ダンジョン生活
第3話 ダンジョン生活スタート
自身が人間をやめていたショックからか一度ステータスを閉じてしまうシーク。ややあって落ち着いたのか、彼は深呼吸をしながらもう一度ステータスを開いていた。
「『ステータス』」
・名前:シーク
・年齢:17
・種族:
・位階:2
・レベル:0
・パッシブスキル
魔力制御lv5
・アクティブスキル
火魔法lv8
水魔法lv4
・固有スキル
形質反転lv2
魔石喰らいlv1
統合精神lv1
(……俺はもう人間じゃなくなってたのか。ジョブ欄も消えてるし、冒険者ランクも消えてるし……)
入れ替わるように新しく現れたのは〝位階〟と書かれた欄である。
(思うに、これは魔物としての格を表しているのだろうな)
その推測が正しいとすると自分は魔物であるということになるが、もしそうなのだとしたらそもそも何故自分は魔物になったんだろうか、とシークは頭を悩ませる。
——ダンジョンで死んだからだろうね。
(いや、ここで死んだからって魔物になるものなのか?)
——普通はならないね。
(……ん?自問自答しようと思ったら何か返事が返ってきてる……?え、なにこれ怖っ)
シークはこのような怪奇現象に耐性がないのか微かに体を震わせる。
(……君は誰?もしかして幽霊だったりするのか?)
——俺は、俺。
(いや、それじゃわからないよ)
——俺は、そっちの俺と完全に同一の俺ではないが、そっちの俺と同じ俺。頭の中にいる。
(うーん……。分からん)
シークがとりあえず理解できたのは、返答していたのが幽霊ではなかったことと、脳内に自身とは別の何かがいるということだけであった。
彼は混乱していたが、状況を改善するために猥雑な思考を一旦抑え、脳内にいるもう一人の〝俺〟に質問することにした。
(それなら、そっちの俺って一体どういう存在なんだ?)
——……俺は、俺がグールだった時に生まれたグールのしての本能、及び人格。言わば、もう1人の俺。抵抗するそっちの俺と共に闇に呑まれようとしたけど、【形質反転】で人格が反転させられた。結果、そっちの俺を聖なる存在にしようとする俺、になった。今は違和感が発生しないように思考が統合されてる。
(……なるほど。大体分かった気がする。でももしそうなら……いや、でも……)
『【統合精神】のレベルが上がりました』
レベルアップのファンファーレがシークの没入していく思考を中断させる。
(どっちの俺も俺であることには違いないみたいだけど、それでもそっちの俺を俺って呼ぶのは分かりにくいし、とりあえずそっちの俺に名前をつけるか)
少しの間名前をつけるために頭を悩ませていた彼は、良い案が思いついたのかはっと顔を上げた。
(そうだ。そっちの俺は何故か俺よりも頭が良さそうだし、古代語で叡智を意味するソフィア、なんてのはどうかな?)
『【統合精神】が【ソフィア】へと変化しました』
ソフィアという名をもう一人の〝俺〟が認めてくれたためなのか、スキルの名称が変化する。
——脳内会議するときはソフィアって呼んで。
(……これがイマジナリーフレンドってやつなのかもしれないな)
シークはソフィアと自分の関係性を今一度鑑みて、どこか外れていたことを考えていた。
迷宮の通路に座り込み、シークはこれからの展望を思い描く。
(街中に戻るにしても、肌はガサガサだし、体温も低いからアンデッドとして扱われちゃうかなぁ。まあ、実際そうなんだけどさ……)
現在のシークは火傷した時のように爛れた淡青色の肌に、ところどころ抜け落ちた髪、そしてブラッドウルフに貫かれ胸元に穴が開いた血塗れのローブ、と言ったように街に出れば不審者扱い待った無しといった格好をしていた。
改めて状況を理解して悲観的になったのか、彼は三角座りをしてままで俯いてしまう。
(いや、でも、アンデッドは魂に邪悪な呪いを受けている存在だって聞いたことがあるし。自分はその形質を反転させたってことは、つまり逆に魂に祝福を受けてる状態って言えるのでは……?
むしろ神聖な気配があるなら神の御使いだと思われたりすることもある、のかもしれない。……あったら良いなぁ)
シークは悲観的になって、ついそう考えてしまうが、自身の憧れや目標を思い出してぶんぶんと顔を横に振った。
(でも、もしそうだとしても、やっぱり俺は冒険者になりたい。そして、強くなりたい)
シークにとって冒険者というのは強さの象徴であり、憧れである。そのため、シークには自身が冒険者になることは外せなかった。
だが、現在シークはステータスの冒険者ランク欄が消滅しており、冒険者であるとは言えない。ならば、新しく登録し直せば良い、とも考えたが、そのためにはなんとかして人間の見た目に戻らなければいけない。
そのためにはどうすればいいのだろうか。
(うーん、分からない……。ソフィア、分かる?)
——分からない。
(だよなぁ。でも、きっと強くなれる方法は分かる。ステータスに表示されてる位階ってやつを上げればいいんだ)
魔物の強さを示すのが位階だとすれば、それを上げれば確かに強くなれるだろう。実際にゾンビであった時よりもグールになった後の方が確実に強くなっている。ならば、成長速度が人間よりも明らかに高い魔物の状態で鍛えた方が良いに違いない。
だから〝冒険者になってから強くなるプラン〟から〝強くなってから冒険者になるプラン〟に切り替えよう。シークはそう考えていた。
(希望が見えてきたな。よし!)
体に力を入れ立ち上がる。シークは強くなるために、力強い足取りで歩き出した——
——と同時にお腹がなる。
(……その前に何か食べようか)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
食事を取ろうと思っても、今の状態でダンジョンから出れば冒険者に狩られるのみである。そこで、シークはダンジョン内で出るモンスターからたまに魔石と共に落ちることがあるという肉を手に入れることにした。
例えグールといっても人肉はお断りなのだ。
では肉を持っていそうなモンスターには何があるだろうか、とシークは考え始める。
(スケルトンソルジャーは論外だし、それ以外にこのダンジョンで見たのは……)
シークの脳裏に鮮烈に浮かび上がってきたのは黒い毛皮に強靭な四肢、そして血塗れの毛皮を持ったブラッドウルフだった。
(ブラッドウルフ、奴は絶対に殺す……。生前の俺は何も抵抗出来ずに殺されてしまったが、それは生前の俺だ。今なら……)
抱いた憎しみを一度霧散させ、現時点の自身の強さを確認するため、そして肉を手に入れるために適当にモンスターを狩ることにしよう、とシークは結論付ける。
ここ、「月影の砂塵」は15階層のダンジョンで、1〜5階でE級モンスター、6〜10階でD級モンスター、11〜15階でC級モンスターが出る。
ただ、1〜5階にE級モンスターが出る、といってもD級やF級など一つずれた階級のモンスターが出ることも稀にある。
二つ以上ずれた階級のモンスターがでることはない……筈なのだが、とついこの間経験したばかりのシークは訝しんでいた。
ちなみに一般的にダンジョンが何級かというのは出てくるモンスターの級を平均したランクとなる。
それに当て嵌めると「月影の砂塵」はD級ダンジョンとなるのだ。
(えっと、確かここは2階だったはずだから、E級モンスターが出る筈だし、生前と比べるにはちょうどいいな)
E級モンスターとは、E級冒険者が策を練れば一対一で勝てる強さを持っているとされているモンスターのことを指す。
ゾンビはF級上位、グールはE級上位に位置するくらいの強さなので、今のシークはランクに当て嵌めるならE級上位の力を持っていると言えよう。
とはいっても、今の彼はセイントグールなので確実なことは言えないのだが……。
とりあえずモンスターを探して戦う他ないと考え、シークは歩き出した。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
長い一本角に白い毛皮、細身ながらも良質そうな筋肉が詰まった足は真紅に染まっている。それはウサギ型のモンスター、E級中位のホーンラビットであった。
魔法使いになる他なかった程に体の弱かったシークであったが、今の彼の体には力が漲っていた。
肉弾戦も行けるだろうかと考えシークは構えをとる。まるで羽が生えたかのように軽いこの体の性能を調べるために魔法を使うことなく肉弾戦に興じることにしたのだ。
シークは昔に読んだ体術の本に載っていた構えをとっていた。
(肉弾戦の方がグールに合ってる気がするしさ)
などと考えながら。
ーBATTLE START ー
杖を床に置きホーンラビットと見える。未だ自身の存在に気付いていない角兎の背に向かって加速していく。
(軽い!自分の体が軽いぞ!)
かつては弱かった体は見る影もなく強靭になっており、冒険者だった頃とは比べものにならない程にシークは速く動いていた。
それは、E級冒険者の剣士程の速さであった。
シークは、自身にもこんな景色が見れたことを喜び、微笑を唇に湛える。
が、同時に元からこれほどに動ける他人への僅かな嫉妬もその顔に浮かべていた。
(でも、これなら、肉弾戦もいける!)
と思ったのも束の間。
「うぉっ!」
シークの姿を認めたホーンラビットが彼の方を振り向き襲いかかる。
興奮からか大きくなっていた足音が気付かれた原因であった。
過去の彼が当たれば致命傷は免れない鋭利な角を使った兎の突進を辛うじて躱したシークだったが、無理して避けたために彼はバランスを崩してしまう。
そのため、彼には攻撃をする余裕などなくただただ体勢を直すだけで精一杯だった。
「こいつっ、速すぎだろ!」
強くなったはずの肉体でもホーンラビットの速さには敵わないことへの驚愕をその顔に浮かべながらも二度目の突進を何とか避けるシーク。彼は避けながら角兎の攻略法を考えていた。
(そういえばホーンラビットは敏捷特化のモンスターだったはず……。今までにこいつと戦った時は、ヴァンが盾や岩魔法で防いでくれたからこの速さを感じなかったけど、確かにこれは凄まじい。でも、兎にしては速すぎるが故にてめぇの視野は狭くなってんだよ!)
一般的に草食動物は外敵から身を守るために目が横に付いており視野を広く取るものである。だが、ホーンラビットは速く走るために肉食動物のように目が前に付いている。シークはそこにつけ込むことにした。
シークは傾いた体勢をさらに傾け、地面を思い切り手で殴って体を上に飛ばす。
そうして一回転した体で壁を蹴りホーンラビットの背後から再び襲いかかる。
体が弱かった時にはとてもできそうになかった曲芸のような芸当であったが、グールの肉体に刻まれた本能、そして昔弱いなりに真剣に調べた体術、加えて強化された体、この3つの要素が揃ったために可能となっていた。
突如視界から消えた敵の予想外の方向からの突撃に振り向いたホーンラビットは、元から丸かった目を更に丸める。
ホーンラビットが逃げ出そうと考えた時には、もう既にその額へとシークの拳が迫っていた。
そうして速度を乗せた拳によって吹き飛ばされたホーンラビットは、ダンジョンの壁にぶつかり、ぐったりとした姿勢で息絶えた。
『【体術】【怪力】を習得しました』
ホーンラビットは魔石を残し体が灰になる。
(あぁ、疲れた。お腹がすいた……)
結局肉はドロップせず、この戦闘では余計に空腹が増すだけだったのだ。
「このままじゃダンジョンで生きていけない……」
どうしようか、と呟き頭を悩ませているシークの視界にホーンラビットの魔石がちらりと入る。
(うっ、
決して食べ物では無い筈の魔石が、シークには何故か美味しそうに見えた。
迷いながらも空腹に抗えず欲望に身を任せたシークは、のそのそと魔石の方へと歩いていき、それを手に取り一息で飲み込む。
途端、邪悪な魔力がシークの体内を駆け巡り、やがてそれは快感へと変わり、彼の空腹は満たされることとなった。
『【魔石喰らい】のレベルが上がりました』
(ああ……そういえばそんなスキルもあったな。ステータスを見てみるか)
恍惚とした表情でシークはその5文字を呟いた。
「『ステータス』」
・名前:シーク
・年齢:17
・種族:
・位階:2
・レベル:15
・パッシブスキル
魔力制御lv5
怪力lv1
・アクティブスキル
火魔法lv8
水魔法lv4
体術lv1
・固有スキル
形質反転lv2
魔石喰らいlv2
ソフィアlv1
恐らく空腹が満たされたのは魔石喰らいのおかげなのだろうな、と自身が石を食べていたという事実を弁護するかのようにシークは考えていた。
(普通石を食べて空腹が満たされるわけがないし、そうに決まってるよね)
あまり石を食べていたことは考えたくなかったようで、頭に浮かんだ別の問題へと彼は意識を集中させる。
(忘れかけてたけどさっき体を走った邪悪な感じの魔力をなんとかしなきゃ。また本能に身を任せるグールになっては困るし)
シークの今の体内魔力の比は、彼の感覚に基づいて言えば、邪悪:神聖:火:水が10:90:2:1くらいである。邪悪な魔力が神聖な魔力の総量を超えるとグールになるのでは、と彼は考察していた。
(魔石の魔力量って多いね……。いや、そうじゃなくて今までの俺が弱かっただけか……。って、落ち込んでる暇はないんだった。さっさと邪悪な魔力をなんとかしないと)
そうしてシークの意識は彼の固有スキル【形質反転】へと向かっていく。
(このスキルを考察するなら、〝神聖と邪悪、水と火はそれぞれ反対の属性、つまり形質を持ってるから反転させられる。でも、あくまで反転だから、邪悪な魔力を火の魔力に変えることはできない〟といった感じか)
とりあえず邪悪な魔力を神聖な魔力に変えてみようと考えて彼はそのスキル名を呟いた。
「【形質反転】」
温かく、柔らかく、清らかな、そういった魔力がシークの体を迸った。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
(肉弾戦の方がグールに合ってる気がするしさ)
(——肉弾戦……にくだん……肉団子食べ放題バトル……?)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
次回、〝——肉団戦求む。〟
※この予告はフィクションです。
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