第7話 俺と男と神と



「……」


「クゥ〜ン♪」


「……」


「クゥ〜〜ン♪」


(……やっぱりついてきてるよな)


 現在シークは元々ダークウルフだった筈のナニカに追いかけ回されていた。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






 事の発端はつい先程の戦闘に有った。


『これで止めだ!〖エンジェルオーラ〗!』


 苦戦の末、シークは【神聖魔法-エンジェルオーラ〗を発動し、ダークウルフへとその魔法を吹き付けることに成功する。


 すると、暫くして白銀の霧が晴れた時にはそこに白銀の体毛に包まれた、元はダークウルフだった筈のモノがいたのだ。

 その個体が動き出したので警戒していたシークであったが、なぜか白銀の狼はシークに擦り寄り始めたのである。


『クゥーン』


と。




 とりあえず、感じた悪寒を理由に彼はその場を離れることを選択したのだが、いくら歩いてもこの狼は後ろを付いてきてしまい、そして今に至るのだ。


(……懐かれちゃった、ってことなのか?)


 逆行してもついてきたので、流石にただ歩く方向が同じだった、などという論理は通じそうにない。

 そう考えるとやはり懐かれてしまったのではないか、とシークは思い始めていた。


(だけど、この変わりようはあまりにおかしくないか……?)


 通説として、〝魔物の性格はテイムなどをすることで人間の影響を受けない限り、あまり変わることはない〟というものがある。

 そのため、テイムをしていないのに凶暴な性格から自身に擦り寄ってくる程の温厚な性格になるというのは、些か異常な事態であると言えた。


(もしかして、これが神聖属性魔法の特徴なのか……?だとしたら、〝対象を聖なるものにする〟〝対象を落ち着かせる〟って感じの特徴なのかな?まだ検証不足だから確実とは言えないけど……)


 シークの考察が始まり、思考が深く深くへと潜っていくと——



「クゥ〜ン〜♪」



——といった、元ダークウルフの甘い鳴き声が聞こえてくるのだった。


(完全にダークウルフの存在を忘れてたな……。とりあえず、懐いてるならテイムできるか試してみるか)




 従魔契約テイムをするには、互いの意思がテイムに協力的な状態でテイムする側が念じる必要がある、というのは広く知られた知識だ。

 この情報が示すのはテイムには二つの方法があるということである。一つは、圧倒的な力で蹂躙し、恐怖で支配することでテイムする方法。もう一つは懐いた状態をあらかじめ作ることでテイムする方法だ。

 ただ、前述の通り魔物の性格はテイムしない限りはほぼ変わらないものなので、後者を行うのは魔物を卵から育てた、魅了系のスキルを使った、などといった特殊な場合のみである。


 今回は何故か既に懐いているので、行うのは後者であった。




(テイムする時には従魔と契約する意思を込めながら念じるって聞いたけど、一体どうやって念じればいいんだ?)


 暫く考えていたシークだったが、そもそも知識にないことを考えても不毛であると考え、とりあえず実践してみることにした。

 そのために立ち止まった彼は、元闇狼の前にしゃがみ込んで早速実践を始めていく。


(まあ、わからないけど、とりあえず念じてみるか。むぅーーーーーーーーーーん)


《————》


(……ん?今何かが聞こえたような気が……。とりあえずこの調子で念じてみようか。むぅーーーーーーーーーーん)


《——シ—》


(むぅーーーーーーーーーーん)


《ヨ—シク》


(お、何かの音がかなり鮮明に聞こえるようになってきた。なら、これがラストかな。よし!むぅーーーーーーーーーーん)


《ヨロシク!》


『ホーリーウルフとのパスの開通に成功しました』

『名前をつけてください』


 どうやら頭に響いていたのは狼の声だったみたいだな、と考えていたシークの頭に情報が流れ込んできた。


(って、ホーリーウルフ?ダークウルフじゃなくて?……まあ、それはとりあえず置いといて名前を考えなくちゃな。名前かぁ、どうしようかな……。あ、そうだ。いいこと思いついた)


 シークは、如何にも名案を思い付いた時にするような表情でしたり顔をしていた。


(よし、ソフィア、名前をつけてあげて)


——……はぁ。


(……あれ、ソフィア?)


——……自分でつけて。こういうのは当事者がつけてあげることが大事だから。


(そんなぁ。全然思い浮かばないんだけど)


——……なら、もう安直な名前でもいいんじゃないの。


(安直な名前、か。……よし、それなら愛情を持って育ってもらいたいから、古代語で愛を意味するアモルにしよう)


『《アモル》のテイムが完了しました』


『【テイム】【従魔強化】を習得しました』




——いや、安直とは何なの……。まあ、私の時も妙に凝ってたし。シークだから仕方ない、か……。


(あれ?もしかしてソフィアまるに呆れられてる?)


——本当だよ……って、ソフィアまる違う……!


『【ソフィア】のレベルが上がりました』




《シーク、アラタメテヨロシク》


(お、そうだね。改めてよろしく、アモル)


《シークハオレノアルジダカラステータスヲスキニミテイイゼ》


(お、そんなんできるんだ。なら早速見てみようかな)


「アモルの『ステータス』」


・名前:アモル

・年齢:5

・種族:ホーリーウルフ

・位階:4

・レベル:17



・パッシブスキル

怪力lv3

瞬足lv4

気配感知lv2


・アクティブスキル

限定的神聖魔法ーエンジェルオーラlv1


・固有スキル

無し




(おおお……?スキルはともかく、位階は完全に負けてるんだけど……。従魔に負けてる主とは……)


 シークは茫然とした顔つきでステータスを下へとスクロールしていった。


(にしても、さっきも気になったけどやっぱり種族はホーリーウルフなのか。ダークウルフから種族が変わったってことだよね。グールがセイントグールになったのと同じ現象なのかな?)


 だとしてもこれほど簡単に変わっていいものなのか、とシークは少しの衝撃を受ける。

 もしこれが神聖属性の特徴なら、他属性の特徴とは一線を画す能力であるからだ。

 新属性だから他属性と比較しても意味がないのかも知れないが、流石にこれは強すぎる。そして、それを使える自身は……と、そこまで思考が到達すると、シークはやはりにへらと口を緩めた。

 完全に不審者のそれである。


(【神聖魔法】の特徴の検証は続けていく必要がありそうだな。今度はこの間みたいに油断しないようににしなきゃ。……にしてもお腹が空いた。とりあえず、今日はもう遅いから暖をとって休もう。それでたまに寄ってきた魔物の魔石を食べて空腹を満たそうか)


 そして、シークは昨日同様、まずは火種を探すために歩き始めたのだった。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






〜神界にて〜



「創世神アトラス〜、大変ですぅ!」


「なんじゃ、また観測神ガトレアか。お主はいつも騒がしいのぅ。少しは落ち着いたらどうじゃ?」


「そ、それがぁ、大変なんですよぉ!」


「この間もそんなことを言って『私の気に入ってた青年が死んじゃったんですぅ!』とかいう下らない内容だったではないか。観測神の力を下らんことに使いおって」


「私の言ってたこと暗誦しないで下さいぃ!こ、今度は本当にたいへんなんですぅ!」


「はぁ、まぁいいわ、なんじゃ?驚かんからゆうてみぃ」


「そ、それが、地上で神気が観測されたんですよぉ!」


「な!なにぃ!」


「……ふつうに驚いてるじゃないですかぁ」


「……まさか、儂に隠れてどこかの神が顕現したか……?」


「まあ、観測値は下級神の神気と比較すると万分の一程度なんですけどぉ……」


「なに?それはおかしいな……。神ではないのだとしたら何なのだ?」


「それが、神気がダンジョンから漏れてるみたいで対象を観測できないんですぅ……」


「ダンジョンか……。ええい、忌々しい。あそこは邪気のせいで我々の力が及ばんからのう」


「……どうすればいいですぅ?」


「はぁ、とりあえず対象がダンジョンを出るのを待つしかあるまいて」


「わ、分かりましたぁ」




「……一体何が起こっておるのだ?」






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






 どんな人間にも、人間である限りは隙が生じる時間がある。それは睡眠時間である。


 人間である限り、生きている限り、睡眠は必要になるし——死ぬ時もでは睡眠をしてると言えるのかもしれないが——そこをつけば、余程対象が緊張やスキルを張り巡らせていない限り、殆どの者を殺すことが可能なのだ。

 つまり、パーティがいれば話は別だが、ソロの冒険者であれば睡眠時には隙を見せざるを得ず、そこを突けば殺せる、ということだ。

 そのため、実際にプロのテイマーなどといった例外でもない限り、ソロでダンジョンに潜る時は日帰りで帰らなければならない、とギルドでも定められている。


 だから、ソロなのになぜか帰ろうとしない彼奴に対して、この計画は完璧だった——




——はずだった。




(なぜ寝ないぃ!?おかしいだろぉ!)


 シークのいる場所から少し離れた通路の角で発狂しかけている人物、それはグレムである。


(自分はブラッドウルフがいるからよぉ、低階層なら危険なく、食料さえあれば何日でもいられるがよぉ、あいつは食事も睡眠も取ろうとしやがらねぇ!いや、よく見るとなんかを口に含んだりしてるか?だとしても睡眠を取ろうとしてねぇことは確かだ)


 彼は血走った目でシークとホーリーウルフを睨んだ。

 彼がそんな目をしているのは何も作戦が成功しなかったために苛立っていることだけが原因ではない。実際、シークが寝るのを待つために徹夜している彼自身も眠いのだ。


(白くなったダークウルフだけなら何とかなるかもしれんが、あいつはだめだ。あの魔法は俺の従魔を奪いやがるからよぉ!ああ、いらいらするっ!折角新人狩りを楽しんでたのによぉ!)


 グレムは苛々を発散するかのように何度も地面を蹴り付けた。


(……ん、だが、よく考えればダークウルフにあの手こずり様だったし、物量で勝負すれば行けるかぁ?よし、それなら物量で勝負しようかぁ。でも、今日はもう眠いから俺は寝るぞぉ!)


 しかしてシークとグレムの戦いは明日へと持ち越されることになったのだった。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「俺様分かっちまったのよ。こんなに寝ないなんておかしいからよぉ。つまり、おめぇはただの人間じゃなくて——」


「——ショートスリーパーだなぁ!?」


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


次回、〝シーク、ばれる〟


※この予告はフィクションです。

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