大な神気が!?なるほど、それで半神域となったというわけか……この前どこかの誰かが『まあ、神にしては弱い反応なんですけどぉ』とか言っておらんかったかのう」


「また私の言ってた言葉暗誦しないで下さいぃ!なんでそんなに覚えてるんですかぁ!」


「ふぉっふぉ、生憎記憶力は良くてのう。それで、やはり観測対象は神じゃったのか?」


「そ、それが、驚かないで下さいよぉ?」


「ふぉっふぉっふぉ、儂が驚くわけあるまいて」


「そんなこと言ってこの間は驚いてたじゃないですかぁ」


「この間のは突然じゃったし、強烈じゃったからのう。今回は心の準備ができておるから余裕じゃよ」


「じゃあ、言いますよぉ?実は……」


「実は、何なのだ?勿体ぶらんではよ言えい」


「……神気出してたのはグールでしたぁ」


「な!なにぃ!!!」


「やっぱり驚いてるじゃないですかぁ」


「そりゃ驚かずにはおれんわい!……グール、あの邪悪で凶暴なアンデッドが、神気、じゃと……?」


「それが、なぜかは知らないですけど見てる感じだと理性はちゃんとある感じでしたぁ」


「グールなのに……か?」


「えぇ、グールなのにですぅ」


「じゃが、理性とゆうても邪悪なことを考えるような理性なんじゃろう?」


「いや、そばにいた従魔を大切にしてる感じでしたよぉ?」


「従魔……グールなのに……か?」


「えぇ……グールなのにぃ……ですぅ」


「おかしい話じゃのう。じゃが、面白い。接触を取ってみたくなってきたわい。もう接触はしてみたのか?」


「それがすぐに別の階層に言ってしまったのでそんな暇がなかったんですぅ……」


「そうか……まあ、当初の予定通り、ダンジョンから出るのを待つとするかのう」


「分かりましたぁ」




「神気を出すグール、か。実に、興味深いのう……」






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






『【従魔強化】【魔力支配】【神聖魔法】【形質反転】【魔石喰らい】【体術】のレベルが上がりました』


『【神聖魔法】が【神聖魔術】へと覚醒しました』




 夜が明けるまで睡眠を一切取らずに深い階層へ潜り続けていたシーク達は、現在8階に辿り着いていた。


 失った神聖属性魔力を回復させるために出会った敵をひたすら倒し、魔石を喰らい【形質反転】、時にはかばんに蓄え、を只管繰り返しきたシークは、ここに至り漸く一息つくことに成功していた。


(だいぶ離せたかな?)


《キットソウダトオモウ》


(まあ、普通の人間なら夜中は休むだろうからね。それに比べて自分は化け物染みた体力がある。いや、じ染みた、じゃなくて実際に化け物なのか)


《ダナ》


(いや、そこは否定してよ……)


 アモルのあっけらかんとした態度に苦笑しながら、シークはかばんを弄っていた。そして探していた物を見つけると、取り出して口に含んだ。彼の体中を電撃が駆け巡る。


 そして、快感に浸っていたシークの体からメリメリと肉体が作り変わっていく音が出始めた。


(まさか、進化か?前の進化と比べると、今回は随分と肉体が変わっていく感じがあるなぁ。例えるなら四肢が新たに生え変わっていくような感覚、かな?)


 大きく体が変化していく感覚に、彼は希望的観測を重ねていた。


(あっ、もしかしたら、今までの体から大きく変わって人間に近づいてってるのかも!グールが進化したのが吸血鬼ヴァンパイアだって聞いたことがあるし)


 人間の姿へより近づけるかもしれないという希望が彼の胸を震わせた。これで冒険者に戻ることができる、と。


(ヴァンパイアじゃなくとも、少しは人間っぽくなるだろうし。冒険者への道が見えてきたぞ!)


 万感の思いを抱きながら自身の体が作り変わっていくのを見ていたシークだったが——




(……おかしい。何かがおかしいぞ!)




——肩の方から何かが生え始めていたのを見て目をしばたかせる。


(これは……腕!?なんで腕が新しく生えてきてるんだ?!)


 シークが肩の付け根辺りへ目を向けると、そこには元から持っていた一対の腕に加え、もう一対の腕が生えていた。


 肌は青みに代わり黒みを帯び始め、2対の腕は元から体にあったかのように体に馴染んでいる。


(……あれ?……もしかしなくてもますます人間離れしてきてる?)


聖魔喰鬼セイントグールメイジから聖冥喰王セイントグールロードに進化しました』


『【生命力強化】を習得しました』


(……一応見ておくか)


「『ステータス』」


・名前:シーク

・年齢:17

・種族:聖冥喰王セイントグールロード

・位階:4

・レベル:1



・パッシブスキル

魔力支配lv2

怪力lv1

並列思考lv5

従魔強化lv2

生命力強化lv1


・アクティブスキル

火魔法lv8

水魔法lv4

体術lv7

神聖魔術lv1

テイムlv1


・固有スキル

形質反転lv5

魔石喰らいlv7

ソフィアlv5




 どうやらシークはグールをやめられたようだ。尤も、その代償として彼はグールよりも恐ろしいナニカになってしまったのだが——。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「ふっ、こうなったらもうやけだ……」


「次は足も4本を目指すぞ!」


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


次回、〝シーク、タコになる〟


※この予告はフィクションです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る