14・ラヴェスケープ.2

 私は毎日お祈りをしていました。お祈りをしていれば、いつか神さまが私を助けてくれると思っていたからです。


 でも神さまはヒジョウでした。私のうちなるちからは日に日に大きくなっていって、私の弱い体は日に日にスイジャクしていきました。


 ちょっと転んだだけなのに立ち上がれないほど痛みを感じたり、ちょっとカゼを引いただけなのに何日も寝込んだりしました。


 私のお父さんは、国のとってもえらい人でした。皇子さまとも仲がいいんだ、と、よく私にお城での出来事を話してくれました。


 お父さんは、自分のケンリョクで、いろんなお医者さんを家に連れてきていました。でも、お医者さんもみんな諦めました。でも、例の変な人だけは、何度も私のところにやってきては、私の様子をみていきました。


 私は、ペットに向けて、こっそりジュツホウを使ってみて、うちなるちからを小さくしようとしていました。でもやっぱり、ジュツホウを使ってみるたびに、私の体はそれに耐えられず、どんどんスイジャクしてしまうのが分かりました。


 私はこのアラリョウジもやめました。


 それからというもの、私はずっとベッドのうえで生活しました。たまーに、ほんのたまーに、お庭に出て外の空気を吸ったりしました。


 そんなある日のこと、お父さんが、一人の男の子を連れて帰ってきました。私よりも年上だったけれど、まだ男の子という感じの人でした。

 この国の皇子さまだよ、と、お父さんは紹介してくれました。


 皇子さまはまだ子どもなので、私のお父さんが代わりに国をまとめていたそうでした。

 皇子さまは、まだ俺にはチカラなんか無いから、といっていました。


 あとで話を聞くと、お父さんの悲しそうな姿を見て、私のところへお見舞いに来てくださったのだ、と分かりました。


 皇子さまは、それから何回か、私のところへ遊びに来てくださいました。

 皇子さまの名前はブルームーンといいました。


 その皇子さまは、弱りきった私に、とても優しく、あたたかく接してくださいました。皇子さまは面白くて、かっこよくて、運動も得意で、私は皇子さまが好きになってしまいました。


 お父さんと皇子さまは仲良しに見えていましたが、皇子さまは一つだけ、お父さんには反対していることがありました。


 それは、隣の国のハピルとの関係のことでした。


 皇子さまは、ハピルと仲良くしたいけれど、お父さんがハピルが嫌いで、仲良くしてくれていませんでした。皇子さまは、俺が大人になったらお父さんに反対して、ハピルと仲良くするんだ、と言いました。


 それから何年経ったでしょうか。

 私も段々大きくなってきた頃、お父さんは、ついにハピルに戦争を仕掛けました。






 巨軀から繰り出される拳を、エリスはすんでの所で回避した。

「エリス!」

 彼女に注意が向いている今が好機だ。俺は純白鎧の背後に回り、継ぎ目を狙って剣を叩き込もうとする。


「……!」

「ちぃ!」

 床がグラグラ揺れ、上手く狙いが定まらない。


 しかしヤツは体躯に似合わぬ俊敏さで跳躍し、彼女の背後に着地した。そして、

 バンッ!

 と床を蹴り、目の前の少女へと突っ込む。蹴られた床板が割れる。


「うっ……く!」

 彼女が身を捩って体当たりを交わした。ヤツはその勢いで向こうに吹っ飛ぶ。その後を全力で追おうとするが、船の横腹に大きな波がぶち当たった。


 船体が激しく揺れる。三人ともその場にとどまり、様子を伺う形になる。

 ただでさえ足場の悪い船上での戦いだ。そこに嵐まで押し寄せ、思うように身動きが取れなくなっている。


「アスタ……」

 彼女が不安げに視線を送る。だが俺にも良い案は浮かばない。


「……!」

 するとヤツはおもむろに剛弓を構え、数本束ねて矢をつがえる。この環境で放ったとしても当たるわけが無い。


 ハッタリだ!俺達は意を決してヤツに斬りかかる。その直後。

「な……!」


 またもやドンッと床を叩く音が響き、巨体が宙高く舞う。その弓から矢が放たれた。

「……っく!」


 彼女は脇に飛び込んでそれをかわす。元いた場所にドタタタッ!と矢が刺さった。狙いはあくまでもエリス一人に絞るつもりのようだ。着地する瞬間を狙い剣を突き込むが難なく腕で弾かれ、姿勢を崩された俺は無様に床を転がる。


「アスタ!」

「来るぞ!」

 こちらの心配をしている場合では無い。彼女に叫び返すと、それと同時にヤツはまた跳躍した。今度放たれた矢は一本……その矢が派手な音を立てて床に追突した。


「なんて威力だ……」

 エリスの足元に穴が空く。相手が何かしらの術法を用いたことは明白だが、これでは大型の銃となんら遜色ない威力ではないか。しかし彼女も黙って見ていたわけではない。ヤツの足が着くのと同時に彼女が俺に飛び込んできた。そのまま抱きとめ、華奢な身体に精神を集中させる。


「ありがと!」

 跳ね起きた彼女が青白い闘気を纏い、ヤツに突進していく。近接戦に持ち込めば多少はマシになるだろう。エリスお得意の体術から出される蹴りが、鎧の胴体に何度も打ち込まれる。


「やぁ!」

 彼女は顔面に飛んでくる拳を上体を反らして躱し逆立ちになると、身体を回転させ強烈な蹴撃を鎧兜に叩き込む。流石のヤツも大きくよろめく。

「おおぉっ!」


 俺は揺れに構わず全力で走り、止めの一撃とばかりに刃で兜を横殴りした。今度こそ巨体が吹っ飛ばされ、船室の壁に激突する。と、巻き上がった煙の中から一条の光が飛び込んできた。

「あぶねぇっ!」


 彼女の心臓へ一直線に飛来した矢を、慌てて横から斬りつける。直後、金属同士がぶつかる音とともに俺の腕が強く弾かれる。


 ヤツの放った矢が鋼へと変化していたのだ。こんな物を喰らったらと想像しただけで悪寒が走る。そうこうしているうちにヤツはゆらりと巨軀を起き上がらせ、矢に弓を番える。意固地に彼女狙いなのだ。それならばと俺はヤツに飛びつき、弓を奪いにかかった。


 二人して揉み合いになり、波で傾く床を転がり回る。ヤツは俺の狙いに気づき、得物を掴まれるに任せ、そのまま弓で殴ってきた。口が切れて血の味が広がる。だが俺だって必死だ。何とかして馬乗りになると、剣の柄で兜を幾度も殴りつける。


「……!」

 ヤツも空いている手で俺を殴ってきた。手甲による殴打は凄まじく、その激痛に意識が持っていかれそうになる。だが尚も殴り続けると、ヤツは今度はその腕で頭を庇い始めた。


 しめた!


 注意が逸れたであろうヤツの片手から弓を奪い、取り付いていた身体から離れ、俺はその場から駆け出した。相手が急ぎ立ち上がり追ってこようとする。そして……

「ーーぁぁあっ!」


 今まで息を潜めていたエリスが、背後からヤツの腿を串刺しにした。鎧の隙間から、先程巨漢が放った鋼の矢が突き出していた。


「……!」

 ヤツが体制を崩し、その場に跪く。


 これで大きく動くことは叶わないだろう。俺は弓を海に放り投げ、巨体の首元に剣を当てた。雨が叩きつけ、その白の鎧だけがギラギラと光る。


「どっちだ。例の人攫い野郎達の駒だったのか、それともこの間の森の奴の仲間か……」

「……」

「……誰に雇われた」

「……」


 依然として黙りこくったままだ。

「……ね……アスタ」


 その様子を傍観していたエリスがおずおずと声をかけてきた。いつになく緊張した面持ちだった。

「そもそもこの船丸ごとグルなのか……?」

「えと……たぶん、」


 彼女が言いかけたその時、


「正解だ」

「……!」


 男がボソリと呟いた。そしてなんと片膝をついた状態から高く飛び上がり、残っていた矢を手ずから投げ飛ばしてきた。ありえない奇襲を何とか転がり避け、空中のヤツを見上げた瞬間。


「うおっ!」

 静まり気味だった海面が突如として暴れだしたのだ。そして一部がぐっと盛り上がり……

 海を割って、先刻の巨大魚が飛び出してきた。


 ギラつく銀の身体にどぎつい赤の斑点。その姿は間違いなく海のドラゴン、もとい海の悪魔だ。


 三人が三人とも驚愕の表情を見せる中、一番被害を被ったのは空中にいた純白鎧だった。ヤツはそのドラゴンに体当たりをかまされると、諸共海の中へと消えていってしまった。


 二人で手摺りから身を乗り出して行方を追ったが、既に何処へ行ってしまったのか把握できない状態になる。


 謎は解けぬままとなってしまったが、一先ずはこちらの勝利になるのだろうか……

 俺はヤツの沈んでいった方向を呆然と見つめているエリスに問いかけた。


「……エリス、さっき何か言いかけていたが……」

「……」

「あの男について、知ってる事でもあるのか?」

「ぁ……」

「……エリス?」


 肩にポンと手を置くと、ようやくこちらに気づき、振り向いた。

「……どうかしたのか?」

「あ……うぅん、大したことじゃないの、気にしないで。それより……」


 困ったような笑いを浮かべる。

「なんだかやな気分になっちゃったね……早くお風呂入りたいね?」

「……?まぁ、確かにな……」


 今度は入浴中に別の刺客に狙われそうな気がしないでもないが……いまここでそれを言うのは無粋だろう。


「今更引き返せないしなぁ……早いとこ風呂入って、仕事済ませて帰ろうぜ」

「ん、そうだね……」


 彼女の不安げな表情は顔に張り付いたままだった。先の突然の出来事で混乱している面もあるのかもしれない。ヤツについて聞くのはもう少し時間が経ってからでも問題ないか。


 やがて雨脚が弱まり、乗組員がこちらに駆け寄ってきた。前方に陸地が見えてくる。

 一行は無事にランザッドまで辿り着いたのだ。

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