第9話 VS[従狼]
ーBATTLE STARTー
グレムの従魔がタイミングを合わせ一斉に飛びかかってくる中、シークは【並列思考】で作戦を考えていた。
(まず状況を把握しよう。前後それぞれに自分が苦戦したダークウルフ4体、自分を殺したブラッドウルフが1体ずついる。見張りがしやすいようにと二方向しか行き来ができない通路を選んだことが裏目に出たか。逃げ出すにしてもどちらか片方を突破する必要があるし、とはいえどちらかを突破しようとすれば背中から襲いかかられる。アモルだけに片側を任せるのは厳しい。ならばこの場合取るべき行動は)
シークは右手をグレム側へ、左手をもう一方へと向けて言い放つ。
「〖エンジェルオーラ〗」
白銀のオーラが噴出され飛びかかろうとしたダークウルフ達が包まれる。
「その魔法は一度見たから知ってるんだぜぇ?だから、作戦も考えてあるんだぜぇ?」
グレムが口を歪めながら言う。だが、かつてのアモルをこの方法で下せたためにシークには自信があったのだ。だからこそ彼はそれを戯言だと受け流した。してしまった。
《ハッ、シークッ、ヨケテ!》
油断していたシークに向かって、白銀のオーラを突き抜け白銀の狼——ホーリーウルフが突進してくる。
いや、ホーリーウルフという表現は誤解を生みかねない。直前までダークウルフだったモノ、と表現した方が適切であろう。
前とは違う状況なのに、何故か対処できると謎の万能感を抱いていたシークは失念していた。ダークウルフ達がホーリーウルフに変わったからと言って慣性が無くなるわけではない、ということを。
つまり、ホーリーウルフに変化したところで突進の速度を保ったまま突っ込んでくることに変わりはないのだ。
「第一ウェーブぅ、〝白くなっても身代わり突進〟作戦〜」
「ぐはっ!」
「そんで第二ウェーブぅ、〝魔法が晴れたら速さで勝負〟作戦〜」
オーラが晴れると同時に両方向から突進してくる二体のブラッドウルフ。一方はいとも容易くシークの胸に風穴を開け、もう一方はアモルの体を深く切り裂いた。
「まぁ、ダークウルフは2体失っちまったけど、お前を殺したらお前の横のそいつも含め、また恐怖で支配すればいい話だからなぁ!」
胸の大穴が訴えてくる激痛に気を失いかけるシーク。
《シーク、マダオワッテナイ……》
だが、今にも事切れそうなのに未だに力を振り絞って立っているアモルの姿を視界に留め、シークは一瞬で意識を取り戻した。
《シーク、マケナイデ!》
アモルは念話でシークにそう伝えながらも必死で彼を庇うように彼の目の前に立ち続ける。
(……くっ。アモルが頑張ってるのに、その主の俺は倒れてるなんて、情けない。ああ、情けない!)
シークは目をかっと見開き、立ち上がった。
「俺は、俺はっ、こんなとこで負けてなんかいられねぇんだよ……。俺の夢を、こんなところで、終わらせてたまるかよっ!」
「なっ!?こいつ、胸に大穴を開けて、なぜまだ生きていられるぅ!なぜ喋っていられるぅ!?」
「うおぉぉぉぉおおおおお!」
そして放つは全身全霊全魔力を込めた魔法。
「〖エンジェルオーラ〗ぁぁあっ!」
白銀の魔力が一つの階層をまるごと包み込むかのように広がっていく。
『【並列思考】【神聖魔法】のレベルが上がりました』
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
(あーあ、俺、また死んじゃうのかな。アモルは大丈夫だろうか)
《ジブンハナントカ、デモシークハ……》
(ああ、魔力も使い果たしたし、もう一歩も動けないや)
《シーク……》
(そういえばグレムはどうなったんだろう。従魔はともかく、あいつはどうなるか分かんないからな。今が自分にとどめを刺すチャンスだと思うんだけど)
ふとそんなことを考えてる時、体に力が流れ込んできた。
快感とともに空腹が満たされていく感覚。この感覚に、シークは覚えがあった。
(これは【魔石喰らい】をした時の感覚……か?いや、流れ込んできたのは神聖な魔力だったし少し違うか。でも魔石を食べた訳でもないのに何でだ?)
理由が分からず、緊急事態だというのにその思考に没入していくシーク。だが、そんな彼の思考を妨げる者がここにはいた。
——あー、あー、少しいいかしら。
そう、それは彼の脳内の同居人、ソフィアであった。
(あれれ、ソフィアの喋り方前と変わってない?まあいっか。あー、なに?)
——今の感覚についての考察をしたんだけど聞く?
(お、是非聞きたいね)
——よし。じゃあ、あくまで可能性だけど、とりあえず私の考察に沿って話していくね。神聖属性魔力の特徴ってどんなんだったか覚えてる?
(えっと、確か、〝聖なるものにする〟みたいな感じだっけ?)
——それは、半分正解、半分外れだと思うの。実際の性質は〝スキルを媒介する〟といったような特徴なんじゃないかな?
(ん……?それは、その、つまりどういうこと?)
——えっと、使用者のスキルの効果が神聖属性魔力を通して得られる、みたいな感じかな。ほら、前にダークウルフがホーリーウルフに変異した時があったじゃない?
(うん。アモルのやつだね)
——あれって【形質反転】が神聖属性魔力を通して発動したとすると辻褄が合わない?
(なるほど。確かにそうとも考えられるね。でも……)
——分かってる。確証がないっていうんだよね?で、その確証になりうるのが今回の〝【魔石喰らい】をした時のような感覚〟についての考察なの。その考察はこう。〝まず、かばんの中にとっておいた魔石に、神聖属性魔力を通して【形質反転】が発動。そしてさらに【魔石喰らい】が発動した〟。
(ほうほう)
——この考察なら、流れ込んできたのが神聖な魔力だったことも説明が行くんじゃないかな。って思って。
(確かに)
——も、もちろん、あくまで考察だからこれから検証する必要があるんだけどね!
(すごい考察力だね……。それで、君は誰なんだい?)
——……えっ?……えっ!?酷くない!?ソフィアに決まってるじゃんっ!
(いや、始めは自分もソフィアかな、って思ってたんだけど、あまりに口調が変わりすぎてるし。俺の知ってるソフィアはそんな喋り方はしませんー)
——あー。これは、えっと、【ソフィア】のレベルが上がったからか、結構ちゃんとした自我みたいなものが生まれて来てて、だからなのかな?
(そんなことが起こるのか……。男として自我が生まれてたらどんなにむさ苦しくなっていたことか。うん、やっぱり【形質反転】で女に変えて良かったな)
——ん?なんか言った?
(い、いやいや、何も言ってないよ!にしても、まだ本当にソフィアか分からないから最後に一つだけ確認をしてもいい?)
——……な、なに?
(ソフィアまるってさ——)
——ソフィアまる違うわ!
(あ、これ本物だわ)
『【ソフィア】のレベルが上がりました』
胸に開いた大穴が魔石から供給された魔力でふさがれつつある内に、白銀色をしたオーラはすっかり晴れきってしまった。
霧が晴れた先の通路には、いくらかの見知らぬ冒険者が、そして、シークにとってすれば顔見知りの2人がいた。セリカとヴァンである。
つまり、今がどういう状況なのかと言えば、シークの化け物染みた回復力を大勢の人間に見られた、という状況である。
「……っ!シ、シーク、なのっ?」
(いやはや、見られちゃったか……。これは困ったな)
胸に開いた穴が塞がっていく光景、青色でカサカサの肌。この組み合わせではさすがに誤魔化しようがないだろう、とシークは諦念を抱いた。
「シ、シークだよね?」
そんなことを考えているシークへとセリカが近づいてくる。
(あれ……?これは、もしかして誤魔化せるパターン?よ、よし)
「ん、ん、あー、そうだよ俺は——」
「——待て!近寄るんじゃない!その回復力、どう見たってそいつはアンデッドだ!もう一度言う。近寄るんじゃない!魔法部隊、撃ち方始めっ!」
(で、ですよねー……)
ーBATTLE STARTー
「えっ、でも、今喋って……」
「〖エンジェルオーラ〗」
ついさっき補充したなけなしの魔力にものを言わせ、天使の霧で皆の目を眩ませたシーク。彼は、即座に土を蹴り、アモルを抱えて走り出した。
「ニコラスさんっ!?アンデッドじゃないよ!今喋ってたよっ?!」
「ちっ、逃げられたか。追おうにもこの霧の正体が何か分からなくては追えんな。ああ?なんだ?喋っただと?ったく、どうせ幻聴だろうに」
「本当なのっ!本当に喋ってたのっ!!」
「あぁ?喋るわけねえだろ。〝馬の耳に念仏〟かよ。いや、もしや高位のアンデッドか?」
「じゃあ、やっぱりシークはっ!」
「いや、アンデッドになったのなら奴はもう完全に別物だと考えた方がいい。自我を持ってるとしても、それは魔物の自我だ。人間の自我なんて残っちゃいない。……ったく、あの魔法の霧、もしや高位のアンデッドか?だが、こんな浅層にいるとはおかしい。お前ら、今出たアンデッドも討伐対象に追加する。この階層を探せ!」
「そんなっ!」
「セリカっ!アンデッドっていうのはそういうものなんだ……。シークの体はあっても、そこにシークはいないんだよ。だから、俺たちの手で、あいつの体を魔物による冒涜から解き放ってやるべきなんだよ!」
「……っ! ヴァンっ!」
「それが、シークの幸せなんだよ!」
「……そっ、かっ……それが、シークの幸せ、か。私、馬鹿みたい。シークは死んだって分かってたはずなのに、動いてる姿を見て本当は生きてたんだって期待しちゃって。シークはもうこの世界にいないのにっ……」
「仕方ないよ……。何とかしてあいつの体を魔物から取り戻してやらなきゃな」
「……うん、そうだね」
こうして2人はシークの体を魔物から解放することを胸に誓ったのだった。
「あれ?俺らなんか忘れてるような」
「ああ、俺もなんかそんな気がする」
「そういやここに何しにきたんだっけ?」
「あ、なんか思い出してきたぞ。そうだ、俺らの周りにいる、この狼達が関係してたような……」
「……狼、狼か。……はっ!」
「「[従狼のグレム]っ!」」
「やつはどこにいるんだ…?」
「もしかしたらこの階層じゃなくてもっと深層にいるのかもしれんな……」
「うぐっ、あれっ?ここは……」
「「こ、こいつはっ!」」
「「[従狼のグレム]だっ!」」
「今だ!捕まえろー!」
「うぉぉおお!!!」
「え、あれ……?えっ?」
……こうして新人殺し事件は呆気なく終幕を迎えたのだった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
グレムが捕まった丁度その頃、シークは4階の通路を直走っていた。
「はぁ、はぁ。4階に逃げてきたのはいいけど、これからどうしよう……」
《トリアエズデキルダケオクニイクカ?》
「魔法を使う程高位のアンデッドが浅層にいて、しかも階層を移動してたら確実に追ってくるだろうからね。とりあえずは奥に行くしかないか……」
シークとアモルは、これからどのように動けばいいのか、走りながらもずっと考え続けていた。
——って、あれっ?私も考えてるよっ!?仲間はずれにしないでー!!
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「第三ウェーブぅ、〝起きたらすぐに捕まってる〟作戦〜」
「おい、グレムがなんか不気味なこと言ってるぞ!」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
次回、〝第四ウェーブ、〝狼誰もついてこない〟作戦〟
※この予告はフィクションです。
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