第7話 お金の為ならエンヤコラ

 プラムなんでも相談事務所の車には、リアルタイムで町の事件事故、何かしらの出来事を表示する機能がカーナビついでに存在する。


 なんでも屋は情報が命。

 依頼を貰えそうな事件があれば、弱小何でも屋や新参何でも屋はアリが群がるように事件現場に押し寄せる。その事件が、数則たちが事務所を出た直後辺りから急速に増加している。


 町のあちこちで立ち昇る砂埃、炎、雷、毒々しい煙……それが意味することは、虎顎の追っ手が急速に接近しているということだ。それも、日本の犯罪組織では考えられない数で。

 マモリが栄養ゼリーを飲みながら呆れた。


「流石は人海戦術の国。幾らアライバルエリアの治安がイマイチとはいえ、この乱痴気騒ぎは異常だ。ここまで数を揃えられるとなると、虎顎の幹部格でもいるのか……頭を捕まえられれば理想だが、厳しいか?」

「一応伝手は使ったが、まぁ無理だろうな。相手はあの大陸で成り上がってきたような奴だし、下手すら最後まで尻尾見せないと思うぜ」


 いいニュースはないが、数則にもマモリにも別段不安はない。アライバルエリアはピンチの時こそ一層逞しくなる。あれだけ派手な戦闘が起きているということは、迎撃する人間も派手にやっているのだ。

 アビィは二人の纏う気負いのなさに緊張が解けたか、或いは目の前のお菓子に夢中なのか特に不安を口にはしない。


「ぱりぱりでさくさく……しょっぱくて、それで……!」

「美味しいか?」

「おいしい。これがおいしいってことなんだ……!」


 マモリのカロリー補給用ポテトスナックを目を、輝かせて貪るアビィ。彼女の処遇を聞く限りでは高度に栄養管理が為されていたことが予想されるので、ジャンクフードの単純な旨味は未知との遭遇なのだろう。

 すっかりお菓子に魅了されたアビィの幸せそうな顔を見ていると、数則まで腹が減りそうだ。

 と、BFがちょうどいいサイズのスナックを数則の口の前に笑顔で差し出す。


「ほら、俺。あーん」

「いらんわ気持ち悪いッ!!」

「つれないな。しょうがない、マモリ。あーん」

「うむ」


 マモリは何の抵抗もないとばかりにBFからスナックを口で受け取る。さながらピクニックに向かう家族のような雰囲気になってきたが、追っ手そのものはすぐ傍まで迫っている。


 間もなく、道路のど真ん中に仁王立ちする体格のがっしりした男が遠目に見えた。異能の力を発動させるためか、それとも何らかのドーピング手段を用いているのか、その全身からは可視化出来るほどの霊素が渦巻いている。


「我が鋼鉄の肉体は如何なる攻撃も受け付けん……そして我が筋肉は戦車さえ受け止める剛腕ッ!! ここで足を潰して素体を連れ帰ってく――!!」

「放電ネット射出」


 数則がハンドルの近くのボタンをポチっと押すと同時に車のバンパーの隙間から小型バッテリー付きの放電ネットが射出され、男に何も行動させず絡め取った。当然、ネットからは人を無力化させるのに十分な電流が流れている。


「アバババババババババ!? おおおおののれれれれッ!! ここここれし、し、しきぃぃぃッ!!」

「ん? しつこいな。遠隔で出力を上昇っと」

「やめバババババババババッ!?」


 果たして男の持っているであろう異能がどんなものだったのかは不明だが、少なくとも電気攻撃には為す術ない異能だったようだ。男は電流を受けてひたすらに痙攣し、それ以上何もすることは出来なかった。


 アライバルエリアは技術的にも発達したエリア。割と原始的な戦いになりがちな中統連はこの手の絡め手にそれほど耐性がないようだ。


 アビィがふと頭を上げてきょろきょろする。あの男の思念を感じ取ったのかもしれないが、急いでいるので彼はアビィの能力有効範囲をあっという間に通り過ぎ、アビィは気のせいかとばかりに今度はチョコクッキーに手を出していた。

 夢中で食べる彼女にマモリも慈しむような視線を向ける。


「あまくて、でもちょっとだけにがい……こんな不思議なものまであるんだ!」

「手と口が汚れてるぞ、アビィ。ほら、拭いてあげるから」

「?」


 自分の手と口がお菓子の油や溶けたチョコ塗れになっていることに気付いていないアビィはきょとんとした顔をした。そのあどけない顔に数則とマモリは思わず笑みが零れた。

 やはり子供は、無邪気な顔が一番いい。


 だが、敵の刺客が途切れることはない。

 今度は数人の男女が道路に立ち塞がる。

 しかも彼らは道路を通る車を次々に襲ったのか車両のバリケードを積み上げていた。止めとばかりに、これも異能の力か車と車の隙間を土やコンクリートが埋めており、構造的に弱い部分が見当たらない。


 手慣れた犯行に思わず数則は舌打ちする。


「チッ、考えたな……しかも人が閉じ込められてやがる! 強引に突破は無理か……!」

「今からでは迂回路も封鎖済みのようだ。どうする、カズ!」

「……このまま突っ込むッ!!」

「本気かッ! ロックだな!!」


 逡巡の末、数則は無謀としか言いようのない決断を下す。普通であれば自棄になったと思う所だろう。


 しかしマモリは知っている。

 数則はプラムなんでも相談事務所の頭脳に相応しい判断力の持ち主であることを。


 一方、待ち伏せしていた虎顎のベルガー達は混乱した。


「イカれたかあの日本人、突っ込んでくるぞ!!」

「どうする、手を出すか!?」

「駄目だ、あの速度で下手に手を出すと中の素体が死ぬ!!」

「バリケードを開けないか!?」

「無茶を言うなッ!! もう間に合わんッ!!」


 彼らにとっては即興バリケード設置は十八番であり、軍用車両であっても一度は耐える強度だ。故に彼らは車が止まらない可能性を頭から除外していた。


 素体の保護を最優先とする虎顎にとって、素体もろとも特攻を仕掛けられるのは最悪の事態に近い。素体を傷つけない為にバリケードの解除や土を用いた衝撃吸収の小細工をしようとしているが、車の速度が想定以上に早くて全く間に合わない。


「どうする、ここでミスすれば――!!」


 この時、彼らは慌てる余り大きなミスをしていた。

 背後から忍び寄る怪しい影が地面を触っていることに気付かないという、大きなミスを。


「そんなに困ってるなら手伝ってあーげよっと!」

「なっ、何奴――!?」


 瞬間、周辺のバリケードと虎顎の異能者全員の足元が突如として消失。どこに繋がるとも知れない沼のような闇に、全てが一瞬で沈んだ。


 その異能――『亜空格納パッチポケット』を発動させて敵を亜空間に取り込んだその人物は、十代中ごろの少女だった。やたらポケットの多くだぼっとした服に身を包み、ゴテゴテした刺繍のキャップを被っている。

 彼女は道の脇に移動し、ポケットからスティック付きキャンディを取り出して舐めながら数則たちに手を振る。


「サンキューな、神隠かみがくれッ!!」

「いーっていーって。犯罪者捕まえたらサツから小遣い貰えるし。んじゃ、何だか知らんけどがんばれっ!」


 彼女の名前は神隠かみがくれ夕菓ゆか

 この町の不良中学生である彼女は、たまに異能を使った小遣い稼ぎにも励んでいる。この町では明らかに現行犯である犯罪者を負傷させず無力化した善良な市民にお小遣いが貰えるのだ。


 元は異能犯罪発生初期に治安悪化を防ぐための苦し紛れの特別法だったが、今では何でも屋の強い味方であり、彼女のような人物の財布のお供でもある。


「へへ、カズのおかげで儲けちゃった♪」


 夕菓ゆかは今回の儲けの皮算用をして頬を緩める。

 なお、より少ない被害で事態を収束させれば小遣いには色がつく。なんでも屋とは少々毛色が違うが、この手の小遣い稼ぎで収益を得る人物もアライバルエリアにはいる。


 尤も、周囲に余計な被害を出した場合は当然小遣いなしだし、酷い場合は現場を余計に荒らしたと罰金を持っていかれ、大きなヘマをすれば逮捕もあり得る。その難易度の高さから、この小遣い稼ぎをする人間は少ない。


 その点、夕菓の異能『亜空格納パッチポケット』は相手を無力化するのに極めて有用だ。

 異能の力を物質の表面に張り付けることで、張った部分を亜空間の入り口とするこの力は、亜空間内で物や人を分別したり、亜空間内に快適な部屋を作る事さえ出来る極めて高度な異能だ。


 デメリットも相応にあり、例えば先ほどのように大規模に力を行使するにはインターバルが必要なために扱いは難しいのだが、数則は先ほど彼女が近くに居ることに気付いてわざと囮を買って出たのだ。


 夕菓は車を飛ばす数則の姿や、瞬時に自分に期待してくれたことを思い出してもじもじする。


「あー、やっぱカズはかっこいいなぁ。あれでカノジョ持ちじゃなかったらカンペキなのになぁ~……」


 嘗て不良だった夕菓を依頼で更生させた大人の男に、彼女は今も淡い初恋の心を抱いている。そのことは、誰にも話せない彼女だけの秘密である。


 ――この町は、利害さえ一致すればだれでも味方になりうる町。


「な、なんだお前ら!! 我等の邪魔立てをするか!!」

「何だと聞かれりゃ答えてやろう!! 迅速対応即日解決、何でも屋のライクリバーたぁ俺たちのことだ!! 不審者を店の前から退けろって依頼でやってきたッ!!」


「おっ、なんか高そうな服のおっさんたち居るじゃーん。犯罪者っぽいし身ぐるみ剥がしちまっても文句言われねぇよなあ!」

「おいお前ら、やっちまうぞッ!!」

「何なんだこのクソガキ共は……! 日本は治安がいいんじゃなかったのか!?」


「本部、本部! 異能者が暴れて手に負えん!! 異能課の連中をとっとと――」

「もう着いているし鎮圧も終わった。報告が遅いぞウスノロ共」

「弱い弱い! 一瞬で終わっちゃったよ! 日本のおまわりさんナメ過ぎて舌にオデキができちゃってるんじゃないかなぁ~?」


 虎顎は、日本のアライバルエリアを過小評価しすぎている。

 この町は、活きた町なのだ。


 数則たちは様々な追撃を他力で振り切り、モノレール駅へと向かう。しかし、彼らは虎顎の部下の中でも下級の雑兵が殆どであることにも気付いていた。

 恐らくこの先に待っているのは、大陸で修羅場を潜り抜けて練り上げられた猛者。国内外で仕事をこなしてきた百戦錬磨のエージェントたちである。

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