第8話 進化と襲撃



「おい、あの噂は聞いたかよ」


「いいや、知らねぇや。どんな噂だよ」


「やっぱ知らねぇか。いや、今回の遠征の話なんだが」


「今回の遠征の話ぃ?たかがC級モンスターの討伐だろ?」


「いや、何も知らずに受けたのかよ……。まあ、かく言う俺もさっき聞いたばかりなんだがな」


「お前もかよ!……下らん話じゃないだろうな?」


「当たり前だろ?俺がいつ下らない話をしたってんだ」


「いつもじゃねぇか」


「黙らっしゃい。……とにかく下らない話じゃないんだよ」


「……んで、どんな話なんだ?」


「今回の遠征、C級モンスターの討伐にしては人数が多いだろ?」


「ああ、確かにな」


「どうやら、人数が多い理由は新人殺しが出てるかららしい」


「なにっ!?……いや、でも噂って言ってたからには実際に確認された訳じゃねぇんだろ?」


「ああ、ただよ、最近ダンジョンに行った新人が全然帰ってこないんだと」


「……単にその浅い階層に出たっていうC級モンスターにやられちまったってだけじゃねぇのかよ」


「それにしては人数が多すぎるんだとさ。しかも、今回出たのがブラッドウルフだろ?月影の砂塵の深層くらいまで進まなきゃ出ないモンスターなんだよ」


「……でも出ることはあるんじゃねぇのか?もしかしたら偶然かもしれねぇ」


「……まあ、ねぇとは言いきれないんだが、実はもう一つ情報があってよ」


「どんな情報だよ」


「[従狼のグレム]が最近ここに潜ってるらしい」


「……そりゃまた。確かに奴ならやりかねねぇが」


「だろ?ブラッドウルフも確かあいつが使ってたはずだ。あんなゴミクズのような野郎でも実力だけはC級だからな」


「だから、俺たちが駆り出されたって訳か」


「ああ、恐らくは、な」




 場所はD級ダンジョン「月影の砂塵」の入り口の前。

 時はシークのアモルのテイムが完了した少し後。

 討伐隊に付き添う形でシークの遺品を回収しに来たセリカとヴァンは、ただ今夜営の準備中であった。


 暖をとるために集めた枯れ木をテントへと持ち帰ろうと歩いている最中、セリカはこの討伐隊の会話を耳にしてしまったのだった。


(えっ……。私達を殺そうとしてたのって、もしかしてモンスターじゃなくて人だったのっ……!?)


 セリカは激怒した。


(こんなこと、許されないよっ。たとえ誰かが許したとしても私が許さないっ)


 何より、セリカの頭にあったのは、弱いながらも必死に冒険者として最強を目指していたシークのことだった。

 冒険者としてモンスターに殺されたならまだしも、本当は人間に殺されたなんて、死んでも死に切れないだろう。セリカはそう考えていた。


 実際は、モンスターに殺されてもゾンビとして生き返る程度には死んでも死に切れなかったようだが。


(決めたっ。私、遺品を探し終えたら討伐隊と一緒にそのグレムって人を討伐しに行くことにする!)


 必ず、かの邪智暴虐な男を除かなければならぬとセリカは決意した。


「おーい、セリカ。もう明日に備えて寝るぞ」


「……うん。分かった」


 下唇に痕を残したままセリカは夜営のテントへと入っていったのだった。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






 そして翌朝、討伐隊が二階まで辿り着いた時、

黄髪に切れ長の目をした男が討伐隊の皆へと呼びかけていた。——討伐隊リーダーのB級冒険者、二つ名は[迅雷のニコラス]である。


「おい、お前ら。心して聞け。この討伐依頼なんだが、敵はC級モンスターではなく、新人殺しをしてる冒険者かもしれん」


「なにっ!?」


「やはりそうだったか」


「昨日聞いた通りみてぇだな」


 反応は人それぞれだが、討伐隊の皆はある程度驚いている様子である。


「対象は[従狼のグレム]。奴は先日からこのダンジョンに潜っているようだ。ここのところ新人がダンジョンから返って来ない上に、数少ない生還者の情報にあるC級モンスターブラッドウルフもやつの従魔だ。奴が敵である可能性は高い」


「……まじ、かよ。俺たちは狙われて……?」


 セリカと違い今情報を知ったヴァンは驚きで開いた口が塞がらなくなっていた。


「奴は快楽で新人を殺すような屑だ!だが、腐っても実力はC級。しかもテイマーだ。勿論これはあくまで噂。だが〝火のないところに煙は立たぬ〟とも言う。対象がC級のテイマーならば今回の遠征の危険度はぐっと高まるぞ。心してかかれ!」


 そして〝快楽で新人を殺す〟という言葉が彼に追い打ちをかけた。


「……なんっ、だよ、それ、ふざけんな!快楽で俺たちを狙って……シークを殺しただとっ!許せねえ!いや、許さねえ!」


「ヴァンっ!今は抑えてっ!」


「セリカ、止めないでくれ……。シークが殺されたのは事故だ、誰も悪くないんだ、なんて今までは自分を抑え込んできた。でも、今の俺は抑えられそうにないんだ」


「……分かってるよヴァン。私だってそうだもん……。でも、今はシークの遺品を探さないとっ!じゃないとシークがっ、シークが生きた証がどこにも無くなっちゃうよっ!」


「っ……!……そう、だな。先ずはシークの遺品を探さなきゃ、な」


 そうして迷宮に乗り込んだ討伐隊と共に、2人はシークの遺品を探し始めた。

 だが、昼前になっても遺品はおろか遺体すら見つからなかったのだった。


 当然である。シークは今も生きているのだから。いや、動いてるという方が適切だろうか。


「まさか……シークを殺した後に荷物を剥いで従魔に遺体を喰らわせたのか!?どこまで死者を愚弄すれば気が済むんだ!」


 実際はただの勘違いだったが、段々とヴァンの怒りのボルテージは上がっていくのだった。




「2階にも対象を捕捉できなかったか。ならば皆、3階に向かうぞ!」




 そうして再び歩き出した討伐隊一行が3階へと到着したのは、昼下がりのことであった。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






『【神聖魔法】【魔力制御】【体術】【魔石喰らい】【形質反転】のレベルが上がりました』


聖喰鬼セイントグールから聖魔喰鬼セイントグールメイジに進化しました』


『【魔力制御】が【魔力支配】へと覚醒しました』


(あれ、おっ、おっ、おっ?!)


 メキメキと音を立ててシークの体の組織が変化していく。淡青色の荒れ切っていた筈の肌は、ほんの少し青みを増し、そして僅かに滑らかになった。

 どうやらシークは無事進化することができたようだ。


 火に近づいて来たモンスターを倒し続けることで手に入れた経験値と、ドロップした魔石のいくつかを【魔石喰らい】で啄んでいた時に得た経験値とで、シークはレベル100に到達することができたのだ。


(とりあえず、余った魔石は空腹になった時のために取っておくことにしようか)


 そう考え、シークは残った魔石をかばんに入れていく。


(進化して体は軽くなった気がするけど、見た目の変化は肌が綺麗になったくらいか……。あとは少し肌が青っぽくなったかな?)


 これが本当のブルーブラッド、などという下らないことを考えていたシーク。それは高貴なる血ではない。好奇なる血である。


 一頻り下らない冗句を考え終えた後の彼は、その揺り戻しが起こったかのように少し浮かない顔をしていた。いつもであれば強くなれたことを喜びそうな彼が複雑な表情を浮かべるのには理由がある。


(強くなれたことだけでも嬉しい、確かに嬉しいんだけど、さ。……これでもまだアモルの位階に追いつけてないんだよなぁ)


 そう、彼は自身が従魔よりも位階が低い現状に複雑な思いを抱いていたのである。


(従魔よりも弱いテイマーってどうなの?)


 別にそんなテイマーの数は少なくない、どころか卵から育てた場合など、そういった事例はむしろ多いのだが、テイマーに疎いシークはそんなことは知らなかった。


(まあ、でも、これを一歩ずつ、ゆっくり積み重ねて行けばいいよな……よし!)


 漸く彼が立ち直った時——


《マァ、オウエンシテルカラガンバレヨォ》


——アモルが追い打ちをかけた。


(くっ、すぐに追い越してやる!)


 アモルの慰めはどうやら逆効果だったようだ。


《……ニンゲンッテノハヨクワカラネェナァ》


(……まぁでも強くなれてることは間違いないよね。ステータスも確実に良くなってる筈だし)


「『ステータス』」


・名前:シーク

・年齢:17

・種族:聖魔喰鬼セイントグールメイジ

・位階:3

・レベル:1



・パッシブスキル

魔力支配lv1

怪力lv1

並列思考lv4

従魔強化lv1


・アクティブスキル

火魔法lv8

水魔法lv4

体術lv6

神聖魔法lv8

テイムlv1


・固有スキル

形質反転lv3

魔石喰らいlv5

ソフィアlv4




(セイントグールメイジ、か……俺が魔法特化だから進化先が変化した、とかなのかな?所持するスキルによって進化先が変化するというのは有り得る話だな)


 シークは進化という現象に思いを馳せながらステータスを上から下へと見ていく。


(今思えば生前に比べてステータスごつくなったよな……。スキルの数もめっちゃ増えたし)


 アモルのステータスと比べ自身が優っている所を無意識に探していたのだろうか。シークはアモルよりも優れた自身の持ち味を見つけていた。


(お、スキルの数だけなら普通にアモルに勝ってるじゃん!やっぱり大切なのは質だな、質。位階も大事だけど、それだけじゃない。現に俺ってダークウルフだった時のアモルに勝ってるし?)


 こうしてシークの下がりきっていたテンションは再び急上昇したのだった。


 そのような状態だったことが良かったのだろう。

 生き物——シークは生き物と言えるのかは些か謎だが——というのはネガティブな時には視野が狭く、ポジティブな時には視野が広くなるものであるので、今のシークの視野は広かったのだ。

 だから彼は自身の周りをダークウルフ、ブラッドウルフが囲み始めていることに即座に気づくことができた。


(まじかよ……。って、アモル【気配感知】持ってなかったっけ?)


「クゥン……」


(使えないスキルじゃないか……って!そんなこと考えてる場合じゃなかった!)


 悲しむアモルを他所に、ブラッドウルフやダークウルフの群れの奥の方から声がかけられた。グレムである。


「今日こそはお前を殺してやるぞぉ?新人さんよぉ」


「誰だお前は!」


「俺?俺は[従狼のグレム]ってぇんだ。ここ最近、このダンジョンに潜る新人を殺してたんだぁ。頭の奥の何かが俺に殺せ、殺せって囁くからよぉ。お前もきちんと殺せたと思ってたんだがなぁ」


「俺を、殺せたと、思っていた……?それにその狼……。はっ、お前!まさか!」


「ああ、そうだぁ。俺がお前を殺そうとブラッドウルフをけしかけたした張本人だよぉ!」


「くっ、この……!お前は……お前は、絶対に殺してやる!」


「おうおう、血気盛んだなぁ。……襲え」


 その合図が走った瞬間、グレムの従魔はシークへと一斉に襲いかかった。




ーBATTLE STARTー








 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「大学に受からねぇんだよなぁ、これがよぉ」


「頭の奥の何かが俺に就職しろ、就職しろって囁くからよぉ!」


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


次回、F級浪人生[十浪のグレム]


※この予告はフィクションです。

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