第11話 出費が激しいと赤字になる

 とある街の山奥――。

 少し離れたところには誰が使っているのか道路が走り、山の環境はいいがそれ以外には何もないような、そんな森の一角で、警察が大規模な捜査を行っていた。

 周囲には力任せにへし折られた樹木やめくり返った大地、そしてあちこちに火を放たれたような燃焼の痕が見受けられる。既に捜査はひと段落着いたのか、一部の捜査員は折れた樹木を椅子代わりに休憩している。


「嵐のような1日だったな」

「ええまったく。もう疲れやら焦げ臭いやら肩が痛いやら……」

「大変な事態だったしなぁ。ほれコーヒー、一本300円」

「もう持ってます。というかそれ、さっき捜査員全員に配ってた奴でしょ? 無料で貰ったものに値段付けるなんて阿漕なこと言わないでくださいよ」

「ちっ、昔はもう少し可愛げのある後輩だったんだがな……」

「求めないでくださいそんなもの」


 漸く現場の整理を終えた先輩刑事は、後輩に押し付けようとしたブラックコーヒーのプルタブを引いて香ばしい液体を呷った。と、同時に顔を顰めてため息を漏らす。


「苦い。俺はカフェオレかコーヒー牛乳がよかったのに、なんでブラックしかないんだ!」

「お茶だってあったでしょ?」

「全部緑茶だった。緑茶は苦いから飲まん」

「どんだけ苦いもの嫌いなんですか! まさかいい年してピーマン嫌いなんて言わないでしょうね!?」

「……食べれないわけじゃない。苦手なだけだ」

「かーっ、この人はもう……」


 だいたい、ブラックとはいってもそのメーカーのものは飲みやすいようにミルクと砂糖が入っているだろうに、と呆れ果てた後輩は自身のコーヒーを飲み干す。コーヒーの味はするが、それほど苦いとは感じなかった。


「……で、甘党先輩はさっき上がったボンボンの証言、どう思います?」

「どうってお前……とりあえず逮捕は免れないだろうな」

 

 後輩の言うボンボンとは、この山を滅茶苦茶にした犯人と思われる容疑者のことだ。

 今現在警察のいる山から二〇〇メートルほどの場所に、とある個人所有の山があり、容疑者はそこの所有者だった。父親はIT企業の重鎮で、その息子である彼は才能だけはあったのか株で大儲け。巨万の富を得た彼は海外で豪遊したり国内で豪華な別荘を建てたりと豪勢な生活をしていた。


 だが、最近になって彼は自身の所有地であるこの山の別荘にばかり足繁く通うようになり、しかもしょっちゅう大きな荷物を入れるようになった。それに呼応するように、隣の山では聞いたこともない獣の遠吠えや、生息する野獣の変死体が次々に発見されるようになり、昨日ついに我慢の限界を迎えた住民から捜査要請があったのだ。


 その結果、発見されたのがこの荒れ果てた山肌である。

 実際にはその場所にはもう一つ警察の度肝を抜く存在があり、それは既に証拠物として運び出されている。そのせいで二人は他の警察の面々と共にこんな山奥で腰の痛みに苛まれているのだ。


「まさか、自分の所有地で『怪獣』を飼育してましたなんて……しかも手懐けに失敗して逃げられてちゃ世話ないぜ」

「そうですね。発見した時には黒こげにしたいでしたけど、六、七メートルはくだらないサイズでしたよ。まさしく怪獣……いや、恐竜?」

「検査結果さえ出ればどっちでも一緒だ。あーあ、ジュラシックパークの時代が来ちまったな」


 産業革命や戦争がそうであったように、劇的な環境の変化は多くの金と人員を動かして技術の発展を促す。現代の技術力は全体的に見て、二十一世紀初頭のペースから考えれば二〇年ほど進みすぎているそうだ。

 その原因である『アイテールの発見に伴う技術発展』――通称『霊素革命』は、ベルガーの異能発動メカニズムの研究による生物工学分野の大発展をも齎した。


 その結果、現代の技術力を使えば出来てしまうのだ。

 合成獣だの恐竜だのといった、いわゆる『怪獣』が。


 もちろん金も設備もかかるし一般的とは言い難い。だが、それでも逆を言えば金と設備さえあれば生物工学の粋を尽くした化け物というのは製造出来てしまう。

 事実、一〇年ほど前から日本を含む世界の各地で新種とも雑種とも知れない奇妙な生物の発見や捕獲例が後を絶たず、数年前には純粋種保護の為に国際条約において「遺伝子操作生物種」の厳しい規制が定められた。


「当時は相当話題になったな。生態系への悪影響とか倫理とか、動物愛護団体と宗教がぶつかってちょっとした暴動になったり。結局、国が有害でないと認定したもの以外は一切合切禁止ってところで蹴りが付いた」

「でもいまだに悪趣味な連中はこうしてこっそり作って飼ってるのが困りものですよね。しかも今回のはべらぼうにでかい。日本で発見されたものとしては最大級じゃないですか?」

「ああ。まったく、もう飼い始めて数か月だっていうじゃないか? よく今まで犠牲者が出なかったもんだぜ」


 今のところ、警察の予測ではその怪獣が暴れた結果、隣の山に侵入して餌として動物を捕食しながら住み着いたのだろうというものだ。

 しかしそうなると不明な点が一つ浮かび上がってくる。


「しっかし、なんであの怪獣は真っ黒焦げになってたんですかね? 生物改造で無理やり炎が吐けるように作られた結果、上手く行かずに自分の炎で燃え散ったとか?」

「けっ、ゴジラじゃあるまいし火なんぞ噴かれてたまるか。それだったらこんなに派手な焦げ跡が残っているのに山火事にならなかったことの説明がつかんだろうが。誰かが焼き殺したんだよ」

「誰かって……ベルガーですか?」

「そうなるな。そうなるんだが……」


 先輩刑事は腰を上げて周囲を見渡す。


 例の怪獣が倒れ伏していた一から目算で、半径三〇メートルほどの草木がすべて燃やし尽くされた焼野原を。

 きれいに円を描くようなその炎はただの炎ではない。

 火が付いた割には灰が少なく、特に円の中心に近い部分はまるで炭焼き職人が作ったかのようにきれいな原型を留めた黒に染まっている。炭を割ってみれば中まで完璧に炭化し、一般に販売する炭と遜色がない。

 単に火がついたのではなく、まるで『燃やされたという結果』だけを張り付けられたかのような延焼のない燃え方は、通常ではありえない。


「こんな広範囲を丸焼きにして、挙句怪獣の体を半分炭化させるほどの熱量を操れるベルガーだと……? こんな火力が出せるベルガーなんてホイホイいるものじゃないぞ」


 ――その後、この燃焼の痕跡に関して新情報が出ることはなく、調査は打ち切られた。ベルガーの蔓延る異能社会では、時たまこういった出来事が起きては、過去という名の書類の中に埋もれていく。




 = =




『だ、か、ら! やりすぎなんだよこの放火魔プロマニアックが! 毎度毎度仕事はこなす癖に余計な被害ばかり出しやがって………!』

「う……しょうがないじゃん、コントロール難しんだから。山火事にならなかった時点でスゴイのよ!?」

『嘘をつくな嘘を! どうせ面倒になったかハイになってやりすぎたんだろう!』

「うぐぐ……しょうがない。正義の味方として余計な損害を出してしまったのは事実だし、報酬から被害額引いておいて」

『アホ。あの山はなぁ、すげぇ良質な杉の木が大量に生えてたんだよ! 隠蔽の後始末の代金を鑑みてお前への報酬はゼロだ! 金要求しないだけ有難がって咽び泣け!』

「むぐぐぐぐっ……はぁ、またカズに叱られちゃうわね」


 電話越しに依頼者の男性と携帯端末で会話する少女は、その肩を落として深いため息をついた。


 正義の味方を自称するその少女は、実際には少女などではなくれっきとした成人だったりするのだが、そんなものは言われなければ気付かないほど彼女は小柄だった。

 依頼者は違法生物の販売経路を暴いていた過程で危険性の高い個体の存在を知り、憐れな犠牲者が出る前にその始末を彼女に依頼していた。だが彼女は余計な損害を大いに出してしまい、この有様だ。


『ったく、ベルガーとしてはトップランカーに数えられるくせに、肝心なところでヘマばかりしやがって……証拠を残すような真似してないだろうな?』

「しないわよ。空飛んで行って、空飛んで帰ってるんだもん」

『はぁ……どこから突っ込んだらいいんだか。もういい、お前とも長い付き合いだ。今回はちょっとだけ色つけてやるよ。いくら正義の味方でも、腹が減ってはなんとやらだ』

「オネガイシマス……」


 情けない声でそれだけ絞り出した彼女は、通話を切って端末の画面をGPSモードに切り替える。


「そろそろ関西エリアを越えるわね。……って、アレ? カズとティアからメッセージ?」


 珍しいと思いながらも、彼女はそのメールを読んだ。



 日本の上空――高度約一〇〇〇メートルを、某鉄腕のロボットのように足の裏から炎を噴出させて。


 これが、数則たちが事務所を出た直後の出来事である。




 = =




 同刻――とあるプライベートジェットの中。


「はぁぁ……今回の依頼は結構ハードだったな」


 国内で同僚が巻き込まれている大事件など露も知らない青年は、凝った肩をほぐすように首を回してため息をつく。

 すらりとした長い足と整った小顔は男性アイドルだと名乗っても通じそうだが、彼の本職は芸能人などではなく戦闘が中心だった。所属はプラムなんでも相談事務所。遠出担当にされることは多く、今回の彼は一週間近くもアライバルエリアを離れていた。


 行き先の依頼主の好意でプライベートジェットを用いての帰りになったのは彼にとって有難かった。たどり着いた数日ぶりの日本にひどく懐かしい感覚を抱いていると、携帯端末に通信が入る。


 その内容を見つめた彼は、そのまま帰る場所であるアライバルエリアの情報をネットで調べ、熟慮し、仲間のGPS情報を調べたのちにジェット飛行機の機長に声をかける。


「すみません、至急この地点に向かってくれません? 一度ここからパラシュートダイブしなきゃいけなくなりまして……」

「ほほう、まるでハリウッド・スターですな」

「無茶言ってすみません」

「いえいえ、我らが依頼主の恩人である貴方の頼みならば」


 機長は嫌な顔一つせず快諾し、彼は機内のパラシュートをせっせと装着する。読みが正しければ、後詰めの仕事が必要になる。


「まったくカズさんは相変わらず綱渡りしてるなぁ……うっし、体に鞭打ってもう一仕事やりますか!」


 整備を終えた特注の霊素銃のグリップを掴んだ男は、それを慣れた手つきで腰のホルスターに差し込んだ。

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