第4話

 邪神の像を発見してから一週間。

 私は回復の泉につかって、プカプカと時間を過ごしていた。


「もしも、本当にここがゲームの邪神が復活した後の世界だったら……」


 プカプカしながら何度もぐるぐると頭を巡っていた思考を、再びなぞっていく。


「少なくとも知性がある存在は、残っていないだろう。もしかしたら、動物すら全てラスボスに食べられてしまっているのかもしれない。残っているとしたら、植物か、虫以下の生き物ぐらい……」


 私は地下茎に巣くっていた蛆的な生き物を見たことを思い出す。今思えば、あれぐらいしか生き物を見ていない。


「蛆ぐらいの知性なら、見過ごしたのか。はぁ。これからどうしよう。こうして回復の泉につかっていれば生きるだけなら何ら問題ない。でも、誰も生きていない世界でこれから何をすれば……」


 私のなかで同じ思考がぐるぐると回り続けていた。


 さらに一週間後。


 プカプカとしながら、私は覚悟を決めた。


「この世界の何処かに万が一誰か生き残っているとしても、探し出すのは難しい。手がかりもないし、命をつなぐ手段が回復の泉しかない以上、世界をくまなく探すのは現実的じゃない。というか生命線たる回復の泉から離れるのはリスクが高すぎる。今出来るベストの事。この世界に来てから得た、唯一のもの。魔法の可能性を探ろう」


 こうして私は魔法を、その存在を、限界と限界の先を目指して一つ一つ検証を始めることにした。


 一月後。


「アクアドロップっ!」「アクアドロップっ!」「アクアドロップっ!」


 現れた拳大の水塊が次々と落下していく。

 回復の泉に浸かったまま、ひたすらこの一ヶ月間アクアドロップの魔法スキルを使用してきた。それこそ、寝ている時間以外はずっと。

 そうして、私はようやくつかんできたものがある。

 そう、MPの減少を体感として実感できるようになってきた。


「てっきり、オーラとか気とか、もしくは血管のなかを廻っているのかと思ったけど、全然違ったな」


 私は背中に意識を集中して魔法スキルを使用する。


「アクアドロップっ!」


 背中側の肩甲骨の下に僅かに生じる違和感。

 そう、MPはどうやら私の背中側に、何かがあるらしい。


 さらに一月後。


「……」


 無言の俺の目の前に、拳大の水塊が現れる。

 そのまま重力に引かれ、回復の泉へと落下していく水塊。


「やっと、出来たっ」


 私はついにスキルを使用せずに、魔法の発現に成功していた。


 さらに数年後。


 完全にスキルを使用する際のMPの動きから逆算し、オリジナルの魔法の開発に、私は成功していた。


「開花 フラワー」


 私の呟きに合わせ、MPが体内をめぐる。その流れを操作し、空気中から水分を抽出、手のひらの中に集める。

 手のひらから染みだしたMPが水に溶け込むと、ゆっくりと芽が出るように、水で出来た草が手のひらから伸びていく。

 茎の途中から生える葉。

 そして蕾ができ、水の花が咲く。

 今の私には、花弁をめぐるMPで、水の花がキラキラと光って見える。


 MPの供給を止める。

 水の花に残留していたMPによって、僅かな時間、維持されていた花の形も、MPが消費され消えていくにつれ、その花の形の維持を失い、徐々に水へと戻っていく。

 花弁の端から垂れ始める滴。

 次の瞬間には、一気に崩壊し、花全体が単なる水となって、辺りに飛び散る。


「ゲームのスキルにない魔法の開発方法は確立した。次は、MPなしで、形を維持していく必要があるな」


 さらに十数年後。


 回復の泉から出ることなくもう、何年たっただろう。最近は睡眠が訪れなくなってきた。

 常に夢とうつつの狭間で、ただひたすらに魔法を使い続ける日々。

 この十数年に及ぶ魔法に関する知見は全て、記録してある。


「本作成 ブック」


 私の呟きに合わせ、ここ数ヵ月の魔法の研究成果を一冊の氷で出来た本にして記録していく。

 このブックの魔法も数年前に開発した物だ。総氷製で、紙と同じ厚さで一ページ一ページが氷で出来ている。

 書き込みももちろん魔法で行っている。氷の屈折率を変えることで書き込まれた文字。そして氷の分子間の結合力をいじることで、捲れるぐらいの柔らかさも実装している。

 回復の泉の周りにはこのアイスブックが氷の棚に入って無数に並んでいた。

 次々に氷のページが形成され、今回の魔法実験で得た知見をページに記載していく。ページの両面にびっしりと文字を書き込むと次のページを作成、イメージのまま、図表も記載していく。

 最後に表紙を厚目の氷で作成すると綴じる。背表紙に概要を書き込み、氷の棚へとしまう。


 私は、液体操作の応用で、擬似的な念力のようにアイスブックを飛ばして手元へと引き寄せる。今手元に取り寄せたのは三年前の魔法回路に関する知見。


「うーん。ここ数年、足踏みが続いているな。何かブレイクスルーがなければこの先は難しいぞ」


 私は目線をあげる。


 そこには総氷製のアイスゴーレムが浮かんでいた。右肩には通し番号の刻まれた限りなく人型に近づけたアイスゴーレム。一三之5

 駆動自体には問題ない。深層学習機能を持ち、自在に動く事が出来る。現状詰まっているのは、二点。MPの供給なしでの自律行動時間の短さと、意識の獲得だ。

 私のたゆたう脳ミソの何処かで囁きがする。ブレイクスルーするヒントを見逃していると。


 しかし、何も思いつかないまま、一三之五を溶かす。まだ試していない無数にあるアプローチの一つを試すべくアイスゴーレム一四之一を氷魔法を操り形成していく。


 さらに十数年後。


「そうか、回復の泉の水を……」「生命の根源に繋がる……」ぶつぶつと呟く私に降りる天啓。


 さらに数年後。


「ダメだ。インターフェースになるチャネルが……」


 さらに数百年後。


「ああ、これが答えなのか。」私は、一つの回答へと至る。この頃には、ほぼ人と変わらぬ機能を持ったアイスゴーレムが完成していた。ただ、その核となる部分。魂と言い換えてもいいそれが不足していた。

 そんな数百年を過ごして視野狭窄を起こしているのか、私は自分の思い付きを躊躇うことなく実行する。


「形態変化 リクアファクション」


 私の回復の泉に漬かった体の一部がゆっくりと液体化していく。溶け出す端から、回復の泉の効果で再生されていく私の体。しかし徐々に、徐々に液体化の速度が勝る。どんどんと回復の泉の水と混ざりあっていく体の末端。

 その混合液を、アイスゴーレム千三之二五の炉心部へ送り込む。人で言う心臓にあたる部分。そこに刻まれた魔法回路が私の肉と回復の泉の混合液で満たされていく。


 幼い少年を模したアイスゴーレム千三之二五。空中に磔にされた体。回復の泉と混ざりあった真っ赤な液体が回復の泉から立ち上るように注がれていく。


「アイスゴーレム千三之二六作成」私はそのまま同時進行で幼い少女を模したアイスゴーレムも作成し、その炉心部にも混合液を注いでいく。


 私の下半身が溶けるころ、二人のアイスゴーレムが完成する。

 私は溶け出す体を止めようとするが、液体化が止まらない。


「ああ、回復するべき体の形状、私の在るべき姿は、すでに液体に書き換えられた後、か。ふむ、回復の泉にこのまま取り込まれる、のかな」


 私は何処かさめた目で自分の体を見下ろす。

 その時、完成した二人のアイスゴーレムが目を覚ます。

 私は体だけではなく心も溶け出し、薄れる意識の中で、二人に声をかけてみる。


「この地を、命で満たしてくれ」


 きょとんと私の方を見ている二人のアイスゴーレム。突然過ぎて、何を言われたのかわからないのか。

 何故か可笑しくて、私は消え行く体で笑い声を上げる。この世界に来てはじめて上げるかもしれない笑い声。誰かに声をかけるの何て、数百年ぶりか。


 体は泉へと同化しつつある。もう指先もなく、まばたきするがやっとのなか、私は二人への餞別に最後の魔法を使うことにする。


「氷河期招来 サモンアイスエイジ」


 ほぼ泉と化した私の最後の願いをのせた魔法。

 世界が一変する。

 雪が降りだし、大地は氷に閉ざされた世界へと変貌していく。

 初めてみる雪にはしゃいだようにバタバタしているアイスゴーレム達。その姿を焼き付け、私の瞳は液体となり回復の泉の一部となった。


 二人のアイスゴーレム達は、手に手を取り、立ち上がるとその氷の世界へと一歩を踏み出した。







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空腹は回復の泉で。~最強キャラでゲーム世界に転生しても食べ物ないとか詰んでません?~ 御手々ぽんた@辺境の錬金術師コミック発売 @ponpontaa

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