第5話 シノおばさん

マキさんは僅かに開いた襖の奥に目を凝らした。


肌が泡立った。

誰かがその隙間からこちらを覗いていたから。


ろうそくの頼りない火を反射した黒い目がじっと卓袱台の方を見ている。


すうっと襖が開いて。


白い寝間着を纏ったシノおばさんがぼうっと立っていた。


だらんと垂れた髪の毛の間からのぞく顔は真っ白で生気がない。

足を擦りながら、するするとこちらに寄ってくる。


従兄妹たちは皆凍り付いた様に動かない。


シノおばさんは卓袱台を見下ろした。


「裏お尋ねをやったのかい?」


囁くような声。

でも誰も答える者はいない。


「裏お尋ねをやったんだね?」


シノおばさんは繰り返した。


沈黙が流れ、外のごうごうという風の音だけが聞こえる。

何かを訴える様にろうそくの火が、揺れる。


「夜に裏お尋ねをやったらね・・・。鬼が来るんだよ」

シノおばさんは低い声で言った。

そして、懐から何かを取り出した。


それは黒くて大きな裁ちばさみだった。


駒に手を乗せていた男の子が失禁した。


「人殺し」


ヤエノが言い放つ。


「なんだって?」


「この、人殺し!!」


ヤエノは急に跳ね上がると叔母に飛びかかった。


薄暗闇の中で二人は揉み合いになった。

獣のような唸りをあげて争っている。

皆、茫然と見ているだけだ。


「あっ!」


やがてヤエノの小さな悲鳴が響いた。


ろうそくの火に照らされて見えた。

シノおばさんに馬乗りされたヤエノの喉に裁ちばさみがぶすり、と突き刺さっている。


ヤエノは必死で足をばたつかせたが口から血がごぼごぼと溢れ出し、だんだんと動かなくなった。


「あははははははははは」


シノおばさんは狂ったように笑い出した。


「何やってんだ!!」


突然電気が灯り、起き出した大人達が部屋に駆け込んできた。


「これはどういう事だ!?」


血の海の中に倒れたヤエノ。

シノおばさんの手に握られたハサミ。


男達はシノおばさんを取り囲んだ。


シノおばさんは振り返り板戸を蹴破ると、寝間着がはだけるのも構わず風が吹きすさぶ夜の中に走り去って行った。


マキさんが生きたシノおばさんを見たのはそれが最後だった。


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