第13話 損失補填は他人任せ
数則とアビィの目指すモノレール駅には、既に虎顎のメンバーと思しき人物がいた。
先に町中にばら撒いておいたBFが彼等の様子を分析した結果、そう結論付けたのだ。男が一人に女が二人。なお、アイテールの塊であるBFはその後彼らに発見されて既に霧散している。
「ちっ……結局回り込まれてるんだからやってられないよな。さぁて、どう切り抜けるか……」
車を乗り捨てアビィの手を取りながら駅前までたどり着いた数則は、建物の隙間から様子を見て舌打ちする。駅の内部までは見えないが、あそこは事実上の無人駅でこの時間帯は利用者も殆どいない。割と喧嘩をするにはもってこいの場所だ。
だが、入口の人間だけでも数にして三対一だ。アビィを守らなければいけないというハンデを考えれば実際には更に難易度は上昇する。加えて相手は恐らく手練れで、その奥にはさらに敵が控えているかもしれない。
まともにやり合っては自殺行為だった。
「カズノリ……」
「そんな顔するなよ、アビィ。何とかするさ」
不安を隠しきれない顔で見上げてきた彼女の頭を優しく撫で、改めて作戦を練る。
(BFを大量生産して特攻させるって手もあるが、相手のベルガーが広域を攻撃できるとしたらこの見晴らしのいい場所では的になる。数だって俺の体力的に制限はあるから博打は嫌だな……)
付け加えるなら勿論アビィを守りながら生身で特攻するのもほぼ不可能。最も建設的なのは仲間に助けてもらう事だが、ティアを待つにしても行き先が割れた今となっては時間が惜しい。約一名間に合わないでもなさそうな者もいるが、物を破壊するのが専門みたいなベルガーなので出来れば頼りたくない。
なにより時間がない。既に数則とアビィが橋を突破したことは相手側に知られているのだ。このまま手をこまねいていると、今に虎顎の連中が押し寄せてくるに決まっている。出来れば短期決戦が好ましい。
(警察……も、アテにできない。所持品は小物と霊素銃のみ。アビィの能力を利用すれば突破も可能かもしれないが……今の彼女にぶっつけ本番でやらせると、下手をすれば俺も巻き込まれる。不確定要素が大きい)
もやもやと考えながら周囲に何か使える物がないかを探した数則は、そこであるものを発見した。
「待てよ……そうか、アレなら!」
その乗り物――少なくともアビィは初めて目撃するもの。
鉄の外装をその身に纏い、二本の足で大地に立つ――今や日本の工事現場の主役であるアイツが。
「よっしゃ! アビィ、車より面白いものに乗せてやる! 付いて来い!」
「カズノリ、ひょっとしてあれを動かせるの!? すごい……カズノリってもしかして『すーぱーまん』!?」
まるで遊園地で物珍しいアトラクションを見つけた様に、二人はそれに乗り込んだ。
= =
「来ねぇな」
「暇だ」
「ならトランプでもするか? 実はこの日の為にショットガンシャッフルの練習を……」
「そりゃ駄目だろ」
「それは却下」
「あ、さいですか……」
軽いジョークのつもりで言った男性は、他二名の女性の女性からの圧倒的な真面目発言にあっさり引き下がった。
目の下に星の入れ墨を入れたエキゾチックな女性は苛立たしげに、お団子ヘアの大人しそうな少女は暗く、そしてトランプを懐に隠した男はそんな二人の機嫌を伺うように話を続ける。
「しかし、そろそろ来てもいい頃なんだがな。さっさと来ねえかなー」
「来れば私の念動力で自由を奪えるのに……」
「自由を奪えれば私の力で視界も奪えるのに」
「そしてその二つが決まれば俺は働かないで良くなる訳ですね」
「その時はテメーに手柄はやらん!」
「師父に褒めてもらうのは私たちだけだ」
「そりゃ羨ましい限りだうんうん。俺は潰れたトマトになりたくないんで遠慮するがね」
その三人は、虎顎のエージェントの中では珍しくチーム行動を基本としている。
自分から動くのも待ち伏せするのも三人がかり。しかし三人が個々では弱いのかというとそうでもなく、ただそっちの方が行動しやすいからに過ぎない。
女二人はいつもこの調子であり、それに茶々を入れるこの男も大体はそんな感じである。ただ組織に入った時期が近いと言うだけで共に行動する彼らは寝食さえも共にしていたりする。
「手柄はいいんだよ。結果的に師父が喜んで俺が生きてればオールオッケーさ」
「お前は考えているのかいないのか分かんねー奴だな。この界隈に入ってるくせに命が惜しいのかよ?」
「でも……長く生きていれば、長く師父の役に立てる。それに、
「おい
「待てこら
「聞いたら教えてくれた。
「ち、ちっげーし!! でもホラあれだよお前と瞬……えっと、
頬を染めながらイジイジと指を突き合わせる
さりげなく
三人の信頼関係は厚い。なんのかんのと言いつつ結局手柄はいつも山分けだし、責任も常に山分けだ。今回も恐らくはそうなるだろう。
――と、そんな彼らの耳にあまり聞き慣れない重低音の振動音が飛び込んできた。
全員が同時に周囲を警戒する。前触れもなく聞こえたその音は、断続的にその音を高めていく。発生源は遠くない場所に思えた。
「……これは、重機か何かのエンジン駆動音か?」
「でも中統連の重機、もっと喧しい」
「ここは日本だぜ? 母国のポンコツより性能がいいんだろ」
この時彼らに一つ不幸があったとしたら、それは彼等が日本についての知識をそれほど豊富に持っていなかったことだろう。
霊素革命以降、世界各国はそのアイテールをどのように文明に反映するかで開発競争を起こした。だが、そんな中で日本だけはその競争に参加していなかった。それは何故か。
――諸外国とは比べ物にならないほどに国内の競争が激しく、またその競争が海外に介入できない域に達していたからである。
だから彼らは、ついつい自国基準でモノを考えていたせいで、次の瞬間視界に移ったそれに一瞬理解が追い付かなかった。
町の影から伝わる、腹の底を叩く振動。
少しずつ、だが確実に接近してくる何かの気配。
それはやがて、ビルの影からその姿を現した。
「……な」
「……ん」
「……だ、あれ」
無骨ながら人間の四肢を模していることが分かる、巨大で威圧的な人型。表面を鉄板で覆われたそれは振動音と共に日光を反射し、電柱並みに高い巨躯を晒す。
頭部に当たる部分には代わりに操縦席が設置されており、そこに――きゃっきゃとはしゃぐ少女を後部席に乗せた一人の男が座っていた。
その全高、八.七メートル。
その重量、六〇トン。
最大出力、五〇〇〇馬力。
それは日本の科学技術の結晶にして、作業用二脚重機という名の
『こんなおっきな機械、見たことも聞いたこともない!!』
『唸れ、
どことなくカンフーでも出来そうな無駄に格好いいポーズで、それは全く意味のない前口上を言い切った。
直後、地響きを立てて時速八〇キロ近くで迫るその鋼鉄の巨人が、三人の眼前に突っ込んできた。その迫力たるや、なまじ八メートル以上あるだけにダンプカーがアクセル全開で迫ってくるそれを遙かに上回る。漸く我に返った三人は、即座にそれを停止させることを諦めた。
「う、え!? それで突っ込んでくるのかよ!?」
「やばっ……!」
「に……逃げろぉぉぉぉぉーーーーーーッ!!!」
直後、蜘蛛の子を散らすように逃走した三人の後ろにあったモノレール駅に鉄の巨人が轟音を立てて突入した。
「ワーハハハハ! 馬鹿め、日本男児たるものが二脚重機の運転免許を持ってないと思ったか!!」
多分ここに別の日本人がいたら「持ってない人いっぱいいるけど」と反論すると思われる。
割れる地面、巻き上がるコンクリートとタイル、そして擦りまくって電灯を砕いて光を全身に浴びるその雄姿。いっそ清々しいまでに行く先を破壊したそれは、ある意味壮観だった。
モノレール駅はそれなりに大きな駅で店舗などもいくらかあるが、基本的には入り口から改札までは直通だ。天井の高さが約六メートルとそのまま入るには足りないが、この「ナガト八式」は二脚重機の中でも珍しく脚部にランドホイールという移動用タイヤが内蔵されているため、上手く姿勢を取ればギリギリで突入可能だと踏んでの行動だった。
若干天井を擦ってはいるものの、目論見通りだった。駅内部には非ベルガーの武装兵がいたようだが、残念な事にナガト八式の速度と装甲に対抗できるはずもない。皆が皆、悲鳴を上げて進路から飛び退いた。
土木作業用に発売されてはいるが、最早これは一種の兵器である。無断拝借なため後で色々と言われるかもしれないが、その時はテロリストの所為にすればいいだろう。テロリストもたまには役に立つものだ。
「車よりも高くて見えて景色が全然違う。不思議……!」
「公道を乗り回せないのが残念でしょうがないな! わは、わはは!! 運転するの一年ぶりだけど!」
「一年前は何で運転したの?」
「事務所の資金が完全に底を尽きたから土木のパートアルバイトだ! 意味はまた今度教える!」
しかし運が良かった、と数則は苦笑いした。
工事現場に置きっぱなしにされていた作業用重機の中に悠然と佇んでいたこの重機がなければ、もっと苦戦する羽目になっただろう。ちなみに良い子には教えられない方法で操縦席を開け、良い子には教えられない方法でキー無しにエンジンを起動させたので、法的には完全に泥棒である。
だが大丈夫。その罪を帳消しにする方法はいろいろと考えているからだ。
改札までやってきた数則は、二脚重機のアームを巧みに操って改札を叩き壊して操縦席から降りる。本来は防犯用の進路妨害システムが存在するのだが、今回は予め無茶をする旨をBFを通して天専に伝えてあるので壊しても問題ない。
あそこの手回しはベルガー抜きにしても警察以上。ついでに援軍のベルガーでも送ってくれればよかったのだが、流石にそれは望み過ぎだろう。
「あれに乗れば後は天専へ一直線だ! 舌を噛まないように口を閉じててくれよ!」
「う、うん!」
モノレールは最低限の人員を残して後は全てオートメションになっている。その懸垂式モノレールがドアを開放した状態で二人を待っていた。操縦席のハッチを空け、アビィを抱っこして飛びだし、モノレールに走る。
あとほんの十数メートルでゴールインだ。
――が、相手はそれで終わるほど諦めの良い相手ではなかった。
「アイテールが歪んでいる……? 何か来るか!」
背後でアイテールが不自然に収束している事に感づいた数則は咄嗟に背後を向いた。その瞬間、収束したアイテールが空間を歪め、その中から何かが実体化する。
「テレポートアウト! ……いたぞ、素体だ!」
「テンメェェェ……! さっきはよくもやってくれたなぁッ!」
「私達三人の本当の力、見せてやる」
「む、『
入り口付近にたむろしていた虎顎の刺客がもう追い付いてくるとは流石に予想外だ。しかも、考えうる限り最も相手にいてほしくなかった空間転移ベルガー。そう判断するなり、数則の行動は早かった。
アビィを素早く片手抱えにし、開いた手を霊素銃へ。
既にアイテールの充填を終了させてあるそれを腰だめに発砲。発砲の反動で天井に撥ねた銃身で天井にもう一発。
両方とも狙いを定めてから放つまでにかかった時間は0.1秒以下。
これで狙い撃ちならば恐るべき早撃ちだったのだろう。だが初弾は壁に命中し、もう一発は天井部分に。これでは取り敢えず牽制に撃っただけに過ぎず、その程度のこけおどしは三人に通用しない。
その一瞬の間に三人は銃の射線上を離れて数則たちを拘束しようと動き出していた。
「そんないい加減な射撃、当たる訳ないし」
「ヤケっぱちなら止めておけ。俺達はそんなので怯むほど素人じゃないぞ」
「何がしたかったのかは知らねぇけどよぉ……あんた、もうアタシの念動力の間合いに入ってるんだよねぇッ!!」
意識を素体と数則に集中させ――ようとした瞬間、念動力エージェントに予想だにしなかった災いが降りかかった。
「ぶわぁっ!? あぶぶぶぶぶ!? み……水!」
「違う、泡だ! 消火用のスプリンクラーか!?」
突如、天井から凄まじい水圧の「泡」が噴出された。
泡は器用に彼女の顔面に直撃し、使用する筈だった念動力は集中力を保てずに力を霧散させた。
「まさか、天井の一発はこれのために……!?」
天井に放たれた霊素銃の射撃。それが、天井のスプリンクラーを吹き飛ばしていたのだ。折角の出番が台無しになった念動力エージェントは何が起きたのか分からず泡に塗れてもがいている。
「なら、私が!」
もう一人の女エージェント、
「うぁッ!? 非常ベル……!?」
突然の音に集中力が乱され、使うはずだった
放った弾丸の一発が火災報知機のボタンを撃ち抜いていたのだ。つまり、あの二発両方が相手を一時的に無力化するための作戦。
相手が間抜けで助かった、と数則はアビィを背に抱えてモノレールへと乗り込もうとする。
だが――扉の先にいたのは、
「瞬間転移を使えるなら、当然先回りすると思わないか?」
スプリンクラーも警報ベルも冷静に見極めたうえで、改めて最良手を打つ。
他の二人のミスを常にカバーする彼らしい、堅実な行動だった。
「ぐっ……しまった!」
「西部のガンマン気取りもそこまでにしてもらうぜ……死にな」
霊素銃の照準を合わせるより早く、瞬転は右手に握ったスタンガンを弾丸のような速度で数則の首筋に叩きこむ。
このスタンガンは違法改造によって致死レベルのアンペアの電流を流すことが出来る。短距離テレポートによる一撃必殺の攻撃――その戦法で彼は今まで生き延びてきた。
勝ったな――と確信した、その瞬間。
『モノレールが発進します。危険ですから、白線の外へお下がりください』
「ふう、間に合ったな。バレないかヒヤヒヤしたけど」
「モノレールって、あのぐるぐる回るの付いてないんだ。なんだか不思議」
「ああ、タイヤの事か? いや、見えないだけでちゃんとついてるよ」
反対側のホームから、極めて呑気な会話が聞こえてきた。
「……へ?」
後ろを向くと、反対ホームには素体ことアビィと仲良し子好しで手を繋ぎながらモノレールに乗り込んだ数則の姿があった。
ビー、と鳴るブザー。
音もなく発進するモノレール。
「え? ……えっと、え? じゃあ、こっちのターゲットは……」
何が起きているのか分からずに、先ほど始末した数則を見ると――。
「……至極残念なことに、本物は駅の別の通路を通って天専行きのモノレールに辿り着いたよ。試しに空間転移で追い縋ってみるかね?」
ギリギリでスタンガンを掴み取っっていたもう一人の数則――BFが誇らしげに笑っていた。
「こ……こいつ、今まで気付かなかったが人間じゃねえ! アイテールの塊、異能で作った分身か何かかよ!?」
「はああああああああッ!? ちょ、ちょっと待てよ! それじゃアタシたちが分身をノコノコ追いかけてる間に……!?」
「本物は悠々と、モノレールに……」
空間転移は座標指定を行うことで任意の場所へ移動する。つまり、高速移動するモノレールの内部にテレポート・アウトすることは不可能と言っていい。
やや遅れて、自分たちが『
「ナガト八式から下りた時には既に
既にアイテールとして崩れ落ちつつあるBFは、喋らないアビィのBFを抱えたままウィンクする。
虎顎エージェントたちは断続的なテレポートでモノレール乗り場を目指していた。
当然ながら三人は数則が分身又はそれに類する能力を持っていることは予想していた。だが、モノレール駅の乗り場を目指していることは状況からして自明の理。しかもそこに至る道は一本道。故に移動ルートは一本に限られ、分身を使っても意味はないと踏んでいた。
仮に分身されたところで念動力を使ってまとめて捕まえることは十分に可能だったため、引っかけの可能性は完全に排除していた。
それに対して数則たちの行動の時系列を整理すると以下の通りだ。
まず、ナガト八式を降りた数則とアビィは、すぐさま
まだ追手が来ていないことを見た数則は、自らはアビィを抱っこして先行し、二人のBFをナガト八式に待機させて時間差で出発させる。これによって後から来た追手はBFの事をたった今出てきた本人だと誤認する。
もし本物の位置がばれたらBFを増やしつつ霊素銃で挟み撃ち。ばれてないならばBFはそのまま本物のふりをしながら妨害する。そうしてBFと連絡を取りつつ状況を見極めた数則はそのまま天専行きのモノレールまで回り込み、その間自分たちの存在が露呈しないようにBFが全力の抵抗を試みた、という訳だ。
ちなみに彼等は地元の人間でないが故にもうひとつカン違いをしているが――そもそもホーム入り口から見て手前のモノレール、つまりBFが向かっていた方のモノレールは戻りのモノレールだ。
せめてそのことを知っていれば回り込むモノレールを間違えることはなかったのに……と言っても後の祭りである
ちなみに同時存在の能力は、実は本物の持ち物までコピーすることが出来る。霊素銃はそのコピー品だ。……というか、それが出来なかったら数則はただの全裸分身製造機になってしまうのだが。
相手が空間転移持ちということで内心かなり肝を冷やした師法だったが、結果として彼の采配は見事に勝利を導いた。最早あの三人組には本物を追う余力もなければ、追う方法も無くなった。
「さて、些かあっけない幕切れだが、これで王手のようだ」
BFが、敗者となった三人に冷たく言い放った。
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