第2話 プロ・プロローグ


——強くなりたい。


 シークがそのような思いを抱いたのは7才の時だった。それは、英雄ヒーローが彼の村を魔物の襲撃から救った時である。それからというもの、シークは冒険者に憧れを抱くようになった。人を喰らう凶悪な魔獣を倒す武技、悪霊を駆逐する魔法、そんな強さを求め、冒険者のランクを上げていく。そして、あの英雄のようなS級冒険者になる。そんな淡い夢を抱き続けていた。しかし、運命は残酷で、彼の体は生まれつき弱かった。


 だから、彼は魔法使いを志した。





「あんた、魔法の適正ほぼないわ」





 そんな彼の夢は13才の時にあっけなく崩れ去る……





「あ、でも火だけ若干適正あるかも」





……一歩手前だった。





「じゃあ、見習い火魔法使いにつきます」


「その適正じゃ厳しいと思うけどね。まあ、せいぜい頑張ってねー」





 ここは彼の住む村から一番近い町、クレールの冒険者ギルド。13才の誕生日を迎えた翌日、彼は冒険者登録をしに来ていた。そして、冒険者ギルドでは初回の手続きの際に魔法の適正が計られるのである。今は丁度その場面であった。





「ティナさん!そんな投げ遣りな対応をしちゃダメですよ!」


「も〜、そんなこというならアンネが新人の対応してよ」


「しても良いんですけど、私ギルド長から呼ばれてるので」


「くっ、なら仕方ないか……」





 このようながさつな対応をしているギルドの受付嬢の胸元にはティナと書かれた名札がかかっている。シークはティナのような人物が苦手なのか僅かに顔を強張らせていた。





「じゃあそんな感じだから。んで、これがギルドカードよ。これを持って奥の転職部屋に行って来なさい」


「ありがとうございます!」





 弾んだ足取りでシークが向かったのは転職部屋と呼ばれる部屋であった。この部屋では、その人間の適正に応じて能力を拡張する〝ジョブ〟と呼ばれるものにつくことが出来る。初めてつくジョブのことを考えて彼は期待に胸を踊らせる。


 彼がそわそわしている理由の一端としては〝初めてジョブにつく時にスキルが発現する〟というものがあった。これは、人間が生まれつき持つスキルと呼ばれるそれぞれの能力に、幼い体が耐えきれないためにために神様が制限しているのだと言われている。


(せっかくだしジョブにつく前に一旦ステータスを見てみようかな)


「『ステータス』」


・名前:シーク

・年齢:13

・種族:人間

・ランク:G

・ジョブ:無し

・ジョブレベル:0

・ジョブ履歴:無し



・パッシブスキル

無し


・アクティブスキル

無し


・固有スキル

無し



(……うん、何も無い。まあ、仕方ないことではあるよね。なんせ、ジョブないんだし)



 心の中で何のためにするのかも分からない言い訳をして、シークは部屋の中央にある台座に置かれた水晶へと手を寄せる。

 手と水晶との間に淡い光が漏れ、透明な石板のようなものが目の前に現れた。


ーーーーーーーーーーーーー

ジョブチェンジ可能ジョブ


見習い戦士

見習い火魔法使い

ーーーーーーーーーーーーー


(よし、見習い火魔法使いがあるぞ)


 シークは自分がつくべきジョブを見つけ、その表示へと手を伸ばし、触れた。




『見習い火魔法使いにジョブチェンジしました』

『【火魔法】を習得しました』

『固有スキル【形質反転】を習得しました』


 ステータスを開いてる時のように頭に情報が流れ込んでくるのを感じながらシークは微笑んでいた。

 なぜなら、今までに聞いたことのないスキルが自分に発現したからである。それは一般的には固有スキルと呼ばれるもので、そこそこに珍しいスキルなのだ。



 固有スキルは経験によって発現することもあれば、ジョブにつくつかないに関わらず生まれつき持っていることもある。もちろん今回のように初ジョブ習得の時に発現するときもある。ただし、持っている人はせいぜい1000人に1人である。尤も冒険者ならば100人に1人は持っているのだが。



(よし!早速更新されたステータスを見よう!)


「『ステータス』」


・名前:シーク

・年齢:13

・種族:人間

・ランク:G

・ジョブ:見習い火魔法使い

・ジョブレベル:0

・ジョブ履歴:無し



・パッシブスキル

無し


・アクティブスキル

火魔法lv1


・固有スキル

形質反転lv1




 13歳ともなれば、多感な年頃であり、固有スキルなんてものが生えた暁には小躍りしてしまうのも仕方ないものである。現にシークは微笑を漏らしていた。

 入った時よりも弾んだ足取りで部屋を出て、シークは依頼の貼ってある掲示板を覗き込む。


(なんかちょうどいい依頼はないかなー)


 暫時書類とにらめっこしたシークはG級依頼の薬草採取とF級依頼のスライム討伐に目をつけた。どちらも同じ草原が目的地の依頼である。ならばということで彼は同時に受けることにしたようだ。

 ちなみに、依頼は自分のランクの一つ上まで受けられる。なので新人冒険者であるG級のシークにもF級のスライム討伐を行うことが出来るのだ。

 そもそもスライムなどというのは魔法さえ使えれば新人でも軽々と討伐できるものであり、依頼の難易度というのは状況に応じ変わるものなのである。だから、少し緩めの条件になるのは半ば当然のことと言えた。





 クレールから出て10分ほど歩き、シークは依頼の草原についていた。


 早速薬草の群生地を探し、依頼書に記載された特徴と照らし合わせて採取していく。それが終わると、薬草を食べに来たのか群生地に近づいてきたスライムがいるのを見つけたので、シークは早速覚えたスキルを使うことにした。

 〝ジョブレベルはジョブに関連する動作をすると上がる〟と聞いたので積極的に使っていきたいな、などといったことを考えながら。


(そもそも100レベルに上げないと転職できないから、何とかして上げなきゃね)


 水色の粘体はシークの存在に気づいていないのかただただ、うねうねしている。それを横目に、シークは魔法の射程範囲ギリギリまで距離を取った。


ーBATTLE START ー


 シークは早速習得した火魔法を使ってみる。火魔法の使い方をどこかで習ったというわけではないが、シークの脳裏にはスキル習得とともに火魔法の使い方が朧げではあるも浮かんでいた。その知識通りに彼は火の玉を出してみる。


(これは……魔力の制御が難しいな……)


 練習しなければ、とシークは思いながらも、一先ず現れたその火球をスライムへとぶつけてみる。すると見る見るうちに粘体は核のみを残して、粘度を失い、さらさらとした何の変哲もない液体に変わってしまった。

 再び依頼書を広げて確かめると、核は魔石となっており、討伐した証拠としてギルドに持っていかなければならない、と書いてあった。


 魔力の制御が甘いのかこれだけで魔力の半分を使ってしまったな、と先程の戦闘の反省をしながらもシークはズボンのポケットへとスライムの核を仕舞った。


 とりあえずは練習あるのみだ、ともう一体スライムを探し、今度は火の玉を小さくすることを意識してスライムへと繰り出した。

 これを3回繰り返したところで魔力が尽きた。


 酷い脱水症状に陥った時のような悪寒を感じながらシークは街への帰路を歩いていく。


『【魔力制御】を習得しました』




 次の日も、シークは同じ依頼を受けて草原へと来ていた。


 薬草をささっと収穫して、スライムを探し対面する。


(そういえば、昨日は使わなかったけど【形質反転】ってどんなスキルなのかな?名前からして何かを反転させるのはわかるんだけど……。うーん、とりあえず常時発動してみるか)


 【形質反転】を発動しながら、並列処理で火の玉を作り、スライムに向けて射出する。



ーBATTLE START ー



「〖ファイアーボール〗!」




(よし!出た!……ことには出たけど、あれれ?何で出てきた玉は水色をしているのかな?確かに〖ファイアーボール〗を発動したはずだし、そもそも僕には水属性の適正はないはずなんだけど……)


 そこまで考えた時、一つの可能性がシークの頭を過ぎる。


(そうか、これがもしかしたら【形質反転】の力なのかもな。いや、きっとそうだ)


 体内の魔力か、放出する魔力かを反対属性に変えるスキルなのだろうと結論付けたシークであった。


 そんなこんなでとりあえず撃ち出した水の玉はスライムにするりと吸収されてしまった。

 どうやらスライムにはあまり効果がないらしい。


 しかし、その時のシークにとってはスライムに効果がないことなど眼中にはなかった。ただシークの頭にあったのは、自身が水魔法を使うことができるという自身に広がった新たな可能性だったのだ。


 確実に、僕は強くなっていくことができるんだ、と。



 その時のシークはまだそう思っていたのだった……。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄





 それから3年の月日が過ぎる。


 どうやら、やはりシークには才能がなかったらしい。平均的な冒険者であれば、見習い職なら1年あれば確実に100レベルに到達するというのに、シークには3年もの時間が必要だったのだから。


 いや、そもそも才能以前に生来の体の弱さが良くなかった。体調を崩し、だが知り合いがいないため誰かに買い物を頼むこともできず、悶々と家で寝込んだ日も幾許か有った。


 脆弱なシークは、脆弱だからこそパーティを組まずソロで冒険者をやる他に選択肢が無かったのだ。


 それでも、シークは努力に努力を重ねF級冒険者になることができた。でも、逆に言えばそれだけしかできなかった。


 ジョブチェンジでは、見習い職よりも3倍はマスターするのに時間がかかると言われる普通職が一覧に表示された。だが普通職についても、惰弱な自分がようやく人並みになるだけだということに恐怖を覚えたシークは別の道を模索し、結果として見習い水魔法使いを選んだ。


 シークはどんな手を使ってでも強くなりたかったのだ。

 だから、彼は毎日をただ強くなることだけに費やした。


 流石にそんな彼を見兼ねたのか、がさつな受付嬢、ことティナがシークにパーティを紹介することになった。


(それほどまでに最近の僕は張り詰めた顔をしていたのか……?)


 シークは自分の顔を手で揉み、隈が少しでも薄れるように目元の強張った筋肉を解す。




「えぇと、ジョブが斥候のセリカです。よろしくお願いしますっ!」


「俺はヴァンだ。見習いタンクからタンクになったばっかりだけどよろしくな」


「えっと、は見習い水魔法使いを今はやってて、前のジョブは見習い火魔法使いをやってた、シークだ。よろしく」




 彼は少しかっこつけたくなったのだろう。今までは僕であった一人称を俺に変えていた。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






 パーティ発足時は初めてのパーティに中々慣れることができなかったシークであったが、パーティメンバーが優しい2人だったので徐々に仲良くならことができた。

 そして気付けば結成から1年の月日が過ぎていた。毎日の努力が報われたのかシークはE級にもなれた。その間に2人はD級になっていたので彼の感情は悲喜交々ではあったようだが……。2人は普通職だからD級になれたのかもしれない、とシークは考察していた。




(このダンジョンから帰ってきたらやっぱり普通職に就こう)


 シークはそう楽観していた。



 パーティが出来たおかげで、レベリングの効率が上がっていたのだ。

 そのおかげであと少しで彼のレベルは上限に達しようとしていた。


 そのことが、少しでも強くなれることが、彼にはただ嬉しくて、だからなのか、シークは気を逸らせてしまったのだ。


 まだE級冒険者なのに、D級ダンジョン「月影の砂塵」に挑んでしまったのだ。


 そして、行きはよいよい、帰りは怖いが見事に当て嵌まり、今に至るのだった。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「あんた、魔法の適正ほぼないわ」


 そんな彼の夢は13才の時にあっけなく崩れ去る……


「あ、でも火だけ若干適正あるかも」


……一歩手前だった。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


次回、〝これで焼肉ができる〟


※この予告はフィクションです。

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