32・答えを探して

「ん…………」


 頭が冷たい。意識が覚醒してくると同時に、額の上の冷たさがしっかりと伝わってきた。


「んん…………?」


 寝返りをうつべく身体を捻る。すると今度は左腕に謎の重みを感じた。俺の眠りを妨げる奴の正体を暴く為、無理やりに目を開けてよいしょと起き上がった。額から濡れた布巾が落ちてくる。


 見慣れない場所だった。少なくともハピルの丸太小屋ではないのは確かだ。そして俺が寝ていた簡素な寝具にもたれ掛かり、腕にしがみつくようにして寝息を立てている少女が一人。


「……もう起きる時間だぞ」

「……んにゃ……」


 幸せそうにずりずり押し付けてくる頬をつつく。

「エリスさん。起きてください」

「ふむー。あす……あすた……」


「しっかりしろ。なあ、ここはどこなんだ?」

 彼女の寝惚け眼と視線が合う。


「ん…………アスタ!?」「おっと」

 急激に意識を覚醒させて跳ね起き、こちらに飛びついてくる。

「起きたんだ!よかった……アスタ……!大丈夫?どこも痛くない?」


 やや涙交じりに捲したてるエリスを引っぺがし、手を握って大人しくさせた。部屋の床には大量の布やら包帯、小瓶が散らかり、ひっくり返った桶の下は水浸しになっている。


「大丈夫だ、どこも問題ない……筈だ。看ててくれたんだな。疲れたろ」

「アスタ、二日も寝てたんだよ?もう起きないんじゃないかって……」

「あはは……心配かけたな、っと」


 長袖の上からで気がつかなかったが、彼女の手首や脚、首元にまで包帯が巻かれていた。尋常ではない量の怪我だ。


「傷だらけじゃないか。俺が……寝ているうちに何があったんだ?」

 すると少女ははっとして手を離し、襟元を引き上げる。


「平気なの。薬も効いてるし、……自業自得だから」

「……?」


「それより……いま、何がどうなってるのか教えるね」


 俺の横に腰掛け、事情を説明してくれた。二人逃げる途中、俺が意識を失ってからどうなったのか……たどたどしく語る彼女の内側に何があったのかまでは理解出来なかったが、終始こちらの手を握って離す事はなかった。


「……て事はやっぱり重症だろ!その傷で他人の看病なんか、」

「ほんとにもう大丈夫だってば」


 そう言いつつ、服をはだけ、包帯を解いてみせる。


 真っ白な柔肌の上から、肉が抉り取られたように生々しい傷跡が残されてはいたが、穴は塞がり、軽く動く分には支障はないとの事だった。


「ほら、ね?自身に回復術は使えないけど、わたしの薬は凄いんだから」

 こちらを見て微笑んだ。どう返していいものかと俯いているうちに、彼女はまた訥々と話し始める。


「……そう言う感じで、今ここに居るんだけど……」


「ふうむ。……因みにここはどこなんだ?状況からしてそう遠くまでは行けないだろ?」

「んと、“ガラド”って分かるかな。ここはホノカが案内してくれた宿なの」


 ガラド……確かニルグレス大陸の最北端だったか。辺境もいいところな田舎の国で、早馬でもかなりの期間がかかる。彼女が二日と言ったのは、恐らく宿に到着してからの時間のことだ。つまるところ、俺は数週間に渡って眠りこけていた事になる。


「…………」

「?アスタ、どうしたの?」


「いや、なんでも。それでホノカは?一緒に居たんじゃないのか」

「一旦ハピルに帰るんだって。ここまで送ってくれた後にすぐ居なくなっちゃった……」


 ホノカは一度城に戻り、事の顛末を報告しに行くそうだ。例えば、あの白銀鎧の男が殺されたという事……そもそも彼女はレタラモシリからの同盟使節の一員なのだ。まだやるべき事があるのだろう。


「でも用事が済んだら戻ってくる、って。……キミと話がしたいとも言ってたよ?」


「そうか…………分かった。あの皇女様の事は後回しだ。とにかくどこか良いところを探さないとな。いつまでも宿暮らしする訳にもいかないだろ」


「お金も殆ど無いもんね、どうするか考えなくちゃ。……ね、アスタ」


 不意に名前を呼ばれ、顔をあわせる。いつに無く真剣な面持ちで、エリスは言った。


「本当に……本当にこれで良かったの……?今ならまだ」


「何度も言うな。あの時も答えたぞ。俺にはお前が居なきゃ駄目なんだ」


「ううん、何回でも聞くよ。罪人と一緒になるんだよ?ノエルを……それにリアーナをどうにかしないと、一生追われ続ける事になるんだよ?……それでも、キミは一緒に来てくれるの?」


「そんなの、知った事か。だって俺は記憶を無くしてるんだからな」


 軽く唇を触れ合わせて、勢いよく立ち上がった。

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