第3話 裏お尋ね

裏お尋ね。

この家に伝わる死者やカミを呼び寄せる儀式。


ヤエノは皆に待っているよう告げると、他の部屋で寝ている大人達に気付かれないよう足音を忍ばせて部屋を出て行った。


しばらくすると小さな風呂敷包みを抱えて戻ってきた。

一昨年亡くなった祖母の部屋から取ってきたという。


「これが裏お尋ねに使う道具だ」


ヤエノはそう言うと風呂敷を広げた。


布団をどかして部屋の隅によけてあった卓袱台を持ってくると、その上に道具を並べていく。


まず古びた紙を広げる。

茶色く変色し、縁が所々破れている。


しかし書かれた文字は読み取る事が出来る。


紙の上部の真ん中に朱い鳥居が描かれていて、左右に"はい"と"いいえ"が配置されている。


ここまで聞くとこっくりさんの紙と似ている事に気がつくが、違うのはその下だ。


こっくりさんだと五十音が書かれるが、広げられた紙には大為爾の歌らしき文言が記されている。


大為爾の歌とは、いうなれば古の時代のいろは歌の一種だ。


『たゐにいて なつむわれをそ きみめすと あさり

おひゆく やましろの うちゑへるこら もはほせよ えふねかけぬ』


確かにこれなら五十音の代用となる。

ただしマキさんがまだ幼い時の記憶なので本当にこれだったかは定かではなく、もっと別の歌だった可能性もある。


歌以外には零から九までの数字と、東西南北などの文字が書き込まれている。


次にヤエノは将棋の駒ほどの大きさの木札を紙の上に置いた。

よく見れば木札は染料か何かで赤黒く塗られている。

何となく気味が悪い。


おそらくこの赤い駒がウィジャボードにおけるプランシェット、こっくりさんにおける十円玉の役割を果たす器具なのだろう。


最後に一本のろうそくを出して火をつけた。


「明るいと呼んでも出て来てくれん」


そう言いながら電灯を消す。


「あと、カヨちゃんが使ってたもの何かあるか?」


皆顔を見合わせた。

誰も持っていないらしい。

でも、マキさんは別だった。


カヨちゃんと取り替えっこした人形があったはず。

そう思って自分の荷物を漁ると、確かに布で作られた小さな人形があった。


ヤエノは人形を預かると紙の上の方に置いた。


そしてマキさんともう一人、男の子を指名して赤い駒に指を乗せるように言った。


「それじゃ始めるけど、裏お尋ねをやったということは絶対に秘密よ。祖母様がやらないように遺言で残したんだ」


「でもこれ、死んだ人を呼ぶんだよね?もしカヨちゃんが生きてたら?」


誰かが聞いた。


「それなら何も来ないはず。来ないなら来ないでいい。カヨちゃんが生きてる証拠だから・・・。でも来た時は皆落ち着いてカヨちゃんと話すんだよ」


ヤエノが一同を見渡すと皆黙って頷いた。


「そんならみんな、心の中で『カヨちゃん寄っといで、カヨちゃん寄っといで』って強く念じるんだ」


ヤエノは厳かに祭文らしきものを唱え始めた。


外ではいよいよ雨風が強く吹き付けている。


大人達はしこたま酒を飲んで深く寝入っているから屋敷の中はしんとしている。


その静寂に、ヤエノの唱える祭文だけが細々と響く。


マキさんはカヨちゃんを不憫に思ったので駒に指を乗せながら殊更強く念じた。


カヨちゃん還っておいで、カヨちゃん還っておいで。


そうしてどのくらい時間が経っただろうか。

ろうそくの火がゆらゆら、ゆらゆらと揺れ出した。


戸はぴっちりと閉められているので隙間風など入ってくるはずはない。

やがて再びろうそくの火がすうっと真っ直ぐになった。



カヨちゃんが、来た



マキさんは何となく分かったという。

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