第13話

 果てに聞かされたくだりはこうだ。「ブライト シート」一件が報道にのらないことで失敗を確認した同志は次に、朝の情報番組「おはよう! ズームアウト」のお天気コーナーへテロを仕掛けるつもりだと言うのである。言わずもがな番組は全国放送で、現在進行中の生番組でもあった。

「ええぇっ!」

 叫んで百々は解いたイヤホンを耳へ押し込む。

 署の中を探せば慣れていないだけで、英会話の一つや二つこなせる者はいるだろう。切り上げた取調べを渡会たちに預け、レフもろともガレージへ走る。

 そんな時刻は現在、午前九時二十分。お天気コーナーは放送も終盤、毎回、九時四十五分頃の開始が常となっていた。だというのに局はだいぶと海寄り、国道沿いのインターチェンジ入口をさらに越えた開発途中の埋め立て造成地に引っ越したところときている。

「インターまで二十分くらいあるのにっ!」

 時間内にたどり着ける道理がない。喚き、ワインレッドと違って目を泳がせた。

「テレビ局へは?」

 マイクへ吐きつけたレフが、平凡すぎるシルバーのワゴンを探し尻ポケットからキーを抜き出している。かざして握り手を押せば応えるワゴンが前方でロックを跳ね上げ、重なりイヤホン越しに返された百合草の口調は、まさに反論、許されぬ業務命令と届いていた。

「この短時間で当たり障りなく放送内容を変更させることは不可能だ。時間は電波掌握と路面確保に使用する。お前たちはテロが実行される前に容疑者を押さえろ」

 重なりオペレーターが、端末で番組を確認できる準備が整ったことを知らせる。

 聞きながら三人して、ぶつかるようにワゴンへ群がった。

「運転、僕がします!」

 ボンネットを回り込んだストラヴィンスキーが手を伸ばす。めがけてレフがキーを投げ、キャッチしてストラヴィンスキーは運転席へ沈み込んだ。譲ったレフも助手席へ身を屈めたなら百々も頭から後部座席へ転がり込む。

「あれ、そう言えば外田さん、ここまで何で?」

「あ、近所なもので自転車で」

 なるほど。それじゃ、どうあがいても間に合わない。

 エンジンがかけられる。もんどりうつ百々などおかまいなしだった。ワゴンは猛烈なバックで駐車スペースから抜け出してゆき、テレビ局までのナビゲートを開始したオペレーターにあわせてストラヴィンスキーが、握り絞めている時間の方が短いんじゃないかと思うほどの手さばきでハンドルを切り続ける。

「その番組、僕はよく知らないんですけれど。お天気コーナーってスタジオ内の、ですか?」

「ええっ、見たことないんですか。局前の広場からの中継で、人気番組なのに。ほらこのポーズ、知りません?」

 映画の時もそうだったが、あまりメディアをチェックしないらしい。教えて百々は後部座席から身を乗り出すと、シートの間から前方へ腕を投げ出した。「ズームアウト」の掛け声と共に、耳の辺りまで一気にその腕を引き戻す。仕草は朝から俯瞰で社会情勢をとらえてやろう、と言うもので、中継への有名なキューポーズでもあった。だがルームミラーでチラリ確認したストラヴィンスキーにどうという反応はない。信じられず百々はなおさらしゃかりき、繰り返す。

「うっそー。知らないんですかぁっ」

「ただの広場だ」

 すぐさま今重要なのはそこじゃない、とレフに一瞥食らっていた。

「周囲に遮蔽物はない。キャスターの後ろには見物客が集まっている。その気になればどこからでも入って来れるような場所だ」

「あ、レフ、見てるんだ」

 瞬間イヤホンから「おはよう! ズームアウト」メインキャスターの声は聞こえだす。咄嗟にのぞき込んだ端末で百々は、尖ったメガネがカマキリを思わせる男性メインキャスターが、芸能ニュースを読み上げ始めたことを確認した。

「わわっ、お天気もうこの後じゃんっ!」

 そこでタイヤはひときわ大きく鳴る。

「うぉっと」

 どこを走っているやらさっぱり見当のつかなかったワゴンはインターチェンジ脇をかすめ、国道へと抜け出していた。例のごとく見渡せる限り信号は青を連ね、後方からは警察車両のサイレンが聞こえてきている。

「何分、食いました?」

 ストラヴィンスキーがレフへと投げた。

「十分強」

 ジャケットの内ポケットへ端末を落とし音声だけを聞いていたレフが、ひねった腕で時刻を読む。

「番組、どうです?」

 つづけさまストラヴィンスキーは百々へも確かめた。

「え、えと、歌舞伎俳優の鶴様が海外セレブと夜遊び、って盛り上がってます」

「あの、ではなくて進行状況の方、教えてもらえるとありがたいんですけれど」

 そらそうだ。誰がこの期に及んで番組内容を気にするか。

「って、そんな話題はあと二つ。予定通りみたいですっ! あは」

 などと他人のスキャンダルが世の平和をつなぐうちにもワゴンは空地に工場、流通倉庫の目立つ埋立地へ飛び込んでゆく。伴い車線は大型の輸送車を増やし、かいくぐって先を急げばクラクションの嵐は巻き起こった。だが無理を通したおかげで市街地から伸びた国道の果てに前衛的なテレビ局ビルの一部はのぞく。隠しているのは手前に立つ流通倉庫群か。回り込めばオペレーターはついに、そのくだりを口にしていた。

「左手、公園向こう。テレビ局ビル。局前広場到着です」

 誰もが告げられた方向へ視線を飛ばす。ナビゲート通り遊具らしき鉄塔を並べた公園は流通倉庫の向こうに広がると、道を隔てた位置にテレビ局とその傍らの局前広場は見えた。ほかに目立つ物は何もなく、あるとすれば局前広場中央に立つ風見鶏らしきオブジェと、広場三方を囲む道路沿い、並べ置かれたベンチだけだ。

 目指しワゴンは走り続けた。

 なら一握りの群衆は、ひときわ強い光を浴び目に飛び込んでくる。

「あれっ!」

 百々が指さした広場も中央だ。扇に広がる観客を従えた中継現場は見えていた。

「中継現場を目視」

 レフがドアへ手をかける。

 「おはようズームアウト」のメインキャスターも、「さて」とその時、芸能コーナーを締めくくっていた。

「芸能ニュースの後は山ガールみっちょんの、お天気コーナーです!」

 その冠、なんとかならないのか。苛立ったところで放送は十五秒刻みのコマーシャルへと突入する。

「コマーシャル明けまで四十五秒の予定です」

 知らせるオペレーターが珍しくも「予定」などと濁すのは、この短時間で都合をつけた情報の信憑性に由来してだろう。ともあれ、ないよりは助かる事うけ合い。コマーシャルを一つ消化したところでワゴンも中継現場を左にブレーキを踏んだ。そのために助手席をあてがわれていたに違いない、ほぼ同時にレフが助手席から飛び出す。

「周辺に警戒対象なし。現場に向かいます!」

 降りたストラヴィンスキーも局前広場をぐるり見回し、レフの後を追う。始まった二つ目のコマーシャルを聞きながら、百々もワゴンを飛び出していた。

 そうして走れば大中小と、広場に姿は連なる。

 とそれは進行方向、広場を挟んだ道路上だ。二人乗り、一台のバイクは何食わぬ顔で滑り込んできていた。ライダーはフルフェイスのヘルメットに革のつなぎとフル装備が印象的で、至って丁寧なブレーキングで路肩に停止してみせる。後ろにまたがっていた人物を、その場に降ろした。

 素振りからして降りた人物は明らかに男だ。ライダーと違いヘルメットすらかぶっていない彼は、黄緑色の半袖シャツにジーンズという軽装が拍子抜けでもあった。ままに駆ける百々たちへ向かい、いや間にある中継現場へだ、歩き始める。

「南側車道よりバイク。二人組。うち一人が現場に接近中」

 見逃すはずもないレフがマイクへ吹き込んでいた。

 視界で男は軽くスキップする。それは見る間に跳ねてつけた助走へ変わると、上背を前傾させてゆく。全力疾走と中継現場へ駆け出した。いや、そんなに山ガールみっちょんのファンなのか。思えないのだから見てとったレフの背も加速してゆく。

「ヤツだッ」

 追い上げて、ストラヴィンスキーの腕が高く振り上げられた。

 だがスタートラインが違い過ぎた。中継現場へは圧倒的に相手が違い。差を埋めることはかなわず、証拠に男はもうみっちょんの背後、並ぶ観客の間へ己が身を割り込ませている。

「はい、ただいま午前九時、四十四分。それでは気になります、今日のお天気はどうなんでしょうか?」

 容赦ないメインキャスターの声に、手配を急ぐオフィスの声が交錯していた。

 もつれそうな足へ百々も血の気が引く思いでムチを入れる。

 だが知ったことかとあのセリフは放たれていた。

「山ガールみっちょんからっ、ズゥームアウトッ!」

 笑顔でキューを受け取ったに違いない。山ガールみっちょんの声は至って高く、同時に観客を割って男はみっちょんの背へ躍り出る。振り上げた手の中に鈍い光りを放つ金属塊はあり、突きつけられたところでそれがなんであるのか、理解できる者こそその場に一人もいなかった。

 騒ぎにみっちょんだけがすくめた首で、少し遅れて振り返る。

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