エピローグ
リアーナは大々的に賊徒追討を公言したそうだ。
万が一にも前皇奪還などと言う恥部を曝け出すような言い方はしていないだろうが……それでも俺達がお尋ね者認定された事に間違いは無い。近隣諸国に御触書が回るのも時間の問題だ。
ハピルとの仲は、今回の事件を機に更に悪化しているらしい。ハピルと友好関係にあるホノカの故郷レタラモシリ、下手をするとランザッド北部を巻き込んで二度目の戦に発展するかも知れないと、ニルグレス中に緊張した空気が漂っている。
国一つを、もしかすると世界中から狙われる羽目になった俺達は、そんな昼間の重苦しい空気の街道を、馬に揺られててくてくと進んでいた。
手綱を握る俺の腕の間にすっぽりと収まったエリスが、胸に後頭部を押し付けてこちらを見上げる。
「……アスタ」
「どうした?」
「これからどうしよっか?」
「そうだな……一先ずこの大陸からさよならしないとな。このまま南下して港に向かうぞ」
「わかった」
俺達は数日前に宿を出発し、リアーナを大きく迂回して、南端の港湾都市へと向かっていた。
宿にはホノカに言いつけられていた通り、言伝を、簡単な暗号にして残してきた。これですれ違う事は無くなる。
「わたしの人相書き、どんな感じになってるんだろうね?」
「なんならその辺の街に寄るか?運が良ければ一枚くらい貰えるかも知れないぞ」
「んー。やっぱりいい」
「はは。賢明だな」
「……アスタ」
「ん、なんだ?」
「なんでもなーいよ?」
「……」
「アスタ」
「…………」
「……気持ち良いね」
街道の両脇は背の低い木々に挟まれ、往来は殆ど見受けられない。
「ああ……気持ち良いな」
春が過ぎ、雨季もそろそろ終わりを迎え。湿気を含んだ暖かな風は、そんな昼間の重苦しい空気にぴったりで、それがどこか心地よく感じられた。
少女の頭を撫でつつ、俺は更に南へと馬を進める。
ランプの灯がゆれている。
「そうだ。本は返してきてくれたんだね」
「……期限は過ぎてしまいましたが」
「ははは。それじゃあ意味無いじゃないか」
悪びれもせずに言う様子に苦笑いする。
「リアーナが動き出したようだね。僕たちには関係の無い事だけれど」
手に持った紙束をぱらぱらめくる。
「それで、何か収穫は?」
「……いえ、やはり実際に目にしない事には……」
「ふむ。まあそうだよね。いっそあの子を連れてくる手もあるのかな」
「……どういう意味ですか」
「ごめんごめん。忘れてくれ」
壁一面に取り付けられた書架から、一冊の本を抜き出す。
「神様は人や物を選り好みすると思うかい?」
「……さて、どうでしょうか」
「そうだね。神様は万物の創造主だ。自分の子供に順位なんて付けられない……それも人間の勝手な考察に過ぎないのだけど」
表紙の装丁を指先でなぞる。
「じゃあ、ラヴェスケープとは一体何なのだろうね?やっぱり神託では無いのかな」
「……では無いとして……」
「そこに差異は無いのだろうね。どちらにしても……彼女もまた、全てを覆すたった一人なんだね」
「……先生がそう仰るのなら、そうなのでしょう」
「結局のところ、現実に有り得たことだけが頼りだからね。ゆっくり探していこうよ。温かいお茶を淹れてくれないかな?」
「……少々お待ちを」
軋む音を響かせて、ゆっくりと扉が閉められた。
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