4・戦闘、内なる力

 右上から振り下ろされる斬撃を、俺は充分に余裕を持って受け止める。相手がそのまま体重を乗せてくる。

「ぐ……!」

 予想以上の馬鹿力だ。遠目から見た限りではかなり細い線の身体だった筈だ。

「アスタ!」

「……よっ!」


 せり合わせていた剣を左へ倒し、力を抜いて相手の身体ごと後方へ受け流した。

「ふっ!」

 俺の脇から間髪入れずにエリスが斬り込んでいく。

 相手の振り向きざまに繰り出されるのを短剣で受け、受けた勢いを加えて蹴りを放つ。


「ーー!」

 太腿をブーツの先で強打された相手が体勢を崩し、

「やっ……!」

 エリスは足を振り抜き、更にもう一撃、回し蹴りを側頭部に喰らわせた。

 追撃を試みるも、奴はそのまま地を転がり距離をとる。すぐに跳ね起き細剣を構え直す動作からは少しの痛みも感じられない。


「むぅ……」

 エリスが不服そうに唸る。

 だが流石に警戒を強めたのか、向こうから斬り込んでこようとはしない。


 今度はこちらの番だ。


「シッ……!」

 気合いを入れ直し、俺は奴の懐へ飛び込んだ。

 下から跳ね上げるように奴の喉を狙う。

「ッ!」

 上体を反らして躱されるが、気にせず斬り下ろす。


 ガイィン……!!

 火花が散る。

 対して斬り上げてこちらを迎えた奴のグローブ、その手の甲に刺繍された紋様が視界に入る。童話に登場するような大きく欠けた三日月に、豪奢な大盾。間違いなくハピルのものだ。

「ぉ……らあ!」

 俺は剣戟に持ち込んだ。


 互いの刃が描く鈍色の軌道が、示し合わせていたかのように幾重にも重なる。時折、剣閃をかい潜って、迫り、迫られる軌道が、胴を、首元を掠め血が飛び散る。

 端から見ている分には、中々に上出来な演武と感じるだろうか。


 薙ぎ払い、突く剣を、奴は払い退けるようにして捌き続ける。

 こちらの肉厚な長剣に対し、奴の得物はかなり細身だ。まともに当たれば押し込まれる為か。また周囲は薄暗い上に足場も悪く、どちらもその場から殆ど動いていない。


 ならば!

 俺は剣を押し込み、無理やり鍔迫り合いに持ち込む。細剣を肩側に引いてのがれようとする奴の顎を、真下から蹴り上げた。

「ーー!」

 奴の膝がくずおれる。

「おぉ!」

 そこに横から剣を払い、首を撥ねようとする。

 しかし。


「!?ーーくぉっ」

 細剣の切っ先がきらめき、俺の胸めがけて飛んできたのだ。間一髪のところで腕を身体に引き、防ぐ。たまらず俺は背後に飛びすさった。まるで鈍重な蟇が獲物目掛けて舌を伸ばしたかのようである。


 相手は膝立ちで、肩を荒い息で上下させているのが見えたが、すかさずエリスは相手の前に立ちはだかってくれる。

「もう、一人で突っ込んだら危ないってば」

「ハッ、なんだ、今の……」

「凄い柔らかいんだね、なんか蛙みたい.....」

 彼女自身も戸惑っている様子である。

「……只者じゃないな」


 思わず口から漏れ出た、定型文的な驚嘆に苦笑した。

 実際只者では無いのだろう。軍の筋のものという他にも、向こうにとっても好ましくない環境の中、単身斬り込んでくる豪胆さ。しかも恐らくはこちら二人が剣術遣いだと知っての上での事だ。


 すると、不意に奴はユラと立ち上がり、音も無くエリスに走り寄ってきた。

「わ!」

 彼女は足を払おうとする剣を跳んで避け、そのまま右、左と蹴りをかます。


 奴も流石に回し蹴りを喰らって懲りたのか、慎重に避けると、後を狙って剣を突き出す。

 だが、まるで抉るかのような攻撃を、彼女はブーツの底で受け止めたのだ。

 底に鋲が打たれているらしく、鈍く金属音が鳴る。


 そして着地の隙を見せぬよう、すぐさま転がってこちらに後退した。

 俺が両名の攻防に舌を巻いていると、

「アスタ、宜しくね!」

「おわっ」


 彼女は、俺が腰に下げていた例の袋をふんだくり、奴に突っ込んでいく。

 空気を読んで合わせろ、ということだろう。細剣から繰り出される突きを身体を捻って躱し、エリスはそのまま背後へ回ろうとする。


 俺は彼女に続いて斬り込み、奴は仕方なくこちらへ向き直った。

 その直後。


「おりゃあ!」

 黒い球体が俺と奴の間に着弾しーー、

 濃密な煙が噴出した。


 煙幕か!

 俺はぼんやりと彼女の意図を察し、急いで手近な木に登る。

 続いて周囲がバチ、バチッと何かが爆ぜる音で満たされる。


 唐突に視界を奪われ、次いで音での判別も困難にされた敵の背後から、

「っ!」

 少女が跳躍し、飛び込み、背に短剣を突き立てる。

「ーーガッーー、フッ!」

 初めて聞く、相手の声にならない声。


「……っらあ!」

 俺は木から飛び降り、声の発生源である真下に向けて、剣を叩きつけた。




 風通しが悪く、煙が散るのが遅い。

「ゲホッ!ゴホッ、ゴホッ……エホンッ!」

 相手諸共煙幕が直撃していた俺は、溢れる涙を拭いながら思い切り咽せまくった。


「けほっ、ご、ごめんね。……そんなにわざとぽく咳しなくたっていいじゃない」

「こ、今度からは先に教えてくれ……」

 むぅ、と彼女が唇を尖らせた。


「だって、さっきはいきなりだったし」

 俺達はその場から一時離脱し、煙が霧散するのをしばし待つ。結構大きな煙玉だったのかも知れない。

「いつっ……」

 手近な倒木に腰を下ろすと身体中に痛みを感じ始める。先の打ち合いであちこち斬られていたらしい。幸いどれも浅手で、動くのに支障は無さそうだが……


 エリスがこちらの様子に気づき、そばに寄ってきて言った。

「うわ、痛そぉ……結構やられちゃったね」

 俺はその反応に苦笑する。

「間違えて紙で切っちゃった、みたいな言い方をするな」

「ふふ、これくらいなら今治せるから、ちょっと待っててね」


 彼女はそう言うと、俺の腕や首筋に手を当ててきた。その手から緑の光が溢れる。

 目を閉じてじっとする、人形のように端整な容姿に、こんな状況にも関わらず見入ってしまう自分に閉口した。


 暖かく、少しでも強く握れば破れてしまいそうに柔らかな手の感触。触れられた箇所からそれが全身を包み込む。体内に血が巡り、傷が塞がっていくのが分かる。


 この世には、自身の精神・内なる力に呼びかけ、それに具体的なカタチを持たせ、体外に発現させる「術」が存在する。自身の精神力を発現させるこの「術法」と呼ばれる技は、訓練すれば万人に扱うことが可能で、個々人の精神はそれぞれ違ったカタチを示す。


 例えばエリスの術は、今、事が起こっているように、「他人の外傷を治癒する」というカタチをとって具現化される。

 俺の術は「触れた生物の運動能力を強化、増幅する」というカタチをとっている。


 他にも風を起こしたり、炎を出す、雷を落とす、果ては物が腐敗する速度を弱めるなんてカタチも存在するとか。己の術を駆使して一国を統治するまでに至った者も知っている。


 しかし、ただただ便利な道具という訳でもなく、幾らか不便な面も持ち合わせている。


 また例にエリスや俺を挙げると、彼女の治癒術は、本人、風邪や熱などの病には効果が無い。俺の強化術は、長時間の効果は望めず、自己再生能力や痛みへの耐性が増したりするものではない。

 そして「術法」は己の内なる力に働きかけるものだ。使用すれば当然精神力を磨耗するし、過度の使用は肉体に大きく負担をかける。日常的に頻繁に使えるものではない。


「……はい、お疲れさま」

 エリスは俺の身体から手を離した。

 少々名残惜い気がしないでもないが、ひとまず俺は腰をあげる。


「相変わらずの有難い術だな」

 見れば、あちこち付けられていたはずの切り傷はすっかり塞がっていた。

「キミがわたしを強化してくれていれば、斬り刻まれる前になんとかなってたかもだけど」

「しかしだな……、さっきはいきなりの戦闘だったじゃないか」


 彼女が先刻発した文句と似た言い訳内容である。

 術を行使する為には精神を集中させる間が欲しい。術に精通した者であれば、間を大幅に短縮、あるいは直に行使することも可能なのだが……


「さて、行くか」

 煙はとうに霧散した筈だ。俺達は煙幕の着弾地点へ向かう。


「……」

 血と火薬の匂いが漂っている。辺りに散乱している爆竹の残骸を摘み上げた。

「確かかなりの量が鳴ってたよな……火事になったりしないのか?」

 彼女はちろっと舌を出した。


「大丈夫だよ。煙幕も爆竹もわたしのお手製だし、雨雲も近づいてきてるし」

「なんだそりゃ……と言うか、手作りだったんだな、これ」

 そして俺は向こうに視線をやる。


 少し先に、俺の手で頭をかち割られた奴の亡骸が転がっていた。その手からグローブを引き抜き、懐に手を入れてまさぐる。特に気になるものは持っていないようだった。


「やっぱり、例のハピルのだよな……」

 お尋ね者捜しの連中の内の一人だろう。初めから話を聞く気すら無かったことや、いきなり切り掛かってきたこと等、腑に落ちない部分が多い。


「なあ、エリス……エリス?」

 彼女はいつになく硬い表情でじっと死体を見つめ、考え込んでいる雰囲気だ。


「……なあ」

「わあ!びっくりした……どうしたの?」

「こいつに関して、何か知っている事でもあるのか?」

「……ううん、わたしにもさっぱり」

 エリスは首を横にふって、いそいそと歩き出した。


 何にせよ軍の者を斬り倒したのだ。やらねばこちらの身が危なかったとはいえ、余計なことに首を突っ込んでしまったことは確かだろう。


 午後の陽は既に傾き始め、橙色の木漏れ日が辺りに差し込んでいる様は美しかった。

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