第6話 勝利、そして
シークがグールになった朝、D級ダンジョン「月影の砂塵」の入り口には二つの人影があった。
「シークを助けられなかった……」
「セリカのせいじゃないだろ!?C級モンスターが出るなんて普通はあり得ないんだ!」
その二つの人影とは、シークのパーティメンバーだった斥候のセリカ、タンクのヴァンの2人である。
「でもっ、もし私が気付けてたらっ!」
セリカは目に涙を浮かべて言う。
「そんなたらればを言ったってシークは帰ってこない。そうだろ!?」
「でもっ……だってっ!ヴァンは悔しくないの!?悲しくないの!?」
「俺だって、俺だって……!」
そう言われて初めて、セリカはヴァンの拳が爪が食い込むほどに強く握られてることに気が付いた。
「ごめん。ヴァンだって悔しいに決まってるよね……」
無神経なことを口走ってしまった自分を恥じ、セリカは俯く。
「……とにかく、クレールに戻ろう。今の俺達がシークのとこに行っても、シークの遺品すら取りに行けないから。だから、ギルドを頼ろう」
「遺品……そうだよね……あんなに胸に大穴を開けられたのに生きてる筈がないよね……」
「……ああ、シークは治癒系の魔法を覚えてなかったし。それに、あんな強さのモンスターだ……俺達が逃げ切れたことが奇跡だったくらいなんだからな……」
2人は幽鬼のような足取りで街へと歩き出したのだった。
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昼頃になり、漸くクレールの冒険者ギルドへと2人は辿り着いていた。
扉を開けた彼らに向かって奥から声がかけられる。
「お、初めての迷宮どうだっ……って、あれ?シークは?」
声をかけたのは、一年前に2人にシークを紹介した受付嬢であるティナだった。
ティナの呆けたような声に2人の息がつまる。
「シークは……シークは死にました」
「な、それは本当かい!?深い階層には行ってないんだろうね……?」
ティナがこうも驚くのには訳があった
それは、このパーティが力を合わせれば、5階層までで出会いうる最大ランクのモンスター、D級モンスターにも勝てる、と彼女がそう確信していたからである。
重たい頷きを返した2人に、ティナは呆然とした態度を返す他なかった。
「それなら、なんで……」
それに加え、ティナは普段はがさつな態度を取ってしまうものの、弱いなりに頑張り続けるシークを見て密かに気に入っていたのである。
もちろん冒険者稼業で人が死ぬのは当然のことであり、ティナにも親しくしていた冒険者が死んだ経験はあった。だが、だからといって慣れるものでは無かったのだろう。ティナはショックを隠しきれない目をしていた。
そんなティナにセリカが答える。
「実は……ダンジョンの5階から引き返して2階についた頃、背後から来たブラッドウルフに襲われたんです」
「なっ!……ダークウルフの間違いじゃなくて、かい?」
「はい。あの大きさ、あの強さ、ダークウルフの強さだとは思えません」
「ありえないことではないのかもしれないけど……道端を歩いてて隕石に当たって死ぬくらいの確率だよ、それは……」
実際、それだけありえないことなのだ。本来出るランク外のモンスターが出るというのは。
ダンジョン産のモンスターは、滅多に自分が生まれた階層を離れない。離れたにしても精々1階層程度であろう。
それが最低でも6階から2階まで移動したと言うのだから天文学的な確率になるのは言うまでもない。
ティナは悲しみに暮れながらも、状況を整理するために思考を冷静に保つよう努めていた。
やはり、がさつとは言われてもこれができる辺り、厳しい試験を潜り抜けた受付嬢であるということなのだろう。
そうして思考を張り巡らせている時、ティナの中でシークの死亡と、最近ダンジョンに挑戦した若手があまり帰ってきてないことが結びつく。
彼らが帰って来ていないのも、
(にしても、
「シークが囮になって……私達を逃してくれて。その……それで、なんですけど、せめてでもシークの遺品だけでも取りに行きたいな、と思って……」
「なるほどね、あんなに弱かったシークが漢を見せて死んだかい。そうかい、そうかい。……どうせ低層にC級が出たんなら討伐隊を組む必要がある。それについて行きな」
そう言ったティナは天井の辺りを見ていた。
(良くないね、まだ若いのに。冷静にならなくちゃいかんね)
ティナは深呼吸をすることで心を落ち着け、この事態への考察を始める。
(まさか、テイマーが新人殺しをしてる、なんてことはないだろうね?)
この事案にきな臭さを覚えたティナは、背後に隠れた悪意にぞっとする。
そして、それを行いかねない危険人物を最近見ていないことも同時に思い出していた。
(C級冒険者のテイマー[従狼のグレム]。 奴なら、やりかねないか)
思い浮かんだその人物とは、少し前この街に来た人で、やい他のギルドから追い出されただの、やい従魔が冒険者を食い殺しただの、とりあえず悪い噂しか聞かない人物であった。彼女は眉を顰める。
「「ありがとうございます!」」
険しい表情のティナがさらなる思索を巡らせているとはつゆ知らず、セリカとヴァンの2人は、揃って頭を下げたのだった。
そして翌日、編成された討伐隊と共に2人はD級ダンジョン「月影の砂塵」へと出発することになる。
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時は戻り、今。シークはダークウルフと相対していた。
何度床に叩きつけられたとしても、所詮は自重程度の衝撃でダメージにはならないのか闇狼は突進を続けている。
そのようなダークウルフの猛攻をいなしながら、彼は【並列思考】を使用して勝ち筋を探していた。
(ソフィアが言ってくれた通り、近接戦闘に組み込む方法を考えなくちゃな。今のままの弾速では〖エンジェルフィスト〗は到底当たりそうにないし。だからこその近接戦闘への組み込み。それが必要だ)
しかし、近接戦闘に組み込むためには少なくとも新しく魔法を編み出す必要がある。
(きっついな。戦闘中に魔法を作るなんて)
もちろん、今までの彼にそんな経験がある訳がなかった。そもそも彼の微々たる魔力では、非戦闘中でさえ新しい魔法を開発することがままならなかったのである。
だが、やるしかなかった。
だから彼は早速早速魔法のイメージを構成していったのだ。
(ダークウルフに確実に当てられるような魔法、でも打ち出すような魔法では躱される。なら、体に纏うような魔法を作ることができれば……でも、できるだろうか)
体を覆うような魔法は火属性にもない訳ではない。だが、魔力制御が難しいので初心者には難しい技術なのだ。だからシークはそのような魔法を使おうと考えたことがなかった。
だが、一日中〖エンジェルフィスト〗を使い続け、【魔力制御】【神聖魔法】ともにレベルの上がった自分にならできるのではないのだろうか。彼はそうも考えた。
(イメージは体から滲み出る神聖なオーラ。神が現れた時に見えるような後光。でも、神様を勝手に気取るなんて天罰が下りそうだし、どうせなら天使の拳に合わせて……)
しかして彼のイメージは固まり、ついに魔法が完成する。
この状況を打開する彼の魔法の名前、それは——
「〖エンジェルオーラ〗」
——であった。
唱えた途端、彼の体から神聖な魔力がオーラとして溢れ出る。
そのオーラに驚いたのか、ダークウルフはその四肢で急ブレーキをかけ、慣性でそのまま突進しそうになる体を抑えた。
(このオーラ、かなりの魔力を持っていかれるな。持久戦は厳しそうだ。とりあえず、魔力を出すのを腕だけに絞ることにしよう)
腕以外から〖エンジェルオーラ〗が霧散したのを機と見たのかダークウルフが再び右腕を掲げ突っ込んでくる。
そんな右腕を掴み、突進の力を受け流し地面に叩きつける。
(特徴とか、そういった何かしらの効果はないのか……?)
先ほどの焼き直しかのようにダークウルフがむくりと立ち上がった。
が、右腕が思うように動かないようで、闇狼は右腕からバランスを崩してしまう。
右腕を見ると邪悪な黒さを秘めていた右腕が仄白く染まっていた。
「よし!効いてるぞ!」
どうやら、運命の女神が微笑んだのはシークだったようだ。
ダークウルフが忌々しげな目でシークの方を睨んでいる。
だが、流石に警戒したのか、こちらに突進できず立ち尽くしているように彼には思えた。
「来ないなら今度はこっちから攻めるぞ!」
ニヤリとくすんだ唇を歪めシークは走り出す。
先程までは防戦一方だったシークが突っ込んで来るとは思っていなかったのか、刹那、ダークウルフに隙ができる。が、闇狼はすぐに立て直し走って逃げ出そうとした。したのだが——
「〖エンジェルフィスト〗!」
(確かにてめぇは強かった。だがな、一本動かない脚があるなら、てめぇの進行方向くらいいくらでも読めんだよ!)
——シークが4つの〖エンジェルフィスト〗を即座に展開し、脚一本の制御を失ったダークウルフの行き先に打ち出し行く手を阻む。
そして、立ち止まったダークウルフに、シークは遂に追いつく。
「これで止めだ!〖エンジェルオーラ〗!」
シークがダークウルフの体に手を触れた瞬間、彼はダークウルフの体全体に浸透するように〖エンジェルオーラ〗を噴出した。
そして、暫くしてそのオーラが晴れた時、そこにいたのはダークウルフではなく、白銀の体毛に包まれた謎の狼であった。
「やった……のか……?」
ダークウルフだった筈の何かが動かなくなったことに安堵した途端、闇狼だった筈の何かがのそのそと動き出した。
「……っ!」
シークは反射的にバックステップをとるが、その敵対心のないような動きを見て立ち止まる。
「クゥーン」
するとダークウルフだった白銀の狼がシークに近づき、擦り寄って来た。
(これは……懐かれてるのか?)
さっきまでとは真逆の行動をとる元ダークウルフにシークは思わず呆けた顔をしてしまう。
(うーん……。どうしようか。って、何か悪寒がする……)
何か背筋に冷たいものを感じたシークは、とりあえずその場を離れるために歩き出すことにしたのだった。
『【体術】【並列思考】【ソフィア】【魔力制御】【神聖魔法】のレベルが上がりました』
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通路の角に隠れ、シークがダークウルフを白銀の狼に変えた所を見ていた男は、まさに〝愕然〟という言葉が相応しい表情をしていた。
(俺がけしかけたダークウルフを別のモンスターに変えて手懐けただと!?)
この男の名はグレム、人呼んで[従狼のグレム]である。
そして、この男こそブラッドウルフをけしかけてシークを殺した張本人であった。
(ちくしょう!殺したはずの新人がなぜか死んでなかったのも意味わかんねぇし!それでも肌もカサカサになってるから弱ってると思ってたのによぉ、むしろ前より強くなってるじゃねぇか!)
彼は驚愕と猜疑心を込めた瞳でシークのことを見つめていた。
(小手調べに送ったのがダークウルフで良かったぜぇ。にしても、どういうことだぁ?それにあんな魔法は見たことがねぇ。人の従魔を奪うことができる魔法なんてのはよぉ)
実際、彼のテイマーのスキルによる指揮権は、既に元々ダークウルフだったモノに一切働いていなかった。
(どんな手を使ったかは分からねぇが、俺の魔物を奪ったやつは許さねぇ!今度こそ策を練って、襲って、確実に殺してやる!)
そのまま、グレムはシークがその場を立ち去るのをじっと睨んでいたのだった。
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(ちくしょう!殺したはずの新人がなぜか死んでなかったのも意味わかんねぇし!それでも肌もカサカサになってるから弱ってると思ってたのによぉ、むしろ前より強くなってるじゃねぇか!)
(くそが!意味分かんねぇよ!どういうことなのか教えてくれよ!)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
次回、〝従狼のクレーム〟
※この予告はフィクションです。
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