13・嵐の下で
「指定されていた港はここだな」
「おぉー……凄い磯の香り……」
港を訪れた俺達を迎えたのは城下に負けず劣らずの賑わいだった。何艘もの漁船が出入りし、近くの魚市場では男達の威勢の良い掛け声が飛び交っている。空には雲一つなく絶好の航海日和だ。
「さてと。目的の船はどれだ……?」
馬から降り、俺達の乗る船を探して岸に沿って進んでいく。エドワードの話では漁船風に見立ててあるとの事だったが、正直どれも見分けがつかない。ひとまず一番端目指して歩いていると、エリスが何か発見したらしく、そちらに向かって手を振った。
「アスタ、あれじゃない?」
「行ってみるか」
遠くにひっそり佇む男が一人。周囲の喧噪からも外れた場所で、こちらを見つめ立っている。海の男、と呼ぶには似つかわしくない格好だ……あれで間違いないだろう。
「……」
しかし声を掛けながら近づいてもただ微笑んで立っているのみだ。
「……む?」
首を傾げた彼女があっ、と顔を上げた。俺もつられて思い出す。
「シレネの花と切り株ケーキを受け取りに来ました」
「はい、かしこまりました。どうぞこちらへ」
合言葉を聞いていたことを忘れていた。男は頷くと船内へと入って行った。こちらも中へついていく。
「あまり大きな船ではありませんが……」
前方を進む男が言う。
「いえいえ。追って来られたときも逃げやすそうですし」
「部屋はここです。他にも乗組員が数人居ますが、お気になさらずくつろいでいて下さいませ」
こちらを部屋へと通すと到着日時を教え、男はその場を離れた。
エリスは靴を脱いで放ると、備え付けてあったベッドに身体を弾ませた。
「……その日にランザッドに着くんだったら、ヨモルに入るまで少し間があるな」
「二日?三日くらい空くのかな。どこか見て回ったりしたい?」
確かに、数日間暇な時間ができるのだが。
「特に考えてなかったな……お前はどこか候補があるのか?」
「ある!」
急にガバッ!と上体を起こす。
「ね、キミ〝ランザッドの秘境〟って知ってる?」
「成る程。いや、仕事前に風呂巡りって……」
「いいじゃん、ちょっとくらい。滅多にない機会なんだしさ」
「ふぅむ……」
ランザッドに何度か訪れたことはあるにはあるのだが、どれも兵として雇われて赴いたものだ。エリスの言い分もよく分かった。
「……金はいくら持ってきてるんだ?」
「ふふん、その辺は任せて。伊達にキミのお小遣い管理してないからね」
「そうなんだよな、小遣い制だもんな」
「あはは、しょうがないよ。アスタを拾った身としてしっかり管理させてもらってますから」
結局俺も「三大陸有数の秘湯に浸かれる!」という誘惑に負け、到着してから三日間だけの物見遊山が決定したのだった。
「お。出航したみたいだな」
そうこう話していると、今まで弱く揺れているのみだった船がぐらりと揺すられた。彼女に拾われてからの三年間で何度も海を渡りはしたが、この足元が揺れる不安定な感覚には慣れそうにもない。
「はぁ、船に乗ってる間はお風呂に入れないのかあ……」
と彼女がぼやく。
「その分ランザッドで思い切り満喫してくればいいだろ」
「よし!頑張って耐えるぞー!」
そんなことを話しながら、俺達の航海は始まった。
海は黒々と輝き、何物にも遮られる事なく果てしなく広がり続けている。水平線というやつだ。それを眺めながら甲板を歩いていると、不意に他の乗組員から声を掛けられた。
「どうです、やはり退屈でしょう」
「いや、まあ……乗せてもらってる身だしな」
曖昧に笑い返すと、ついてこいと引っ張られる。
「お、あれは……」
手摺にかなり長めの竿が数本、釣り糸を巻かれた状態で立てかけられていた。
「どうです、お手隙でしたら、ちょっと」
断る理由もないのでその誘いに乗る事にした。
竿を振って待つこと数分。欠伸をする俺の隣で男が話す。
「ここらへん、結構な大物が釣れるらしいんですよ」
「へぇ……例えばどう言ったものが?」
「それがですね……深海に沈んだ宮殿からの遣いのドラゴンとか、船丸ごと飲み込むほどの大ダコとか……!実際に出くわした人も居るらしいんです」
「そりゃ災難だったろうなぁ」
「信じてない反応ですね……」
本当に目撃者が居るのだとしたら、どうやってドラゴンや船を沈めるタコから逃げ延びたというのだろう。
「第一、伝説上の生物なんて釣れるのかよ」
「それが釣れるらしいんですよ」
ふーむと気のない返事を返す。向こうもその反応を見て大人しくなった。
「でも、自分で釣り上げないとなんとも言えませんもんねぇ……」
すると。
その声を聞きながら俺が竿を振り、餌が海に沈んだその瞬間……
「……お、何やら手応えが……ってぇ!」
俺の身体が有り得ない程の力でグンと引っ張られたのだ。こんな話題が持ち上がったので、まさかとは思っていたが……
「幾ら何でも……都合よすぎ……だろ……!」
「そんな事言ってる場合じゃないですよ!多分、きやがった!」
男が自分の竿を放り出し、俺の腰にガッシと腕を回す。
「く、おぉ……!」
しかし男二人の力を意に介した様子もなく、俺はついに手摺から上半身を乗り出す格好になってしまった。
「だれかぁー!誰か来てくれエェ!」
男が眼前に広がる果てしない黒色に向かって叫ぶ。その声を聞きつけて、続々と他の乗組員達が救援に駆けつけてくれた。
巨大な作物を家畜までもが手伝って総出で引っこぬくお話があったなぁ等と考えていると水面に影が現れた。
「ひぃ!なんだありゃぁ!」
後ろで俺を引っ張っていた誰かが悲鳴をあげる。その影は明らかにこの商船もどきよりも一回りは大きかった。
やがて船ごと動かされ始める。こちらの絶体絶命に陥った精神を具現化するかのように空が陰り、雷鳴が轟いた。大雨と共に波が荒れ、遂には船が大きく揺さぶられる。「もうダメだぁ!」「まだだ、諦めるな!」背後からそんな声が聞こえてきた。そうだ。ここまで来たからにはもう諦めるわけにはいかない!
その時ーーーー!
ザバアアァン!!
特別巨大な波が船体にぶち当たり……俺達と格闘していた影が空中に飛び上がった。
「うおおぉ!」「あれだ!海のドラゴンだ!」
そのあまりの光景に戦慄する。不気味な程に銀に光る巨軀に、鮮血を浴びたかのような斑点が無数に見えた。その凶悪なヒレは荷車を馬ごと両断出来るのではないだろうか。
「ドラゴンって言うより、どう見ても悪魔だろ!」
「いま言うことですかぁ!」
ソイツはこちらをギロリと睨むと、再び海の中へと飛び込んでいった。海面が爆発し、海水を盛大に浴びせられる。
もうダメかと思ってみると、まだヤツは逃げてはいないようだった。慌てて竿を握る手に力を込める。だが……
「おぉい、もう限界ですよ!逃げましょう!」
「ぐ……ここまでか……」
流石にもう死にそうだった。大の大人数人に全力で引っ張られる腰はすっぽ抜けそうで、腕は自分のものではないみたいに感じる。それにしてもよく糸が切れないな……!
戦友となってくれた釣り糸と竿に感謝を述べ、俺はその手を離した……
叩きつける雨の中、男達が検討を讃え合う。やはり困難や死闘を乗り越えた先には良き友情が芽生えるものなのだ、などと考えていると。
「お、おい!ありゃなんだ!」
「今度は一体なんだ!」
一人が指さした方向を皆で確認する。
「船……?」
大シケになった海の真ん中、てっきり浮かんでいるのは俺たちだけと思っていたのだが……
「なんだ、やけに寄せてくるな……」
俺たちの乗る物より小さな船だった。それが何の躊躇いもなくこちらに向かって突っ込んでくる。大釣りに挑んで忘れかけていたが、元々こちらは商団に襲撃を仕掛ける人間が乗る船なのだ……という事はつまり。
「あれを横に着けさせるな!」
俺の叫ぶのと同時にその小舟が反対側の船体に激突し……
黒ずくめの何者かが単身飛び乗ると、小舟はすぐさま引き上げていった。動揺する男達に下がるように言って船を任せ、剣を抜く。
森で見た黒の外套。しかしあの時の相手よりも遥かに背が高い。
「……」
そのままどのくらい経ったのか、ヤツはゆっくりと外套を脱ぎ捨てた。
「あんたはーー!」
見覚えのある大男が屹立していた。純白のいかめしい鎧に身を包み、豪奢な大弓を携えるこいつは……
「アスタ!何かあったの……っ!?」
その時、向かいからエリスが飛び出してき、男の姿を見るなりすぐさま後方に飛び退った。しかし、
「…………!」
「エリス!」
男が急に狙いを変え、彼女へ飛びかかっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます