第9話

「支援、ってどういう。その人はいったいどこから?」

 おそらく百々の質問が的を射たのは、これが初めてだろう。証拠に上出来だと言わんばかり、百合草もうなずき返している。

「スタンリー・ブラックの供述より、アカデミー賞会場へ持ち込んだ爆発物はコミュニティーへ介入してきたロンより、ネットを通して入手したことが明らかとなっている。同一のハンドルネームはハッカー、エリック・ユハナの通信記録、榊移送における強襲者七人のパソコンでも確認されている」 

「じゃ支援って」

 百々は言葉を詰まらせ、変わってハートがそのあとを継ぐ。

「武器類の提供だ。SO WHAT に二面性が生じたのも、そいつと接触しているかどうかが分かれの目のようだな。でなければ奴らは今でもハタ迷惑なスタンリー・ブラックのファンだったろう」

「じゃあ手榴弾なんて、お店の人もロンとつながってる……」

 間違いない、と言ってのけたハートはだからこそ明らかとなった事実へ口をすぼめもしていた。 

「店を襲ったのが百々への報復ならば、ずいぶん上手をとられたことになるぞ。こちとら百々が会場にいると知ったのは、警護についていた署員が知らせてきてからだ。予約名簿にも名前はなかった」

 などと人気ステージの予約は実際、必殺技を繰り出した田所が叔父さんの会社の法人枠で行っており、明かせば放たれたハートの舌打ちは大きかった。

「す、すみません」 

 なぜかしら申し訳なさに百々は身を縮める。一転、これでもかと伸び上がった。

「ていうかひとのデート、つけ回してたってことですかっ?」

 見回せば、誰もは我関せずと百々から目を逸らしてゆく。

「事態が落ち着くまでの警備と警らだ。署員も含めて全員で持ち回っている」

 できぬレフこそ堂々、明かしていた。

「ひゃぁ」 

 おかげでもれ出る声が止められない。 

「三か月、も?」 

  確かめたところで返事を聞くまでもなく、レフの顔に貼り付けられた「退屈」の二文字をまざまざと見せつけられる。

 もういい。

 百々は心の中で呟いていた。

「あ、悪趣味だよぉ……」 

「勘違いするな。仕事だ」 

「そのさいは気づかれるなと指示していたはずだ」 

 百合草が割って入る。

「あの場で足止めを食らわなければ、店外への移動はスムーズに行えていたことになる」 

 間違いない、田所がレフをストーカーと勘違いしたいきさつだ。 

「いや、ドドは日中大半、あの男と行動を共にしている」

 言うレフの言葉は咀嚼しなおすほどに気恥ずかしかったが事実だろう。 

「い、いいじゃないですか」 

「ああ、でしたねぇ。楽しそうで羨ましかったです」 

 悪びれることなくしみじみと、ストラヴィンスキーもうなずいている。 

「バイクに乗る時は長そで長ズボンにするべきだ」 

「まっ、まさかヘリですかっ?」

 などと注意は、壁際の乙部だ。振り返って百々は眉を吊り上げる。そう、近隣の山まで遅咲きの桜を見に田所のバイクで出かけたのは、ちょうどひと月前のことだった。

「わけはない」 

「今日は空で見そびれたけどね」

「ひー」 

 その通り。本日のメインイベントこそ間違いなく全員に目撃、もしくは中継されているはずだった。

「あ、だめら。なんか具合、悪くなってきた」 

「なかなか目の利く男だ。番犬にはうってつけだとあえて晒しておいた」 

 放つレフに遠慮はない。

「なら報告だけは上げておけ」 

 切り返す百合草といっとき睨み合うような間はあいて、それもこれももはや通過儀礼化していたなら百合草の方から切り上げる。

「おかげでもう一点、憂慮すべく案件は追加された」 

 握り合わせていた手をほどくと、コツコツ、デスクを弾いてみせた。 

「次に、銃を振り上げた写真を送りつけられても困る」 

 せっかく退職させたというのに。

 声はテレパシーがごとく百々の脳内で響いていた。

「す、すみません」 

 まったくもって自分も変わっていないものだと思えてならない。呼び出されるわけだと頭をさげ、恐る恐るで持ち上げていった。 

「だから戻るかどうかを決めろ、って」

「もちろん望まない場合、身の安全は当局が責任を持って保障する。ただし緊急時は自宅を離れる可能性があることを覚えておいてもらいたい。また期間については約束できないことも合わせて理解してもらう必要がある。我々と行動を共にする場合、あえて報復対象というリスクを背負うことになるが、我々はそれを阻止するための組織だ。相手がロンと接触を持つグループである可能性が高い以上、万が一が起きた場合、日常生活で保護を受けるよりも安全面は保証されるだろう」 

 さすがアカデミー賞会場を蜂起の場と押し切ったうえ、レフのアンカーとして素人を起用した百合草である。何をさておき際どい局面での決断力が心地良かった。 

「虎児を得ずんば虎穴に入らず、ですか……」 

 閃いたままを百々は口にする。 

「攻撃は最大の防御ともいうらしいな」 

 どうやら百合草にも用意はあったらしい。 

「お前はどうしたい」 

 のぞき込むレフが促していた。 

 おっつけ集まる視線を振り払うことなどできはしない。単純だが反り立つ崖のような岐路を前に百々は、しばし立ちつくす。しかしながら選ぶにも、埋め合わせて聞いた話を引き合いに出したところで何の決め手にもなりはしなかった。ただ握った銃の重みだけがリアルと手に蘇る。

 そもそもいつでありどの日だと指定できない日常とはファンタジーそのもの、しょせん消費してきた時間の総体イメージだ。この重みを振り払い、そんな日々に戻りたいと言ったところで曖昧が過ぎ、百々自身もう無理だと薄っすら感じとれていた。なら変わることなく消費して進めと。その先に「かつて」はあると。聞きそこなったロックスターの歌こそここぞで鳴り響く。

 果てに迷惑をこうむるのは面倒を見る方か。あえて危険に対峙する己なのか。考えたところで開かれた道は無駄な気遣いだと笑って百々を見つめ返していた。つられて、ほだされ百々もまた、進むべき方向へやがてやんわり頬を緩めてゆく。そんな具合に浮かべた「笑み」で余裕をもって、最初一歩を踏み出していた。

「あは。今さら守ってくださいって言うのも、照れますよね」

 まさぐったのは、ワンピースに合わせて提げてきた小ぶりなセカンドバックの中だ。それこそ目を瞬かせて一挙一動を見守る全員の前へ、すっかり用途を違えて使用していた片耳専用のイヤホンを抜き出す。

「じゃじゃぁーん。音楽、聞く時に使ってましたぁっ!」 

 そのさいの効果音は果たして必要か。曽我が、ハナが、吹き出しそうに顔を歪めてみせていた。百合草とレフはただ表情を強張らせると、背後でハートの鼻息とストラヴィンスキーの上げた声を、おお、と聞く。当然と言えば当然ながら乙部だけがやけに冷静と対処していた。 

「物持ち、いいね」

「貧乏なもので」 

 返して百々は掴み上げた端末を手の中で回転させる。見つけた穴へジャックを刺した。 

「また使う事になるなんて、ちょっとびっくりです」 

 液晶を弾けば音もなく表示が立ち上がってくる。

「何か仕様変更ありますか?」 

「いえ。何も」 

 問いかけに、曽我が慌てて真顔を取り繕っていた。果てに残る気がかりがあるとすればあの作業だろう。目の前でゴツイ音を立てて破棄されたマスターディスクが忘れられない。

「また登録手続き、必要なんですよね」 

 しかしながらそれは杞憂のようだ。

「職員としての個人データは抹消したが、事件関係者としてコピーは資料室に保存されている」 

 堂々、百合草は言ってのける。

 それってサギじゃん。 

 過るが百合草にはまだ言えそうにない。 

「て、手間が省けてよかったです。はは」 

 笑い、緩み切った唇を今一度、百々は真一文字と引きなおした。しかしながらどう考えても同等と行動出来ない負い目は大きく、埋まっていたソファから立ち上がる。思いを込めての一呼吸だった。誰もへ向かい頭を下げる。

「ということでまた、お願いしますっ!」 

 持ち上げたところにある顔もまた見つめて返した。

「間に合ってるって聞いたけれど、今度はこっちが間に合ってなさそうだから」 

 何しろすでに田所に絡まれた後だ。今後もおそらくその最たる被害者になるだろうレフへ右手を差し出す。応じて伸ばされたレフの手は、腰かけたそこから身を乗り出すだけで簡単に百々へと届いていた。

「残念だ」

「あはは」

 愛想がなくて安心できるこの感覚が不思議でならない。握り返して百々もへいこら、眉をへこませ笑った。

「あの場面で俺が堪えていたなら、ドドも飛び出すことはなかった。写真に写らずにすんだはずだ」

 続く言葉に驚かされる。だがそれこそ隠しっておくべきものだろう。

「そっちも撃たれずに済んだのに」

 皮肉へかすかに笑ったレフが手を解いていた。

 いや、これもまた日常だったろうか。在りし日は正体不明のイメージだからこそ、ここにもある。

「これで全員そろったようだな」

 百合草が声を上げていた。とたんハナが大げさなほど目を丸くしてみせたその意味は、おっつけ百々にも理解できたが、よもやハメられたのでは、と百合草をうかがい見たところで、今はその顔色を吟味している場合ではなさそうだと思う。

「これより我々が直面している案件に取り掛かる」 

 クリームイエローのワンピースのシワを伸ばすと、今夜は長くなりそうだと、百々はソファの上で座りなおした。

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