第12章 神楽の巻物

 魚は長男の手を借りて寺の池に放した。魚はすぐ見えなくなった。

身の安泰を願い和尚の傍らで念仏を唱えると、幾分救われたような気持ちになる。

「お里さんのものが残っている。燃やしてしまおう」


 和尚が横長い色のついた紙箱を持ち出して来た。

「吉伸さんに手伝ってもらってよいかな」

 巻きものをとりだし一部を小脇に抱えて言った。

「お里さんのものは一度処分したがこれだけ残った。大事にしておった神楽のな……燃やして送ってあげたらよろこばれるかも、吉伸さん、いいかの?」

和尚は下駄に履き替えて焼却炉の方へ歩き出した。


 開けられた紙箱を見た。天野里美の物が入っていたという箱。じっと見ていると、茶色の底のヘリにへばりついた紙があるのに気がついた。境がはっきりしない端をつまみあげると紙片が外れて落ちた。

 古くなった裏側の白いところに罫線が見える。何が書いてあったか読めないが、

それこそ、わたしが高校三年の時に書いたラブレターの用紙だ。

 

 わたしは……うめいた。インク跡の多くは消えているが──わたしにはわかった。

もう一枚の切れ端に、生徒会のゴム印が押されて貼り付けられていたものだ。

今では自分しか知らない……、生徒会の部屋で悪童の東原に頼まれて戯れに私が書い手紙。呉服屋の息子が里美に手渡した偽りの手紙、もらった天野里美が、書いた人間がすぐわかったように制服のポケットに入れたというラブレターだ……

 

 それが今頃、出てきた。


「吉伸さん、箱ごと持って来て──。」

和尚の声が焼却炉の方から聞こえた。

 長男が戻って来る。紙片を着物の袂(たもと)に入れ、巻物を広げて見入る振りを

した。 巻物の巫女は足を上げて神楽を踊っている。


「父さん、和尚さんが待っておられる」長男がとりあげて持って行った。


「昭男さん、持って帰ってはだめだぞ。そん中に天神屋の息子が返しに来たものもあるんだぞ」 遠くから和尚の声。

 

里美のものを持って帰ってはならない。

言われたのに……、わたしは懐に入れて持って帰ってきた。


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