第11話 半分人間
(どうしよう……まさか人間に近づくつもりが逆に遠ざかるとは……。このままじゃ冒険者に戻れない……)
D級ダンジョン「月影の砂塵」8階にて。4本の腕で頭を抱える化け物は、意気消沈とした面持ちで座り込んでいた。
(ヴァンパイア系に進化して人間っぽくなる予定が完全に崩れた……。どう考えてもこれから腕が減ってヴァンパイアになるとは思えないし……)
《ソノママジャナニカツゴウワルイノカ?》
(このままじゃ冒険者になれないからね……。しかも、追ってくる討伐隊をすり抜けてこのダンジョンを抜け出す必要があるし……この格好じゃそれも絶望的だよ……)
絶望に押し潰されそうになっていたシークだったが——
——あのー、もしかしたら方法があるかもしれないんだけど、聞いてみる?
——鶴の一声ならぬソフィアの一声でその状況に光明が差した。
(えっ!?何かあるの!?)
——まあ、できる可能性は低い方法なんだけど。
(さすがソフィアまるだ!)
——なんかテンション高いね……。それとソフィアまる違うわ!私は船か!
(……ふふ、絶望させられた後に上げられたら、誰だってこうなるものなんだよ、ソフィアまる)
——そ、そうなんだ……って、ソフィアまると違うわ!スパンが短い、同じボケをするスパンが!
(ふふっ、ありがとうねソフィア、元気付けようとしてくれて。それで、どんな方法なの?)
——きゅ、急にテンション戻ったね。高低差で耳キーンなるわ……って、そうじゃない。えっと、それで、考えた方法の話は【神聖魔法】、いや、今は【神聖魔術】か。【神聖魔術】を使う方法なんだけど。
(【神聖魔術】か。最近は大体〖エンジェルオーラ〗しか使ってないなぁ)
——でも、もう一個名前をつけてた魔法があったよね?
(うん。初めに作った魔法、〖エンジェルフィスト〗のことだよね?まあ、自分の拳速程度しか速さが出ないから使い所はそこまでないんだけど)
——そうそう、で何が言いたいのかって言うと、その〖エンジェルフィスト〗みたいな【神聖魔術】を作ったらどうかな、って思って。
(えっと……どういうこと?)
——ほら、〖エンジェルフィスト〗って天使の体の一部をイメージして魔法で作ってたじゃない?スキルが覚醒した今ならさらに応用できると思うの。
(……つまり?)
——シークの新しい肉体を魔法で作るんだよ。
(っ……!それは!)
——今のシークならできなくもないはずだけど。
(それは……できるかもしれないけど、でも……)
——うん、体を捨てることになっちゃうね。
(だよね……今までずっと使ってきたこの体を捨てることになるんだよね)
——そうなるね。
(それはやっぱり忌避感があるかなぁ。できればこの体のまま……)
——この体のまま?どうやって討伐隊から逃げ切るつもりなの?こんな腕が4本ある化け物の体で。
(いや、でも……)
——ねえ、シーク、ここで討伐隊に殺されたら、もう夢は絶対に叶わないんだよ?
(うっ。なら、それなら……)
——まさか、討伐隊を倒そうなんて思ってないよね?無理だよ、シーク。討伐隊のリーダーは見た感じシークを殺したブラッドウルフよりも確実に強い。恐らくはB級冒険者といったところね。
(B級、か)
——まあ、それに、もし仮に倒せたとしても、シークの姿は化け物のまま。どうやって冒険者になるつもりなの?
(……確かにそうだ。ソフィアの話は全くもってその通りだ。なら、この体を捨てるしかないか……。覚悟を決めなきゃな)
——まぁ、といっても——
(——覚悟を決めろ!俺!夢を叶えるためだろ!!こんな所で終わって良い訳ないだろ!!!……はぁ、はぁ。よし、覚悟を決めたぞ)
——いや、覚悟決めるの速すぎるやろ!速すぎて音置き去りになったわ!
(まぁ、夢を叶えるためなら仕方ないからね)
——はぁ、はぁ……。さっきはあんなに嫌がってたのになんで……?
(いや、夢と比べれば
——……まあ、シークがいいならそれで良いけど。そういえば、結局覚悟を決めるとかあーだこーだ言ってたけど、そもそもこの方法が成功するかどうかすらまだ分かってないんだから。
(あ、そうだった)
——忘れるの速すぎるよ。音を置き……はっ!
『【ソフィア】のレベルが上がりました』
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
そうと決まれば検証しなければ、と、【神聖魔術】で肉体を作ることが可能なのかをシークは早速検証していた。
(とりあえずは……)
「〖エンジェルフィスト〗」
力ある言葉を詠唱すると同時に神聖さを感じさせる拳がシークの目の前に現れる。
(よし、これを元にして体を作って行こう)
シークはこれに魔力を継ぎ足すようにして腕を作っていこうと目論むが——
(中々上手くいかないな……)
——収束しかけた魔力は途中で発散してしまう。
(うーん、これは魔法のイメージが拳を作る魔法で固まってるからみたいだな。拳より先を作ろうとすると急激に魔力の消費が激しくなる。……それなら自分で一から魔法を再構成した方がいい、か)
そう考えたシークは、新しく魔法を創り出すことに決めた。
(まあ、といっても自分の本来のキャパシティじゃ難しいから【並列思考】を使いながらやるんだけどね)
ふぅ、と息を吐いて、シークは思考の海へと深く潜っていく。
(まずイメージするのは魔法のテーマだ。今までの自分は、神よりかは肉体を持ったイメージのしやすさから天使をイメージしてたけど、今から作るのは自分の体だ。でも、自分はどう考えても天使って柄じゃない。じゃあ、どうすればいいのか)
シークが神聖なものの集合体としてイメージしているのは、あくまで神聖な存在の肉体を構成する細胞の集合体である。
そのため、肉体を持った存在でなければイメージが出来ないのだ。
(天使じゃなければ堕天使はどうかな?……いや、それじゃ神聖なイメージを抱けそうにないか。うーん、それなら、肉体を持った神、亜神ならどうだろうか)
思索の末、シークはその方向性で魔法の開発を進めて行くことに決めた。
(うん、良いかもしれない。でも、あんまり見た目を変えすぎるのも忌避感があるし……よし、イメージは昔の自分の姿で行こう。いや、自分がシークだってバレると討伐隊に殺されかねないし、目と髪の色だけは変えておくか)
そしてイメージが構成していく。体の1パーツ1パーツ丁寧に、丁寧に。とはいえ【並列思考】で迅速に。人間として生きられるように、内臓の一欠片から神経の一本まで、しっかりと構成していく。
その姿は、赤髪から白銀の髪へ、黒目から赤目へと変わった以外は昔と何も変わらない体。強いて他の変化を探すなら肌がより白くなった程度である。
そうしてシークは、神聖でありながらも肉体を持った存在——亜神のイメージの構築を終了した。
(うーん、創って見たはいいものの、どこか人間っぽくないというか、生命力を感じさせないというか……)
その解決策を考えているシークに、ソフィアからヒントが出される。
(〝神聖属性の特徴〟か……。あっ、そうか。神聖属性は〝スキルを媒介させる〟ことができるのか。体全体に【生命力強化】を媒介させれば生命力がある分人間っぽく見えるかもな。うん、良いかもしれない。あとは……【怪力】でも媒介させてみるかな)
こうしてシークの肉体を作る魔法が真の意味で完成したのであった。
(あれ、そういえば、新しい肉体が目の前にあったとしても、魂はどうやって移せばいいんだ?)
——……あっ。
(もしかして、ソフィア。このことを忘れてたりしないよね)
——そ、それは……。
(ソフィアぁ?)
——そ、そうだ!幽体離脱すればいいんだよ!
(へぇ?どうやってやるの?それ)
——……肉体から魂が抜け出すのをイメージするのよ。……きっと。
(……きっと?)
——うぅ……完全に忘れてたのよ。ごめんなさい。
(……はぁ。ソフィアには呆れるよ……)
——シークにだけは言われたくないんだけど!?
(……まぁ、無理だとは思うけど、幽体離脱って言葉が世の中にあるくらいだし、ないとも言い切れない、か。試すだけ試してみよう)
そう考えたシークは、とりあえずソフィアが言っていた通り肉体から魂が脱出することをイメージしてみる。
そうしてしばらくそのイメージを継続するが——
(……やっぱり無理か、どこを見ても俺の体に何の変化も起こってないし)
——シークは自分の体を見下ろしながらそう思った。
(……ん?
『【幽体離脱】を習得しました』
(うわ……。できちゃったよ……)
——ほ、ほら!私の言う通りだったじゃない!
(なんか悔しいんだけど……)
大したことではないのに何故か生じた悔しさを抑え、シークは自分の体へと戻っていく。
(これも魔石をたくさん喰った影響なのかな……)
《デキテヨカッジャナイカ、コレデシークガシナズニスム》
(確かにそうだね……これが成功していなかったら自分は夢半ばで死ぬところだったんだ。そう考えたら良かった。本当に良かった!まあ、何かちょっと悔しいけどさ)
シークは苦笑しながらもそんなことを考えていた。
『【並列思考】のレベルが上がりました』
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
しかして、先ほど作った魔法を使う時がやってくる。
その魔法は生き残るためのもの。
魂の入る新たな器を創り出すもの。
夢を叶えるため、全魔力を費やして使うもの。
そう、その魔法は——
「〖デミゴッド〗」
体から急速に魔力が抜けていく。
酷い脱水症状が起こったかのような悪寒を感じる。
この感覚はこれで3回目だなぁ、とシークは茫然と考えていた。
その視界には、つま先、かかと、くるぶし、……と、失った魔力を代償に肉体が構成されていく様子が映る。
魔力が完全に底をつき、シークが崩れ落ちると共に、目の前の肉体の構成が完了した。
そして、【幽体離脱】を発動し、淡く光を放つシークの魂は、元の体——
(今まで17年間ありがとう。俺の体)
彼の魂がほんの少し前にできた肉体へと入り込んでいく。
(そして、これからよろしく。新しい体)
『
『【亜神】を習得しました』
『【神聖魔術】のレベルが上がりました』
(これは……魔力が体から抜けていかないようにするので精一杯だな……。ちゃんと動けるようになるまでにはしばらく時間がかかりそうだ)
シークは、自身の体の制御に精一杯でとても立ち上がれそうになく、唯々地面にへたり込んだままでいた。
(……とりあえずステータスを見てみるか)
「『ステータス』」
・名前:シーク
・年齢:0
・種族:
・位階:1
・レベル:1
・ランク:無し
・ジョブ:無し
・ジョブレベル:0
・ジョブ履歴:無し
・パッシブスキル
魔力支配lv2
怪力lv1
並列思考lv6
従魔強化lv2
生命力強化lv1
・アクティブスキル
火魔法lv8
水魔法lv4
体術lv7
神聖魔術lv2
テイムlv1
幽体離脱lv1
・固有スキル
形質反転lv5
魔石喰らいlv7
ソフィアlv6
亜神lv1
(こ、これはっ!ジョブの欄が戻ってきてる!!)
(年齢は0になってるのは少し気になるけど、ジョブの欄が復活したことに比べれば些細なことだな!見た目は人間だし、これで冒険者になることができるぞー!)
冒険者になって最強になることが叶うかもしれない喜びのあまりだろうか。
やっと少しずつ動かせるようになってきた体で立ち上がり、微笑みを浮かべながらガッツポーズをするシーク。
つまり、彼は完全に放心状態になっていたのだ。
だから、彼は忘れていた。
人間としてとても大切なことを。
「きゃーーー!!!変態!!!」
見知らぬ女冒険者が叫ぶ。
そう、現在シークは素っ裸だった。
微笑を浮かべながらガッツポーズをする全裸の男。もし〝不審者〟というジョブについていたら、一瞬でジョブレベルがカンストしていた。
「違う、これは誤解なんだ!誤解なんだってば!」
そして、シークは誤解を解くために叫んだのだった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「きゃーーーーー!!!!!変態っ!!!!!こっちに来ないでー!!!!!」
「だから、誤解なんだってば!!!」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
次回、〝シーク、捕まる〟
※この予告はフィクションです。
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