第5話 黒狼との戦い





 焚いていた火がボロ切れが燃え尽きたために消えたのを確認して立ち上がったシークは、どこかへと歩みを進めながら、この五文字を呟いていた。


「『ステータス』」


・名前:シーク

・年齢:17

・種族:聖喰鬼セイントグール

・位階:2

・レベル:84



・パッシブスキル

魔力制御lv7

怪力lv1

並列思考lv3


・アクティブスキル

火魔法lv8

水魔法lv4

体術lv3

神聖魔法lv4


・固有スキル

形質反転lv2

魔石喰らいlv4

ソフィアlv2




(ひょっとしなくてもスキルレベル上がりすぎだよな……)


 確かにレベルは低い時の方が上がりやすいのは周知の事実だが、だとしてもこれは速すぎる。シークは自身のステータスに書かれたレベルを見てそう零した。


(ジョブの成長補正もなしにこれほど上がるなんて……。これが魔物であるということなのか?

こんなに強くなりやすいからこそ人間を脅かしてるということなのか)


 そう考えて一瞬納得しかけたシークだったが、慌てて首を横に振る。


(いや、それにしても速すぎるだろ。こんなに魔物の成長が速ければ既に人間の手に負えなくなってるはずだ。ということは、単に魔物だからという訳ではないはず。それならどういうことなんだ……?)


 自身では答えの出せない問いを前にして、シークは他の人を頼ることにした。


(教えてー、ソフィアまる〜)


——……ない。


(ソフィアまる?)


——……ソフィアは知ってるけどソフィアまるは知らない。


(ごめんごめん、ソフィア。つい人肌が恋しくなっちゃって)


——……ん?ソフィアに肌はない。


(いや、寂しかったって意味だよ)


——……そう。


(あ、それで結局何でだと思う?)


——……多分だけど【魔石喰らい】が働いてるから。魔石の潤沢な魔力が成長に影響を及ぼしてるのかもしれない。


(あー、なるほど。そういうことか。ありがとう、ソフィアまる)


——ソフィアまる違う。……はぁ。


(それに、自分が知ってるジョブは見習い職だけだから微々たる補正しか知らないだけで、普通職、上級職とかにつけばもっと強くなるのかもしれないな。それこそ、加速度的に強くなるモンスターでも倒せるくらいには)






 【神聖魔法】のレベルが上がったことで神聖属性の魔力を上手く扱えるようになったシークは、これを活かした新たな戦いへと胸を躍らせていたその時、彼はふと疑問を抱き、思索にふけることになる。


 その疑問とは〝神聖属性の特徴とは何なのか〟というものであった。

 他の六属性で言えば、火属性であれば〝熱を与える〟〝加速させる〟などの特徴があり、水属性ならば〝熱を奪う〟〝行動を制限する〟などの特徴がある。


 では神聖属性の特徴とは何なのだろうか。


 そこまで考えてみてもやはり答えは出なかったのだろう。彼は実践の中で探ろうと考え、手頃な敵を求めて歩き出した。




 しばらく魔物を探し回ったシークであったが、2階の魔物は火に寄ってきた分で倒しきってしまったのか、未だに見つけることができていなかった。


——2階にいないなら3階にいけばいいのに……。


(あ、確かに)


 シークはソフィアの言葉に納得し、3階へと繋がる階段に向かって歩き出した。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






 そうして無事3階にたどり着いたシークが目にしたのは、黒い狼であった。


(まさか、ブラッドウルフかっ!?)


 黒い体表に強靭な四肢、そして獰猛な瞳。

 それは、正にシーク達を襲ったブラッドウルフ……をそのまま小さくしたかのような姿である。


(これくらいの大きさってことはブラッドウルフじゃなくて……)


 憎き仇敵を縮小したかのようなそのモンスターはブラッドウルフの下位モンスターであり、その名をダークウルフといった。D級である。



 少し落胆したものの、魔法の試し打ちにはちょうどいいか、とシークは気を取り直した。


 ダークウルフもこちらに気が付いたようで、彼の方を睨みながら唸っている。


ーBATTLE STARTー


 闇狼がこちらに向かって飛び出した。


「よし、〖エンジェルフィスト〗!」


 シークは〖エンジェルフィスト〗を四つ——現時点で出せる限界の数だけ——展開し、タイミングをずらしてそれらを撃ち出した。


 だが、ダークウルフは彼に迫りながらも横にステップを加えて躱してしまう。


 そもそも、ウルフ系モンスターは一般的に速い。ブラッドウルフほどではないにしろ、ダークウルフもD級の速度特化で相当に速いのだ。少なくともこの闇狼はホーンラビットよりも確実に速かった。

 加えて小回りが効くのだから厄介この上ない。


(まずい!避けられない!)


 ダークウルフが突き出した右手の鉤爪がシークの胸へと迫る。


 どうにか躱そうと半身になって身を逸すシークであったが、躱し切れず胸の表皮を袈裟斬りのように切り裂かれてしまう。


 鈍い痛みが走って彼は仰け反った。


 その間に背後で減速を終えたダークウルフが再びこちらに駆け出した。


(まずい、今度は本当に胸に食らってしまう。避けられない!)


 避けられないと悟った彼は、それならやるしかないと覚悟を決める。


 ダークウルフの突き出した腕を【体術】で受け流し、その力を使ってシークは闇狼を床へと叩きつけた。

 受け流しきれずにダメージを負ってしまったが、ダークウルフの傷も決して軽いものではないだろうとシークは考える。


 ダークウルフが立て直す前に距離を取ろうとシークは即座にバックステップで後ろに跳んだ。


 ややあって立ち上がったダークウルフは、僅かな驚愕を表情に滲ませるだけで、特にダメージを負った様子を見せない。ただ何もなかったかのようにむくりと立ち上がり、シークを睨んでいた。


(まずいな。あまりダメージを負ってないみたいだ)


 シークが再びダークウルフに向かって〖エンジェルフィスト〗を射出するも、闇狼はまた余裕を持って躱してしまう。


 そして、また突進され、いなし、突進され、いなし、を彼は繰り返した。


 このまま近接戦闘を繰り返せば、大したダメージを与えられずに自身だけがダメージを負い続けることになる。そういった未来を予見してシークは戦慄を覚える。


(なんとかしなくちゃ。正直、調子に乗っていたな。今までより強い敵なのに魔法の試し打ちだなんて簡単に考えていたし)


 シークが今まで戦ってきたのはせいぜいE級であった。それなのに、勝ち続けて肥大した幼稚な万能感が、D級にも力が通じるのではないか、と彼に思わせてしまった。


 E級とD級の壁は厚かったのだ。それなのに何も考えず、何も準備せずに突っ込んだ代償は大きい。


 このまま戦い続ければ恐らくシークは死んでしまうだろう。


 やっと強くなれる、復讐できる、と思っていた矢先に、確実にブラッドウルフよりも矮小な敵に敵わず、死んでしまうのだ。

 そんなのは嫌だ。死にたくない。ブラッドウルフに勝ちたい。強くなりたい。シークの心がそう叫ぶ。


 ならば、と彼は勝つために行う思考以外の全てを切り捨てた。


(【並列思考】を使いながら、【ソフィア】と作戦を練って勝利を模索するしかない)


 シークはダークウルフの攻撃をいなしながらも並列思考でソフィアへと話しかけていた。


(ソフィア、俺の持ち味って、ダークウルフに優っている強みって一体何だろうか)


——生前のシークには、E級の魔法使いとしての力があった。


(生前の俺がこの状況に陥れば速攻で死んでいただろうけどね)


——そしてグールになったシークはE級モンスターとしてのグールの力も持ってる。


(それなら、この2つのE級の力を合わせれば目の前のD級を倒すことができるのか?)


——厳しいと思う。仮にD級の強さを持てたとしても、D級がD級と一対一で戦って確実に勝つには作戦を組む必要があるから。


(なら、どうすればいいんだ?)


——今までに言った力だけでは無理だと思う。


(なら、負けるしかないのか?)


——いや、勝つ可能性はある。


(どうすれば?)


——今のシークはもう一つの、ランクに縛られないもう一つの力を持ってるから。


(あぁ、そうか。俺にできることは——)


——それは、神聖属性の魔法を使うこと。そして神聖属性の特徴が戦闘に有利に働くこと。


(——つまり、運に頼ること、か。現状を打ち破るにはそれもしかないのかもしれない。でも、そもそも〖エンジェルフィスト〗は当たらなかった。当たらない攻撃に意味はない)


——なら当てればいい。


(どうやって?)


——近接戦闘に【神聖魔法】を組み込めばいい。


(なるほど。確かに今までの流れを考察すれば、遠くから〖エンジェルフィスト〗を打つ、〖エンジェルフィスト〗が当たらない、近接戦闘に持ち込まれる、じり貧になる、という流れだった。でも、近接戦闘に組み込むにはどうすればいいんだ?)


——それは体を動かしてない私には分からない。


(そっか)


——ここからはシークが頑張らないと。


(ああ、そうだな。もう【ソフィア】から十分すぎるヒントをもらった。ならば、ここからは、俺の仕事だ)


 シークはその双眸に闇色の狼を映し、嗤った。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


(ソフィア、俺の持ち味って、ダークウルフに優っている強みって一体何だろうか)


——生前のシークには、E級の魔法使いとしての力があった。


——そしてグールになったシークには私がそばにいる。


(えっ?)


——私が、いる。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


次回、〝えっ?〟


※この予告はフィクションです。

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