第10話 case8# PLAY ON YOU 1
詳細を捕捉するならこうだった。支援者ロンの存在が確認された直後、スタンリー・ブラック解放のタイムリミットは思い出したように突きつけられ、切れた十日後、つまるところのライブ前日の昨日、報復として「ブライト シート」へのテロ予告は舞い込んだのだということだった。
従業員の身元確認に当日予約客の照会、アカデミー賞受賞式での失態をふまえて「スカンジナビア・イーグルス」メンバーの身辺チェックが即時、行われたことは言うまでもない。全てがクリアだったからこそ定刻通り「ブライト シート」は門戸を開き、しかしながらコトは百々が田所を前にそわそわしていたライブ開始十分前に兆しを見せた。楽屋へと一本のギターは届けられたのである。
持ち込んだ男は当初、日本公演を担当するマネージャーだと名乗ったらしい。この時、スタッフを装い楽屋付近の警備を担当していたのがハートなら、それはスタッフリストに挙がっていないことですぐにも知れるお粗末な嘘だった。
ハートはフロアからストラヴィンスキーを呼び出し、マネージャーを名乗る男のボディーチェックと、持ち込んだギターの確認を申し出ている。当初こそ素直に応じる素振りをみせていた自称マネージャーだったが、いざコトにかかるかという段階にさしかかったとたん態度を豹変。季節外れと着込んでいだスゥエットの上着をまくり上げたのだった。腰回りのた煙幕弾は誰の目にも明らかとなり、そのひとつはバックヤードで投げつけられている。ひょうしにスキを突いて自称マネージャーはステージへと駆け出したわけだが、ハートとストラヴィンスキーはこの地点で疑いがかかることとなった「スカンジナビア・イーグルス」メンバーを放置することは出来ず、レフたち会場に制圧を預けて拘束を優先し、まんまとステージへ抜け出たマネージャはといえばあの宣言後、百々に銃を突きつけられるとレフにのされる顛末を迎えている。
ふまえて百合草がまとめた今後の焦点は、ピンキリ極める SO WHAT から声明文を送りつけてきたグループを特定し確保することがひとつ。もうひとつが物騒な支援者ロンを SO WHAT から引き剥がせ、というものだった。これにより当面の SO WHAT の無力化が見込めるはずだというのが狙いである。確かに企むだけでいるのと実行できるだけの力を携えているのとでは、雲泥の差があるというものだ。
準じた捜査分担はといえば相変わらず各自が認識している様子だった。日が昇ったならハートは「ブライト シート」の現場検証へ向かい、ギター内部から発見された爆発物の解析に付き合うことを告げている。ハナは調べの及ばなかった百々たちの例があることから従業員と客の照会を徹底すると言い、ストラヴィンスキーは自称マネージャーの取調べに向かうことを知らせていた。かたやレフはといえば、その身柄は手続きを経た数日後にも本国へ送還される予定にあるらしい、ギターの受け取り先である「スカンジナビア・イーグルス」メンバーの事情聴取に加わるよう指示されている。
そんなレフに同行するよう指示された百々は、今回の入職が臨時ではなく正職員扱いであることを知らされのけぞっていた。だからというわけではないが今後の見通しが立たないだろうことだけは予想できその後、適当な嘘で帰らぬ旨の電話を家へ入れている。ちょうどいい具合に明日は田所もろとも「20世紀CINEMA」のバイトも休みだ。以降については状況をみながら考えることで保留にした。
そして最後、別行動が常となっている乙部はこの件に限り退くことを知らされている。と言うのもこうなる以前だ。ハンドルネーム、ロンのアクセスは常にその一角から行われていることが突き止められており、しかしながら地域にオフィスがないことから、アフリカはボツワナへ向かうことがすでに決められていたせいだった。予定にはレフとストラヴィンスキーも含まれていたらしいが土壇場でのこの騒ぎである。ひとまず乙部だけが赴くらしい。
そのさいストラヴィンスキーが久しぶりの大陸なんじゃないですか、と乙部へ笑いかけたことは今でも百々の中でどういう意味だろう、と死力を尽くし想像を膨らませている。
などと、よく似た光景を夢でも見て、半ばうなされる格好で百々は目を覚ましていった。
「え、だだ、だだだっ……」
ベッドの傍ら、妙な態勢で眠ったせいだ。動かそうとすればどこと限定することなく体が痛む。どうにか起こして、何とも気持ちよさげに眠る田所を見た。その腕にはレフが放り出してこしらえた打ち身のほかに、終えた点滴の痕が残されている。寒いんじゃないだろうか。感じるままにそうっと布団をかけてやる。
そんな気遣いを無に帰して聞こえてくるテレビの音はやけに大きい。放り込まれた大部屋には田所のほかに患者は一人しかおらず、だから習慣づいたのか、敷かれたカーテンの向こうのテレビは騒がしかった。百々が目を覚ましたのもおそらくそのせいだ。まもなく田所もまた薄っすらまぶたを開いてゆく。
「気分、どう?」
その焦点が合うまでしばらく。
頭をひねった田所の目は、おっつけ百々をとらえてみせていた。
「あれ? なんでおま、いるの?」
第一声は何とも間抜けといただけないが、今は許さざるを得ないだろう。言った田所もすぐさま額を押さえつけると顔をしかめる。
「ったぁ。あったま、ガンガンする」
「それ、二日酔いだよ」
いやあの格闘でレフに投げ出され、それこそどこかでぶつけたせいかもしれなかったが、それは言えない。
「つか、ここどこ?」
「病院だよ。ほら、20世紀から少し離れた所に警察病院あったじゃん。あの後、お店が火事になってさ。それでタドコロ、ここへ運び込まれたんだよ。覚えてない?」
たずねる田所へ、表向きの事実を擦り込みにかかる。裏付けてテレビも相変わらずの音量で、明日、開通式が行われる地下鉄の新路線と、後進国で広まる疫病ニュースの後に「ブライト シート」のボヤ騒ぎに関するニュースを読み上げていた。
と、再び固く目を閉じて田所は、失敗だったと言わんばかりに呻く。
「あー、俺、あいつの酒、飲んだんだった」
「いやしいことするからバチが当たったんだよ。そんな弱いならなおさらじゃん」
「なわけないっての。ありゃ酒じゃなくて消毒液だっつうの。て、あの後ってどういうこと? 火事? あいつは? あいつ、まだそこらへんウロついてんのか?」
顔をなでまわした後で問いかけ、痛みとは違う意味で顔をしかめ百々の背後へくまなく視線を走らせた。
「え、えと……」
心配こそ嬉しく思うが、同じ仕事場へ戻ったのだなどと、百々には言えるはずもない。だからして口ごもる様子に田所は何をや確信したようだ。
「それとも俺、酔っぱらった勢いでやらかした?」
開く眉間でまじまじ、己が腕を眺めまわしてゆく。
「なんか知らない間にアザ、できてるし。尻もイテ」
それこそレフが投げ飛ばしたせいだったが知る由もなく、膨らむ妄想のままにない記憶を補い始めた。
「俺もしかしてあの後、あいつ相手に相当、暴れてたりして」
むしろそうじゃないのか、と確かめ百々をのぞきこむ。
「……あの。えっと」
もちろん暴れたのはレフだけで、田所はその肩で寝てたんだよ。これも決して言えやしない話だ。
「そっ、そう、そうなんだよねっ! あ、あたしがトイレから戻ったらさ、タドコロ、すんごい勢いでレフに、えと、ストーカーに掴みかかっててさ。千切っては投げ、千切っては投げでこてんぱんにやっつけてくれたんだよね」
だからして全てを封印すると心に決める。えいや、で百々は両手を振り回した。最後、投げのポーズを決めたところでニッ、と田所へ笑いかける。
「アイツ、尻尾巻いて逃げちゃった」
その再現シーンは度が過ぎたか、見せつけられた田所こそ驚いたような表情を浮かべていた。まあ実際はどうあれ心意気はきっとそうだったのだから、百々はおしまい、で両手をヒザへあてがいなおす。
「ありがと」
改まれば、ようやく事実と飲み込めたらしい。田所の頬へまんざらでもない笑みは浮かび上がっていった。
「そっか、あのシベリアンハスキー、尻尾まいて逃げたんだな」
「シベ……」
だがその言い草はどうだろうか。百々の方こそ頬を引きつらせる。
「う、うまいこと言うじゃん。タドコロ」
「今度またウロついている所を見つけたらソリ引きの犬にしてやるっての」
調子づく田所の高笑いは病室に響き渡り、それは言い過ぎだ、過らせずにおれない百々の乾いた笑いがそこに重なる。
「あは、は、は。それいいね。ソ、ソリだって」
身の危険を覚えて早々に切り上げた。
「もうそんなこと、ないって」
「じゃ、ライブは?」
問いには首を横に振り返すほかないだろう。
「残念だよな」
田所がしんみりこぼしていた。
「タドコロ、へべれけだしさ、実家に連絡した方がいいかなって思ったけど番号わからなくて」
「あ、おう……。で、ここでずっとついててくれたわけ?」
向けられた眼差しには期待が満ちている。前にしたならこれまた違う、とは言い難く、百々はひとつうなずき返していた。そうして今なら、とあのくだりを口にすることにする。
「でさ、お店で言ってたタドコロの大事な話、のことだけど」
だというのに切り出された田所は、まるで豆鉄砲でも食らったかのような顔だ。
「ああ……」
挙句、吐き出したのは覇気のない言葉だった。
「うん。また今度、な」
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