23・舞踏のお誘い
「あんた、この間の……」
「えぇ、お久しぶりでございます」
そう言うと、道化服の男……エドワードは以前と同様、戯けて会釈をしてみせた。その隣で所在なさげに立っていた少女が進み出てくる。
ニルグレスに戻ってきているということは、囚われていた身が漸くしっかりと解放されたのだろう。船で見たときよりも血色が良く、こけていた頬も若干ふっくらしてきているようだった。
むっ、とエリスが謎の声を発した。
「ええと……エリスさん?何故むきになってるんですか?」
「……別にー?」
何が原因かは思い返す必要も無い。更に良くないことに、エリスの態度に気がついた少女が頬を仄かに朱に染めた。
「あ、あの……この間は唐突に、ごめんなさい」
「待て!別に謝るような事なんてしてないだろう?」
何故俺が間に挟まらなければならないのか。俺は何も悪くないのにっ。はて、と一人だけ事情を知らない道化が首を傾げる。
「ま、まあそんな事はどうでも良いんだ。それで、今日はどう言った話でここに?」
どうでも良いと一蹴された両者の表情がそれぞれ違う意味合いで陰る。その場を取り直すように道化が言葉を継いだ。
「さて、では立ち話も何ですし、宜しければ中へお通し願えますか?」
端から聞けばこの上なく図々しい台詞だが、現状これ以上に助かる発言は無い。
「そうだよな、立ち話も何だよな、ほら入った入った。エリス、お茶出してくれ」
不機嫌さを隠す事なくずんずん奥へ進んでいった。その様子を見て苦笑しながら、客人を中へと招待する。
席に着かせたと同時に茶が運ばれた。つとめて明るい口調でエドワードが彼女を褒める。
「ふむ、以前もそうでしたが中々のお点前で」
「はい、美味しいです……」
「……渋っ!」
俺の茶だけやたらとえぐかった。彼女がこちらを見て微笑んでいるが目が笑っていない。
和やか(?)な空気が部屋を満たす。少し間を空けて少女が話し始めた。
「自己紹介がまだでしたね……キースと言います、先日は、本当にありがとうございました」
「いや、こっちも貰うものは貰ったんだし、お互い様だ」
救出した対象が礼を言いに来るのは別段珍しい事ではない。こちらも仕事でやっている事なので気を使う必要は無いのだが、やはり言われて悪い気はしなかった。
ただ、ここからの台詞は何通りか考えられる。例えば、祝いや宴の席に招待されたり、縁談を持ちかけてくる事も。或いは、
「いえいえ……お嬢様がご無事だった報告を受け、頭領も大変感激なされておりました。そこで」
こちらを見る目つきが真剣になる。
「今日は御二方の腕を見込んで、もう一仕事お願いしに参りました」
大抵の場合はこれが多い。二度目の依頼で顔も知れている上に、外れ仕事を引く心配も無い。どちらにとっても好都合である。
黙って成り行きを見ていたエリスが言った。
「それじゃあ、内容と期間を聞かせてもらえますか?……実はわたし病み上がりで……」
気まずそうに視線を落とす。失念していた、こいつはつい昨日まで病人だったのだ。一人で赴いても一向に構わないのだが……俺達二人に声が掛かったのだから、単身で受けられそうなものでは無い筈である。
男と少女に軽く頭を下げる。
「そういう事だ。悪いが他を……」
俺の返事を聞いて慌てて手を振った。服の紅白がチカチカ入れ替わる。
「それには及びません、蔵の警備をして頂くだけですので。それに頭領も一度挨拶を、と申しておりまして……」
エリスと顔を見合わせる。愛娘を救った恩は思いの外大きいようだった。
「警備か……近場の蔵に賊でも入ったのか?」
「えぇ、掻い摘んで説明致しますとその通りです。商会や蔵の規模からして、次に狙われるのはウチで確定だろうと……」
確か、リアーナから南はコルリアまでを繋ぐ貿易商だと言っていたっけ。獲物としては大き過ぎるくらいだ。
でもとエリスが問いかけた。
「でもそれなら……元々沢山いそうですけどね、警備の人」
今度はエドワードが気まずそうに答えた。
「お恥ずかしながら、お嬢様の一件から、衛士の大半を屋敷へと回しておりまして……」
「純粋に人手不足なのか……」
「どうでしょうか、引き受けて頂けますか?」
そう言って改めて依頼してきた。
「そうだな、俺は別に問題無いんだが……お前はどうする?」
「むっ……キミが行くならわたしも行く」
確認しようとすると、エリスは考えるまでも無さそうに告げる。
「そ、そうか。また身体壊しても知らないぞ」
「いいの、もう大丈夫なの」
へいへいと返事を返して男に向き直る。彼はその反応を了承と見たのか、両手を打ち合わせて場を仕切り直した。
「御二方には希少品の一番多い蔵をおまかせします。先に地図をお渡ししますので、地形の把握をしておくのが良いかと」
キースと名乗った少女がくすんだ紙を手渡した。二人して中を確認する。
屋敷から離れた団地に大小様々な蔵が建てられていた。これでは確かに、異常が起きた時に屋敷から人を回すことは難しいと思われる。
また周囲を垣で囲ってはいるが、少々心許なさそうな雰囲気だ。中央に比較的小さめの建物があり、それが今回、俺達の任された蔵だった。
あらかた見終えると、男が立ち上がってこんな事を言った。
「では、出発しましょうか」
「おい待て、今からかよ」
思わず声を上げると、さも当然といった様子で頷いた。
「賊が犯行予告を送ってくれる、なんてことは無いですので……」
それもそうか。まさかそんな怪盗のような賊がいる筈もなく、俺達も椅子から腰を上げた。
「ちょっと、準備だけさせてくれ」
「ここからリアーナまで数日はかかるでしょ?むぅ、着替えが……」
「別に今のカッコで問題無いだろ。俺は気にしないぞ」
「もお、そういう話じゃ無いの!」
キースにカップを片付けてもらい、その間に手早く荷物を纏めた。そんな俺達をニコニコ眺めていた道化だったが、ふと思い出したかのように話しかけてきた。
「そうでした、今回のお礼の件を……」
「それだ、危うくただ働きになる所だったぜ」
「勿論、お支払い致します。するのですが」「……ですが?」
そこで、俺と寝室中を飛び回るエリスとを交互に見る。
「時にエリス様、舞踏会などにご興味は有りませんか?」
その声を聞きつけた彼女が顔を出す。
「舞踏会?」
「えぇ、この時期になると貴族達の間で毎年開かれる宴です。皆様仮面をつけての参加となりますが」
マスカレイドというやつだろうか。しかしまたどうして。顔を輝かせている彼女と対照的に疑問の視線を投げかけると、それに気付きわけを話してくれる。
「えぇ、本来は頭領やお嬢様方が出席なさる筈だったのですが……今年は法事が重なってしまいまして。依頼の礼も兼ねて招待状をお譲りしようという事になりまして」
「そういう事なら、有り難く貰っちゃおう!」
エリスの機嫌が急激に上昇する。
「そっちが良いのなら構わんが、衣装はどうするんだ」
俺の質問で彼女が崩れ落ちた。そこに助け舟が出される。
「それには及びません。こちらで見繕っておきましょう」
「ほんとですか!」
またしても右肩上がりに機嫌が良くなる。
「はい、警備の期間が終了しましたら採寸にお付き合い頂きます」
さて問題は俺だ。
「俺、踊った事なんて無いぞ……」
「えぇ〜」エリスがブーと不満を漏らす。「アスタ、ここまで話して怖気付いたら負けだよ」
「ぬぅ……そういうお前はどうなんだ」
「私は大丈夫だもん。任せて、エスコートしてあげるね」
これだけ言われては逃げるわけにはいかない。ため息を吐いて渋々了解した。より一層ニコニコしながらこちらを見ていた彼が付け加えた。
「政府の重鎮から貴族の端くれまで、多くの方が出席するようで。無礼講ではありますが、下手に失礼な事さえ無ければ良いので」
はぁいと返事をする。
キースが合流し、出発の支度が整った。エリスに至っては宴に出席するとなって既にウキウキ状態だが、先ずは蔵を守らなければならないのだ。予め釘を刺しておく。
「賊にやられたら当然宴も無しになるんだからな」
「分かってるってば。安心してエスコートされてなさい」
「そういう話じゃないんだが……」
機嫌の良さがキースへの謎の対抗心も洗い流してくれていたようだ。馬車に乗り込むなり少女と談笑している。
「まぁ、余りお気を張らずに。気楽に臨んでください」
エドワードからも励ましを受けてしまった。
「だから、それは警備と宴どっちの話なんだ……」
しかしこちらの疑問に応えること無く、車がゆっくりと動き出した。
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